南雲先輩ってどんな人ですか?
【プロローグ:初めての仕事】
5月の半ば。そろそろ冬服から夏服に衣替えするか迷い始める時期に、その話は突然私の下にやって来た。プロデュース科唯一の先輩がある日の放課後、ESビル内の会議室に私を呼び出したのだ。緊張で体を強ばらせながらエレベーターのボタンを押したことを覚えている。
プロデュース科に入ったものの、先輩は忙しいらしく顔を今まで見かけたことがなかった。『Knights』などの有力ユニットをプロデュースしている子や、能力の高い子はES内を出入りするので見かけたと周りに自慢するくらいだ。生憎私はそんなものとは縁がなかったので、なんとか学院内で仕事をこなしながらどんな人なんだろうとぼんやり想像するくらいだった。その像がはっきりと結ばれる日がこんなにも早く来てしまうなど夢にも思っていなかったのである。
会議室の前に辿り着き、ノックすると仲からどうぞ、と声が返ってきた。おそるおそるドアを開けると、私と同じ夢ノ咲指定のスーツを着た先輩――あんずさんが奥の席に座っていた。
促されるままに席に座る。きれいな琥珀色の紅茶が湯気を立てているが、それを褒める余裕すらなかった。そもそも何故名指しで呼ばれたのだろうか。私より優秀な子なんて他にいくらでもいるのに。
「……緊張してる?」
「す、すみません。ESに来るのは見学会以来で……」
「ふふ、慣れないと大きさに圧倒されちゃうよね」
あんずさんの口角が少し上がった。表情が変わらないからクールな人なのかと思っていたけれど、そうでもないようだ。
「今日は前以て伝えていた通り、貴方に任せたい仕事があって呼んだの。本当は学院内で話せればよかったんだけど……中々そっちに向かう余裕がなくて。ごめんね」
「いえ! ……でも、ちょっと信じられないです。私『だけ』に任される仕事なんて」
私がそう零すとあんずさんは不思議そうに首を傾げた。一昨年プロデュース科唯一の生徒だったあんずさんは今のように担当ユニットが振り分けられることがなく、学院内のユニットを全てプロデュースしていたというから今一ピンと来ないのかもしれない。それでもプロデュース科の生徒にとって彼女は雲の上のような存在だった。
俯いていてテーブルと睨めっこしていると、くすりとあんずさんが笑う声が頭上から聞こえた。
「そんなに緊張しないで? それに……あなたは少なくとも1人のアイドルに信頼されてるんだから、もっと自信を持ってもいいと思うよ」
「1人のアイドル……?」
心当たりがなく、彼女の言葉を復唱するとあんずさんは南雲くんだよ、とだけ短く答えた。思いがけない名前が出てきて私は思わず顔を上げて目を見開く。
去年プロデュース科に入学した私が初めてプロデュースを担当したのが『流星隊N』だった。ESに存在する『流星隊M』の子どものようなユニットであり、活動は夢ノ咲学院内が中心だった。だから――言い方を悪くすると『練習』として彼らのような学院内のユニットをプロデュースするのが主だった仕事だったのだ。その後色々あって『流星隊N』は解散してしまったのだけれど――今でも解散後に結成されたユニットの幾つかを私は担当している。
それにしてもあの時も人数が多いからと私だけでなく、複数人の生徒で交代に受け持っていたのに。まさか覚えられているとは思っておらず素直に驚いた。
「言ってたよ。大人しいけど真面目で良い子だって」
「そんな……私は任された仕事をただこなしていただけで」
「最初はそんなものだよ。……ということで、南雲くんに評価されたあなたにぴったりの仕事があるの」
あんずさんはファイルから1つの紙束を取り出すと私の方に差し出した。流石にここまで来れば拒むことはできず、おずおずと受け取って書類に目を通す。どうやら来月誕生日である南雲先輩のために特集記事を組む予定らしい。その内の1つの企画に『他のアイドルから見た南雲鉄虎』というテーマでインタビューするというものがあり、どうやら私はそれを任されるようだった。
