ヒプノシスマイク♡プリキュア
◆Bad Ass!でらすげぇプリキュア
「獄さ〜〜〜ん!!!!!!」
突然事務所に響いた声。
ノックも無しに侵入し俺の名前を涙声で叫ぶ主は、案の定十四だ。
長身を縮こませぴいぴいと泣く十四に、俺は溜息をつきつつ聞いた。
「こっちは仕事中なんだが……。一体今日はどうしたんだ」
「仕事中…って、今コーヒー飲んでたじゃないすか」
理不尽にも程がある。
しかしここは抑えて、話を促す。
「そうだった!聞いてくださいっす!アマンダが!…アマンダが〜〜!!!!」
またしても泣き出す十四。これでは埒が明かない。
「また失くしたのか?」
「ぐすっ、……そうなんす。アマンダが居なくなっちゃったんす…」
アマンダとは、彼が大切にしているブタのぬいぐるみである。
名前を呼んで可愛がる程なのだが、時折こうして失くしては俺や空却に泣き付いているのだ。
「ベッドの下は探したのか?ライブハウスの楽屋とか、音楽スタジオの隅とかは…」
以前は空厳寺のおりんにすっぽり収まっている所を発見した。
「昨日自分が行った所は全部探したっす!でも何処にも見当たらなくて…うぅ、アマンダ、自分の事嫌いになっちゃったんすかぁ〜〜!?」
「あ〜〜もう!落ち着け!」
そもそも、ぬいぐるみが勝手に逃げ出す訳が無い。
放って置くとすぐに泣き出す十四を宥め、俺は椅子から立ち上がる。
「獄さん、何処行くんすか?自分も行くっす!」
「当たり前だろ、アマンダ探しだ」
「獄さん…!!!」
目を輝かせながら俺を見る十四。
やれやれ。こんな自分に溜息しか出ない。
「そういえば、まだ空却さんの所は行ってなかったっす。また前みたいにすぐ見付かると良いんすけど…」
空厳寺に到着すると、丁度空却が顔を出した。
「お?どうしたてめぇら」
「空却さん!アマンダ見なかったっすか?」
「いやぁ、見てねぇけど。なんだ十四、まーた失くしたのか?」
ガムを噛みながら唇の片端を上げにやりと笑う空却。
「そうなんす!この前みたいに、金色のお茶碗の中に入ってないすか?」
「おりん、な」
「さっき通って来たけど今回は居ねぇみてぇだな。これは大勢で探した方が効率が良い、って事で拙僧も手伝うぜ!」
「やった〜!空却さん!」
きゃっきゃと喜ぶ十四を置いて、さっさと足を動かす空却。
なるほど。大方、任された掃除やらをサボる言い訳が出来たから乗って来たって所だろう。
そんな訳で仲間が加わり街の隅々を見て回るが、なかなかあの派手なぬいぐるみを見付ける事は出来ない。
「全っ然見付かんねぇな。十四、本当に失くしたのか?帰ったら部屋にあったりするんじゃねぇの?」
「うーん、そうなんすかねぇ…」
どこか飽きた様子の空却に、すっかりしょげた様子の十四。
日も暮れて来たので、これ以上探し回っても成果は得られないだろう。
今日の所は切り上げるとするか、そう提案しようとした瞬間に十四が叫んだ。
「あれは!アマンダ!!?」
民家の生け垣にぬいぐるみが頭から突っ込んでいる。
十四が引っ張り出すと、一日中探していたぬいぐるみが顔を出した。
「アマンダ〜〜!!!もう!探したんすよ〜!」
涙を流しながらぎゅっとぬいぐるみを抱き締める十四。
感動の再会…と思いきや、ここで予想外の事が起きた。
「自分も探してたアマ!」
聞いた事の無い声。最初は十四が裏声で会話をしているのかと思ったが、当の本人が一番驚いた顔をしている。
「ア、ア、アマンダが喋った〜〜!!?」
アマンダは驚く俺達を差し置いて、十四の腕の中で何やら語り出した。
「灯台下暗しとはまさにこの事アマ。来たる日の為にずっと探してたけど、こんなに近くに居たとは不覚アマ」
