ヒプノシスマイク♡プリキュア

◆どついたれ!プリキュア本舗

テスト期間が終わり、寝る間も惜しんで勉強に励んでいた生徒達が羽根を伸ばす頃、今度は教師側が遅くまで採点作業を行うのだ。
窓の外を見ると辺りはすっかり闇に包まれ、職員室も人がまばらになっていた。
キリの良い所で解答用紙をまとめ、帰り仕度をととのえる。
今日は金曜日だ。
テスト三昧で疲れているのは生徒だけではない。今夜はパーッと酒でも呑もう。
「お先失礼します」
まだ残っている同僚に挨拶をして学校を後にする。
さくっとコンビニに寄ろうか、何処か良さ気な店にでも入ろうか。悩みながらぼんやり歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「お!盧笙やないか〜!こないな所でばったり会うとは奇遇やなぁ!」
片手を上げならハイテンションで近付いて来た男は、もう片手に何やらビニール袋を提げた白膠木簓だ。
隣にはいつも通り胡散臭いナリの天谷奴零も居る。
「丁度今から盧笙ん家に行こう思うてたトコでな〜」
「盧笙は今帰りか?」
「ああ。金曜日やし、これからどっかで呑もう思うてた」
そう返すと、簓が「あちゃ〜」と大袈裟に肩を竦めた。
「そういう時は俺らも誘えや!またぼったくられんで!?」
「あっはっは!まぁそん時は俺に任せてくれりゃあタダ酒呑めるから、盧笙にゃ是非ぼったくられて欲しい所だな」
簓も簓で心配し過ぎやし、零も零で俺をなんやと思うとるんや。
「ま、今日はちょいとお前らに話したい事もあってな。呑み屋巡りはまた今度だ」
「なんや改まって。誰かに聞かれるんはまずい内容なんか?」
「せやから盧笙ん家に向かってたトコやん!さ、はよ帰りましょ〜」
簓が俺の背中を後ろから押して来る。
こいつが持ってるビニール袋には酒の缶でも入っているのか、背中にごつごつ当たって痛い。
俺は溜息をつき、自宅を目指して歩き出した。
「ん?なんやあれ」
足を踏み出した矢先、前方に何やら得体の知れない大きな影が蠢いているのが見えた。
思わず歩みを止めると、背中に簓がぶつかって来る。
「おっと、急に止まんなや盧笙〜」
「なぁ簓、あれなんやと思う?」
俺が指差した先を眺めて、簓は「はへ〜」と気の抜けた声を出す。
「映画の撮影か?CGとかやなくてリアルに準備するなんておもろいな〜」
「チッ、中王区か……」
呑気に眺める俺と簓とは違うリアクションを見せたのは、後ろに立っていた零だ。
「簓に盧笙。ゆっくり話してる暇が無くなっちまったから簡潔に言うぜ」
やけに真面目なトーンで、零は俺達の顔を見て言った。
「お前らにはプリキュアになって、奴と戦ってもらう」
全ての音が耳からシャットダウンされ、時間が止まったと錯覚する。
零の奴、今なんて言った?
「いやいやいや。流石にそれは騙されへんで?」
「盧笙、どんなに雑なドッキリでも、芸人なら知らんフリしてノらな!」
もう芸人ちゃうわ。
なんてツッコミを飲み込み零の顔を見るが、いつものような豪快な笑い声とネタばらしはされず、代わりに盛大な溜息をつかれる。
「ま、信じらんねぇのも無理ねぇわな」
そう言いながら零がパチンと指を鳴らすと、ポンと狐のようなぬいぐるみが姿を現した。
狐のぬいぐるみは零の肩にちょこんと立つと、ぺこりと俺達にお辞儀をする。
「あたしはナユタ。れいとは色々あって行動を共にしてるナユ」
「…喋るぬいぐるみやなんて、随分と手の込んだ事するなぁ」
俺のじっとりとした視線を物ともせず、零は何処からか扇子を三本出して来た。
「対中王区専用にナユタと開発した変身アイテムだ。こいつを使ってプリキュアになれば、あのデカブツを倒せる力を得る事が出来る」
ほとんど反射的に、差し出された扇子を受け取る俺と簓。
「ん?残りの一本は…?」
俺の疑問に、零はニッと片側の口角を上げて笑う。
「勿論、おいちゃんも変身するに決まってんだろ?勝手にお前らを巻き込むんだ。一応責任ってのがあんだよ」
「さぁ!精神を集中させて、その扇子を開くナユ!」
言われるがままに、とりあえず目を閉じて深呼吸をする。
『ヒプノシスチェンジ!』
バッと片手で勢いよく扇子を開くと、キラキラと周りが輝いた。
その光に包まれると、不思議な事にどんどん衣装が変わっていく。
俺はオレンジと黒が基調のジャケットに、フリルが可愛らしいひざ丈スカート。白いハイソックスに黒いパンプスを履いていた。
髪型も変わったようで、胸まで伸びたラベンダー色の髪が派手に巻かれている。