「何を探してたんすか?」
喋るぬいぐるみを意外とすんなり受け入れたらしい十四が聞き返す。
「プリキュアの素質を持つ者を探してたアマ。最近、悪の組織が動き出す気配を感じるアマ。君達にはプリキュアになって、このナゴヤを敵から守って欲しいアマ!」
「はぁ!?拙僧らがプリキュアだぁ!?」
素っ頓狂な声で叫んだ空却は、アマンダの頭をがしっと掴み前後に揺する。
「わああっ!空却さん!アマンダが可哀想っす〜!」
「ううぅ、ぐるぐるするアマ…」
それを見た十四は、泣きそうな顔をして止めに入った。
全く相変わらず騒がしいガキ共だ。俺はアマンダの話を反芻する。
「ナゴヤを悪から守るのは分かった。だがプリキュアの素質とやらはなんなんだ?どうして俺達が選ばれた?」
アマンダは目をチカチカさせていたが、軽く頭を振って正気に戻ったようだ。俺達に向き直り口を開く。
「弱きを助け強きを挫く、不退転の覚悟を持った人間こそがプリキュアにふさわしいアマ!よって、君達にはプリキュアの素質があると見たアマ!」
自信たっぷりに俺達を指差すアマンダ。
そして何処から取り出したのか、筆を俺達に授ける。
一見書道で使うような筆だが、紫色を基調としたそれは何やらファンシーな飾りが施されていた。その装飾もそれぞれ違うようで、空却のものには蓮の花、十四のものには月、そして俺のものには天秤のチャームが付いている。
「そのアイテムで変身をするアマ!敵はいつ現れるか分からないアマ。そのアイテムは常に携帯しておいて欲しいアマ」
「了解っす!」
敬礼しながら答える十四。先程からやけに理解が早い。
「へぇ。ま、こんなん使わないに越した事はねぇけどな」
筆を眺めながら、けらけらと笑う空却。確かにその通りだ。
しかし、そんな事を思っている時に限って嫌な事は起きるものである。
アマンダは鼻先をひくつかせながら叫んだ。
「オソガイミャーの気配アマ!」
『オソガイミャー?』
聞いた事の無いワードを全員がオウム返しした瞬間、淀んだ空気が漂うのを感じた。
嫌な気配のする方向を見ると、見た事の無い大きな怪物が遠くからゆっくり歩を進めているのが見える。
「うわわっ!なんすかあれ!」
「あいつが例のオソガイミャーか?おもしれぇ!」
好戦的な態度で筆を掲げる空却。そんな空却の肩を掴み、後ろに隠れる十四。
そして、どん、と足音を鳴らし俺達の前に立ちはだかったのは、見覚えのあるビジュアルをした大きな怪物。
「手羽先…っすか?」
「はっ、拙僧らが食ってやる」
甘辛いタレが照り輝く美味そうな手羽先に手足が生えたそれは、呻き声を上げた。
「皆!変身するアマ!」
アマンダの号令に応え、筆を握る俺達。
そして「仏」と書く空却。「月」と書く十四。「法」と書く俺。
『ヒプノシスチェンジ!』
空中で書いた文字はキラキラと輝き、俺達を包み込む。
そして瞬く間に衣装が変わって行った。
空却の上衣は和服の様に衿合わせのあるエメラルドグリーンのノースリーブで、白色のアームカバーを着けている。風にふわりと舞う黒いスカートは膝まで広がっていた。腰にはベルトが巻かれ、足元は黒いショートブーツだ。
髪型も変わっており、毛先が巻かれたセミロングの赤髪に、三つ編みがカチューシャの様に一房ぐるっと頭頂部を飾っている。
十四はジャボタイ付きの白シャツに黒のナポレオンジャケットを羽織っていた。ミニ丈の黒のタイトスカートを半周する様にチュールが覆い、赤いハイヒールブーツから伸びる脚はガーターベルトで留められたニーハイに包まれている。
腰まである髪は綺麗に巻かれ、片側で高く結われていた。
俺はというと、丸襟の白シャツに白黒二色のライダースを羽織っている。下は紫に水玉模様の白が目を引くスカートと紫のハイヒールだ。
前髪はふわりと上げたポンパドール、後ろはポニーテールにされ紫色のリボンが飾られていた。
ハテナばかりが浮かぶが、ツッコんでいたらキリが無い。
そして衣装が変わると勝手に口が開いた。
「拙僧の説法を聞きやがれ!キュアモワヌ!」
「月よりいでし【救世主─メシア─】のリリックを召し上がれ!キュアリュンヌ!」
「悪と闘い過ち正せ!キュアアヴォカ!」
『Bad Ass!でらすげぇプリキュア!』
「拙僧がてめぇらの腐った魂を味噌煮込んでやるぜ!」
三人の名乗りを終え、空却がビシッと締める。
その瞬間オソガイミャーがどしんと地面を踏み、辺りに地割れが起こった。
「皆!インを結ぶアマ!空中に『韻』と書いてマイクを召喚するアマ!」
どういう仕組みか分からないが、言われた通りにすると本当にマイクが出現した。
「そのマイクを通してラップをすると、オソガイミャーに攻撃出来るアマ!」
「はは!よっしゃ、行くぞ!」
リボンで飾られた錫杖の様なマイクを握り、空却が笑う。
「【聖域─サンクチュアリ─】を穢す【悪夢─ナイトメア─】にはこの我が終止符を打とうぞ!」
十四が構える独特のデザインのマイクには、アマンダのオブジェが飾られていた。
そして俺はファンシーな色に塗られた天秤がモチーフとなっているマイクを右手に握り、敵を見上げる。
手羽先野郎はミサイルを連射して来るが、俺達はそれをかわし深く息を吸った。
「─悪は滅ぶが世の理(ことわり)。五戒破る奴は尾張の僧が終わらそう。てめぇのsoul 輪廻転生─」
「─正義を騙(かた)る鴉には零時の鐘と共に【浄化─カタルシス─】を…奈落へ堕ちようとも使命を果たす。泣かず放つヴァース、いま福音をもたらす─」
「─天国獄、白黒つけるのは容易い事だ。六法全書にRock 'n' roll 速攻エンドだ、甘く見るなよ─」
「最高アマ!」
俺達の攻撃を受けて体勢を崩した手羽先野郎だったが、すぐに調子を戻しミサイル攻撃を再開する。
俺達もマイクを握る手に力を込めた。
「─今なら極楽浄土に送ってやろうか?黄泉比良坂で挑発上等!─」
「─契約交わし隻眼の昇龍…冥界より授けられし月光の【力─フォルス─】をしかと見よ!─」
「─ナゴヤの弁護士(アヴォカ)に楯突く阿呆が。的外れな事を抜かす間抜けにはアクセル全開で限界突破。千載一遇のチャンスは逃すな─」
「その調子アマ!」
敵は先程よりも小さくなり、ミサイルの威力も弱まっていた。
「─家族と結束して勝ち取るバトル!拙僧はヴァイシュラヴァナ、てめぇの泣きっ面には夜叉─」
「─籠に囚われた儚き【操り人形─マリオネット─】に神の加護を…あの日夢見た【希望─エスポワール─】…闇にまみれたこの戦い、我等が終わらせる!─」
「─俺には我慢ならんモンがふたつある。ひとつ、ナゴヤに蔓延る悪。ふたつ、雑魚相手に敗北だ。太陽と月と共に、掴んでみせる最高の勝利─」
手羽先野郎に見事命中すると、そのまま奴はキラキラと輝きながら散って行った。
「お見事だったアマ!」
「は〜〜怖かったっす〜!」
半泣きでアマンダに抱き付く十四を見て、いつの間にか元の服装に戻っていた事に気付いた。
「んな事よりよ、十四がよく失くしただなんだ言ってたのは、こいつがプリキュア探しで抜け出してただけって事か?」
「ごめんアマ…こんなに探されてたとは思わなかったアマ」
しゅんとするアマンダに、十四は嬉しそうに声を掛ける。
「居なくなったのは失くした訳でも、自分の事が嫌いになった訳でもなかったんすね…!」