簓はオレンジと白が基調のジャケットに、膝上でふわふわと派手に広がるスカート。足元は白いニーハイにオレンジのパンプスだ。
頭上にお団子が二つ乗った髪型で、簓によく似た猫のヘアアクセサリーをつけている。
ド派手なデザインのジャケットで決めている俺達とは違い、零は変身後も胡散臭い見た目をしていた。
深く入ったスリットが目を引く真っ赤なロングドレスに、黒いファーを肩に掛けたド派手な格好。
腰まで伸びた黒髪にはゆるくウェーブがかかっていた。
いつものサングラスも、特徴的な瞳を隠すように掛けられている。
そして変身が終わると、勝手に口が動き出した。
「会場沸かす!笑わん奴はどつき回す!キュアラーフ!」
「方程式解き勝利を証明!キュアティーチ!」
「カモを導き儲け話に王手!キュアディシーブ!」
『はいどうも〜!どついたれ!プリキュア本舗で〜す!』
名乗りを終えると、簓は自身の姿を興味深そうに眺めていた。
「は〜えらいカワイコちゃんに変身したなぁ。俺もべっぴんさん、零もべっぴんさん、一人飛ばして…」
「なんで俺を飛ばすねん!…ってツッコミもおかしい気ぃするけど!」
わちゃわちゃと騒ぐ俺達に、ナユタは冷静に割って入る。
「もう一度扇子を開くと、ヒプノシスマイクに変える事が出来るナユ!そのマイクを使ってラップをすると、アカンデーに攻撃出来るナユ!」
あの化物はアカンデーっちゅうんか。簓の奴が寒いギャグかましそうな名前や。
「アカンデー!オオサカの街を恐怖に染めるんはあかんでぇ!」
特にツッコミはせず再び扇子をバッと開くと、キラキラと輝いて形を変えた。
簓のマイクは、漫才でよくセンターに鎮座しているサンパチマイク。
俺のマイクは、インカム型になって耳に装着されている。
零のマイクは、よう分からんけったいなデザインをしていた。これ以上は説明のしようがないので致し方無い。
そして簓は意気揚々と敵を指差し叫んだ。
「なんやワレ!このヌルサラが相手やぞ!手加減なんかせぇへんからな〜!」
「わざわざ短歌で啖呵を切らんでええねん!」
「よっ!盧笙!」
「零も盛り上げんでええっちゅうんに…!」
驚く暇無くツッコミをして、バトル前から疲れて来た。
簓の啖呵が理由か否かはさておき、攻撃を仕掛けて来たアカンデー相手にラップをお見舞いすべくマイクを構える。
「─笑いとプリキュア、二足の草鞋!今から見せたるオオサカ魂!ほな行くで盧笙に零!怒濤のラップを見せたれい!─」
「─急にラップなんて緊張して来た…!金曜の夜に俺は何しとんねん!?嘘みたいな出来事の連続、とりあえず全力で挑んだる…!─」
「─狐につままれたような顔してんなよ?中王区の理想もいずれ泡沫のように霧消。昨日の友も今日は敵、ウマい話にゃウラがあるってな─」
「良い感じナユ!」
本当にダメージを喰らったらしいアカンデーを見て油断したのも束の間、奴はすぐに攻撃を再開させた。
なんとか躱して、こちらも反撃に出る。
「─上方最強!もはや簓は笑いの神様!?今回は相方も居てまっせ!どつ本が誇る切れ味鋭いツッコミ番長!さぁさぁお次は盧笙の番っしょ!─」
「─前途ある皆の未来奪う奴は許さへん!善と悪の区別も付かん化物に嫌悪感、遠慮無いライムでぶちのめしたる!破竹の勢いで頼むで3rd!虎視眈々と目光らす零、さぁどうぞ!─」
「─今夜の酒のアテは負け犬の遠吠え。喜べ、今から心得を教示しよう。詐欺に騙されないセミナー開こうか?今なら無料招待。どうだい、乗るかい?─」
「その調子ナユ!」
最初よりも勢いが無くなったアカンデーを見て、もう一息だと俺達も気を引き締めた。
「─俺のライムとフロウに全員、脱帽!さっさと帰ってアイスでも食おう!そうや!プリーズ、クリームソーダ!─」
「─ここから先は居残り補習。効率悪くて凡ミスばっか、手こずる事無く勝負も終盤。素数数えながら予習して来い!─」
「─下賤な奴ほどペテン師の餌食。正義だなんだ説教する気はねぇが、楯突く奴は絶息、どつプリ本舗の本領発揮!─」
俺達のラップを受けたアカンデーは、なんとキラキラ輝いて消えていった。
「三人共、素晴らしい活躍だったナユ!」
「流石、おいちゃんが見込んだだけあるな」
零とナユタは満足気にうんうんと頷き合っている。
「よぉ分からんけど…街を救えたなら、まぁええか…?」
「そんな事より、この衣装は零の趣味なん?盧笙とお揃いやなんて粋な事してくれるやんか〜!」
簓は嬉しそうにスカートの裾を持って広げている。
そんな簓を見て、零は豪快に笑って言った。
「そいつは衣装を外注したデザイナーの趣味だな!」