「当たり前アマ!自分はじゅーしの事が大好きアマ!」
「自分もっすよ!アマンダ大好きっす!!」
熱い抱擁を交わす十四とアマンダを、どこか温かい笑顔で見詰める空却。
そんな俺もまた似たような顔をしている事だろう。
「くーこーと、ひとやも、これから宜しくアマ!」
アマンダがこちらに向かって手を振る。
「よっし、手羽先食い損ねちまった事だし、これから食いに行くとするか。獄の奢りで」
「わ〜!獄さんご馳走様っす!」
「楽しみアマ!」
お前も食うのか。
そんな事を思いつつ、空腹のガキ共を連れ、俺は心地良い夕空の下を歩き出した。
「獄さ〜〜〜ん!!!!!!」
うっかり居眠りをしていたらしい俺は、十四の叫び声で目を覚ました。
「よう獄、居眠りかぁ?」
顔を上げると、空却も居る。
「ったく、なんなんだお前ら…」
なんだかおかしな夢を見ていた気がするが思い出せない。
俺は頭をがしがしと掻いて溜息をついた。
「最近出来た手羽先専門店に行かないっすか!?ご近所さんが美味しいって言ってて、自分ずっと気になってたんすよ〜」
手羽先……そういえばそんな夢を見ていたような。
「はっ!プリキュア!!」
唐突に夢の内容を思い出した。
空却と十四は急に大声を上げた俺に驚いた様子だが、楽しそうににやにや笑って問い質して来る。
そんな二人を適当にあしらい、俺達は手羽先専門店へと向かった。
「うわぁ、すごい行列っすね」
「獄、時間潰しに何かおもしれぇ話しやがれ」
「………俺達がプリキュアになった話をしよう」
「拙僧らがプリキュアぁ?」
「なんすかそれ!めちゃくちゃ面白そうっす!」
─ END ─
【あとがき】
十四くんの厨二台詞を考えるのが楽しかったです。
マイク召喚の為に「韻」と書くの、画数多いですよね。
2024/06/23
「獄さ〜〜〜ん!!!!!!」
突然事務所に響いた声。
ノックも無しに侵入し俺の名前を涙声で叫ぶ主は、案の定十四だ。
長身を縮こませぴいぴいと泣く十四に、俺は溜息をつきつつ聞いた。
「こっちは仕事中なんだが……。一体今日はどうしたんだ」
「仕事中…って、今コーヒー飲んでたじゃないすか」
理不尽にも程がある。
しかしここは抑えて、話を促す。
「そうだった!聞いてくださいっす!アマンダが!…アマンダが〜〜!!!!」
またしても泣き出す十四。これでは埒が明かない。
「また失くしたのか?」
「ぐすっ、……そうなんす。アマンダが居なくなっちゃったんす…」
アマンダとは、彼が大切にしているブタのぬいぐるみである。
名前を呼んで可愛がる程なのだが、時折こうして失くしては俺や空却に泣き付いているのだ。
「ベッドの下は探したのか?ライブハウスの楽屋とか、音楽スタジオの隅とかは…」
以前は空厳寺のおりんにすっぽり収まっている所を発見した。
「昨日自分が行った所は全部探したっす!でも何処にも見当たらなくて…うぅ、アマンダ、自分の事嫌いになっちゃったんすかぁ〜〜!?」
「あ〜〜もう!落ち着け!」
そもそも、ぬいぐるみが勝手に逃げ出す訳が無い。
放って置くとすぐに泣き出す十四を宥め、俺は椅子から立ち上がる。
「獄さん、何処行くんすか?自分も行くっす!」
「当たり前だろ、アマンダ探しだ」
「獄さん…!!!」
目を輝かせながら俺を見る十四。
やれやれ。こんな自分に溜息しか出ない。
「そういえば、まだ空却さんの所は行ってなかったっす。また前みたいにすぐ見付かると良いんすけど…」
空厳寺に到着すると、丁度空却が顔を出した。
「お?どうしたてめぇら」
「空却さん!アマンダ見なかったっすか?」
「いやぁ、見てねぇけど。なんだ十四、まーた失くしたのか?」
ガムを噛みながら唇の片端を上げにやりと笑う空却。
「そうなんす!この前みたいに、金色のお茶碗の中に入ってないすか?」
「おりん、な」
「さっき通って来たけど今回は居ねぇみてぇだな。これは大勢で探した方が効率が良い、って事で拙僧も手伝うぜ!」
「やった〜!空却さん!」
きゃっきゃと喜ぶ十四を置いて、さっさと足を動かす空却。
なるほど。大方、任された掃除やらをサボる言い訳が出来たから乗って来たって所だろう。
そんな訳で仲間が加わり街の隅々を見て回るが、なかなかあの派手なぬいぐるみを見付ける事は出来ない。
「全っ然見付かんねぇな。十四、本当に失くしたのか?帰ったら部屋にあったりするんじゃねぇの?」
「うーん、そうなんすかねぇ…」
どこか飽きた様子の空却に、すっかりしょげた様子の十四。
日も暮れて来たので、これ以上探し回っても成果は得られないだろう。
今日の所は切り上げるとするか、そう提案しようとした瞬間に十四が叫んだ。
「あれは!アマンダ!!?」
民家の生け垣にぬいぐるみが頭から突っ込んでいる。
十四が引っ張り出すと、一日中探していたぬいぐるみが顔を出した。
「アマンダ〜〜!!!もう!探したんすよ〜!」
涙を流しながらぎゅっとぬいぐるみを抱き締める十四。
感動の再会…と思いきや、ここで予想外の事が起きた。
「自分も探してたアマ!」
聞いた事の無い声。最初は十四が裏声で会話をしているのかと思ったが、当の本人が一番驚いた顔をしている。
「ア、ア、アマンダが喋った〜〜!!?」
アマンダは驚く俺達を差し置いて、十四の腕の中で何やら語り出した。
「灯台下暗しとはまさにこの事アマ。来たる日の為にずっと探してたけど、こんなに近くに居たとは不覚アマ」
「何を探してたんすか?」
喋るぬいぐるみを意外とすんなり受け入れたらしい十四が聞き返す。
「プリキュアの素質を持つ者を探してたアマ。最近、悪の組織が動き出す気配を感じるアマ。君達にはプリキュアになって、このナゴヤを敵から守って欲しいアマ!」
「はぁ!?拙僧らがプリキュアだぁ!?」
素っ頓狂な声で叫んだ空却は、アマンダの頭をがしっと掴み前後に揺する。
「わああっ!空却さん!アマンダが可哀想っす〜!」
「ううぅ、ぐるぐるするアマ…」
それを見た十四は、泣きそうな顔をして止めに入った。
全く相変わらず騒がしいガキ共だ。俺はアマンダの話を反芻する。
「ナゴヤを悪から守るのは分かった。だがプリキュアの素質とやらはなんなんだ?どうして俺達が選ばれた?」
アマンダは目をチカチカさせていたが、軽く頭を振って正気に戻ったようだ。俺達に向き直り口を開く。
「弱きを助け強きを挫く、不退転の覚悟を持った人間こそがプリキュアにふさわしいアマ!よって、君達にはプリキュアの素質があると見たアマ!」
自信たっぷりに俺達を指差すアマンダ。
そして何処から取り出したのか、筆を俺達に授ける。
一見書道で使うような筆だが、紫色を基調としたそれは何やらファンシーな飾りが施されていた。その装飾もそれぞれ違うようで、空却のものには蓮の花、十四のものには月、そして俺のものには天秤のチャームが付いている。
「そのアイテムで変身をするアマ!敵はいつ現れるか分からないアマ。そのアイテムは常に携帯しておいて欲しいアマ」
「了解っす!」
敬礼しながら答える十四。先程からやけに理解が早い。
「へぇ。ま、こんなん使わないに越した事はねぇけどな」
筆を眺めながら、けらけらと笑う空却。確かにその通りだ。
しかし、そんな事を思っている時に限って嫌な事は起きるものである。