「プリキュアの衣装って外注なん!?」
がばっと起き上がり辺りを見ると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
確か昨夜は三人で酒を呑み、盛り上がる二人をよそに、俺は睡魔に負けて一人夢の中へ向かったはずである。
そう考えると、どうやら一連のおかしな出来事は全て夢だったらしい。
掛けっぱなしだった眼鏡を外して目頭を揉んでいると、簓が寝起きの声を掛けて来た。
「朝っぱらからなんやねん盧笙〜」
「あぁ、すまん。なんやプリキュアになってたみたいやわ」
俺の盛大な寝言で起こしてしまった簓に謝るも、奴はまるで状況が分からんと言った顔をしている。
「盧笙がプリキュア?」
「いや、簓と零もプリキュアや」
「なんやそれ、めっちゃおもろいやん!今度テレビで喋ってええか!?」
簓は目をキラキラさせて夢の話をねだって来た。
「テレビでわざわざ喋るほどおもろいオチは無いで…?」

「頭に響くぜ…お前らもうちょいおいちゃんを労ってくれ…」
「お!もう一人のプリキュアが目覚めたで!」
「はあ?何言ってんだ簓の奴」
「俺が見た夢を気に入ったらしいねん。しばらくはうるさいで」
「ちょいちょい!プリティでキュアキュアな簓さんにひどない!?」
「不気味でグダグダの間違いやろ」
「おいちゃん二度寝するわ」
「二人共〜!もうどつき回したる〜!」


─ END ─


【あとがき】
エセ関西弁で堪忍やで…!
「どつプリ」はギャグ強めのシリーズって設定ですが、プリキュアになって可愛い衣装着てる時点で全ディビギャグではありますね。
盧笙さんもべっぴんさんやで!
2024/06/23
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