アマンダは鼻先をひくつかせながら叫んだ。
「オソガイミャーの気配アマ!」
『オソガイミャー?』
聞いた事の無いワードを全員がオウム返しした瞬間、淀んだ空気が漂うのを感じた。
嫌な気配のする方向を見ると、見た事の無い大きな怪物が遠くからゆっくり歩を進めているのが見える。
「うわわっ!なんすかあれ!」
「あいつが例のオソガイミャーか?おもしれぇ!」
好戦的な態度で筆を掲げる空却。そんな空却の肩を掴み、後ろに隠れる十四。
そして、どん、と足音を鳴らし俺達の前に立ちはだかったのは、見覚えのあるビジュアルをした大きな怪物。
「手羽先…っすか?」
「はっ、拙僧らが食ってやる」
甘辛いタレが照り輝く美味そうな手羽先に手足が生えたそれは、呻き声を上げた。
「皆!変身するアマ!」
アマンダの号令に応え、筆を握る俺達。
そして「仏」と書く空却。「月」と書く十四。「法」と書く俺。
『ヒプノシスチェンジ!』
空中で書いた文字はキラキラと輝き、俺達を包み込む。
そして瞬く間に衣装が変わって行った。
空却の上衣は和服の様に衿合わせのあるエメラルドグリーンのノースリーブで、白色のアームカバーを着けている。風にふわりと舞う黒いスカートは膝まで広がっていた。腰にはベルトが巻かれ、足元は黒いショートブーツだ。
髪型も変わっており、毛先が巻かれたセミロングの赤髪に、三つ編みがカチューシャの様に一房ぐるっと頭頂部を飾っている。
十四はジャボタイ付きの白シャツに黒のナポレオンジャケットを羽織っていた。ミニ丈の黒のタイトスカートを半周する様にチュールが覆い、赤いハイヒールブーツから伸びる脚はガーターベルトで留められたニーハイに包まれている。
腰まである髪は綺麗に巻かれ、片側で高く結われていた。
俺はというと、丸襟の白シャツに白黒二色のライダースを羽織っている。下は紫に水玉模様の白が目を引くスカートと紫のハイヒールだ。
前髪はふわりと上げたポンパドール、後ろはポニーテールにされ紫色のリボンが飾られていた。
ハテナばかりが浮かぶが、ツッコんでいたらキリが無い。
そして衣装が変わると勝手に口が開いた。
「拙僧の説法を聞きやがれ!キュアモワヌ!」
「月よりいでし【救世主─メシア─】のリリックを召し上がれ!キュアリュンヌ!」
「悪と闘い過ち正せ!キュアアヴォカ!」
『Bad Ass!でらすげぇプリキュア!』
「拙僧がてめぇらの腐った魂を味噌煮込んでやるぜ!」
三人の名乗りを終え、空却がビシッと締める。
その瞬間オソガイミャーがどしんと地面を踏み、辺りに地割れが起こった。
「皆!インを結ぶアマ!空中に『韻』と書いてマイクを召喚するアマ!」
どういう仕組みか分からないが、言われた通りにすると本当にマイクが出現した。
「そのマイクを通してラップをすると、オソガイミャーに攻撃出来るアマ!」
「はは!よっしゃ、行くぞ!」
リボンで飾られた錫杖の様なマイクを握り、空却が笑う。
「【聖域─サンクチュアリ─】を穢す【悪夢─ナイトメア─】にはこの我が終止符を打とうぞ!」
十四が構える独特のデザインのマイクには、アマンダのオブジェが飾られていた。
そして俺はファンシーな色に塗られた天秤がモチーフとなっているマイクを右手に握り、敵を見上げる。
手羽先野郎はミサイルを連射して来るが、俺達はそれをかわし深く息を吸った。
「─悪は滅ぶが世の理(ことわり)。五戒破る奴は尾張の僧が終わらそう。てめぇのsoul 輪廻転生─」
「─正義を騙(かた)る鴉には零時の鐘と共に【浄化─カタルシス─】を…奈落へ堕ちようとも使命を果たす。泣かず放つヴァース、いま福音をもたらす─」
「─天国獄、白黒つけるのは容易い事だ。六法全書にRock 'n' roll 速攻エンドだ、甘く見るなよ─」
「最高アマ!」
俺達の攻撃を受けて体勢を崩した手羽先野郎だったが、すぐに調子を戻しミサイル攻撃を再開する。
俺達もマイクを握る手に力を込めた。
「─今なら極楽浄土に送ってやろうか?黄泉比良坂で挑発上等!─」
「─契約交わし隻眼の昇龍…冥界より授けられし月光の【力─フォルス─】をしかと見よ!─」
「─ナゴヤの弁護士(アヴォカ)に楯突く阿呆が。的外れな事を抜かす間抜けにはアクセル全開で限界突破。千載一遇のチャンスは逃すな─」
「その調子アマ!」
敵は先程よりも小さくなり、ミサイルの威力も弱まっていた。
「─家族と結束して勝ち取るバトル!拙僧はヴァイシュラヴァナ、てめぇの泣きっ面には夜叉─」
「─籠に囚われた儚き【操り人形─マリオネット─】に神の加護を…あの日夢見た【希望─エスポワール─】…闇にまみれたこの戦い、我等が終わらせる!─」
「─俺には我慢ならんモンがふたつある。ひとつ、ナゴヤに蔓延る悪。ふたつ、雑魚相手に敗北だ。太陽と月と共に、掴んでみせる最高の勝利─」
手羽先野郎に見事命中すると、そのまま奴はキラキラと輝きながら散って行った。
「お見事だったアマ!」
「は〜〜怖かったっす〜!」
半泣きでアマンダに抱き付く十四を見て、いつの間にか元の服装に戻っていた事に気付いた。
「んな事よりよ、十四がよく失くしただなんだ言ってたのは、こいつがプリキュア探しで抜け出してただけって事か?」
「ごめんアマ…こんなに探されてたとは思わなかったアマ」
しゅんとするアマンダに、十四は嬉しそうに声を掛ける。
「居なくなったのは失くした訳でも、自分の事が嫌いになった訳でもなかったんすね…!」
「当たり前アマ!自分はじゅーしの事が大好きアマ!」
「自分もっすよ!アマンダ大好きっす!!」
熱い抱擁を交わす十四とアマンダを、どこか温かい笑顔で見詰める空却。
そんな俺もまた似たような顔をしている事だろう。
「くーこーと、ひとやも、これから宜しくアマ!」
アマンダがこちらに向かって手を振る。
「よっし、手羽先食い損ねちまった事だし、これから食いに行くとするか。獄の奢りで」
「わ〜!獄さんご馳走様っす!」
「楽しみアマ!」
お前も食うのか。
そんな事を思いつつ、空腹のガキ共を連れ、俺は心地良い夕空の下を歩き出した。
「獄さ〜〜〜ん!!!!!!」
うっかり居眠りをしていたらしい俺は、十四の叫び声で目を覚ました。
「よう獄、居眠りかぁ?」
顔を上げると、空却も居る。
「ったく、なんなんだお前ら…」
なんだかおかしな夢を見ていた気がするが思い出せない。
俺は頭をがしがしと掻いて溜息をついた。
「最近出来た手羽先専門店に行かないっすか!?ご近所さんが美味しいって言ってて、自分ずっと気になってたんすよ〜」
手羽先……そういえばそんな夢を見ていたような。
「はっ!プリキュア!!」
唐突に夢の内容を思い出した。
空却と十四は急に大声を上げた俺に驚いた様子だが、楽しそうににやにや笑って問い質して来る。
そんな二人を適当にあしらい、俺達は手羽先専門店へと向かった。
「うわぁ、すごい行列っすね」
「獄、時間潰しに何かおもしれぇ話しやがれ」
「………俺達がプリキュアになった話をしよう」
「拙僧らがプリキュアぁ?」
「なんすかそれ!めちゃくちゃ面白そうっす!」
─ END ─
【あとがき】
十四くんの厨二台詞を考えるのが楽しかったです。
マイク召喚の為に「韻」と書くの、画数多いですよね。
2024/06/23