「私はね、進級してからあんまり学校に行けなくて……正直『流星隊N』のことも詳しくはないの。勿論データとしては残ってるから活動の確認はできるけど……やっぱり書類を見るだけなのと実際にプロデュースするとでは全然違う。だからね――『流星隊N』と連れ添った経験があって、かつ南雲くんが唯一名前を出していたあなたに任せたいの」
どうかお願いします。そう言って頭を下げるあんずさんに私は慌てて首を横に振った。
「あ、頭を下げないでください! ……わかりました。上手くいくかどうかはわからないけど……精一杯頑張ります!」
今後の南雲先輩の評価に繋がるかもしれない企画だから失敗は許されない。書類を抱きしめてそう言い切ると、あんずさんは頬を緩ませた。
「ありがとう。アイドルたちの日程は私たちの方で調整するから安心して。また連絡があったらESに来てもらって……の繰り返しになると思う」
詳しい話はまた追って。数十分ほど説明を受けた後その日は終わりになった。これから家に帰るというあんずさんと一緒に帰ることになってしまい、私は内心狼狽していた。
「……ふふ」
「どうかしましたか?」
「いや、あなたがESで働くようになるのが楽しみだなって」
無邪気に笑うあんずさんに、私は勘弁してほしいとうっかり叫びそうになってしまった。
5月の半ば。そろそろ冬服から夏服に衣替えするか迷い始める時期に、その話は突然私の下にやって来た。プロデュース科唯一の先輩がある日の放課後、ESビル内の会議室に私を呼び出したのだ。緊張で体を強ばらせながらエレベーターのボタンを押したことを覚えている。
プロデュース科に入ったものの、先輩は忙しいらしく顔を今まで見かけたことがなかった。『Knights』などの有力ユニットをプロデュースしている子や、能力の高い子はES内を出入りするので見かけたと周りに自慢するくらいだ。生憎私はそんなものとは縁がなかったので、なんとか学院内で仕事をこなしながらどんな人なんだろうとぼんやり想像するくらいだった。その像がはっきりと結ばれる日がこんなにも早く来てしまうなど夢にも思っていなかったのである。
会議室の前に辿り着き、ノックすると仲からどうぞ、と声が返ってきた。おそるおそるドアを開けると、私と同じ夢ノ咲指定のスーツを着た先輩――あんずさんが奥の席に座っていた。
促されるままに席に座る。きれいな琥珀色の紅茶が湯気を立てているが、それを褒める余裕すらなかった。そもそも何故名指しで呼ばれたのだろうか。私より優秀な子なんて他にいくらでもいるのに。
「……緊張してる?」
「す、すみません。ESに来るのは見学会以来で……」
「ふふ、慣れないと大きさに圧倒されちゃうよね」
あんずさんの口角が少し上がった。表情が変わらないからクールな人なのかと思っていたけれど、そうでもないようだ。
「今日は前以て伝えていた通り、貴方に任せたい仕事があって呼んだの。本当は学院内で話せればよかったんだけど……中々そっちに向かう余裕がなくて。ごめんね」
「いえ! ……でも、ちょっと信じられないです。私『だけ』に任される仕事なんて」
私がそう零すとあんずさんは不思議そうに首を傾げた。一昨年プロデュース科唯一の生徒だったあんずさんは今のように担当ユニットが振り分けられることがなく、学院内のユニットを全てプロデュースしていたというから今一ピンと来ないのかもしれない。それでもプロデュース科の生徒にとって彼女は雲の上のような存在だった。
俯いていてテーブルと睨めっこしていると、くすりとあんずさんが笑う声が頭上から聞こえた。
「そんなに緊張しないで? それに……あなたは少なくとも1人のアイドルに信頼されてるんだから、もっと自信を持ってもいいと思うよ」
「1人のアイドル……?」
心当たりがなく、彼女の言葉を復唱するとあんずさんは南雲くんだよ、とだけ短く答えた。思いがけない名前が出てきて私は思わず顔を上げて目を見開く。
去年プロデュース科に入学した私が初めてプロデュースを担当したのが『流星隊N』だった。ESに存在する『流星隊M』の子どものようなユニットであり、活動は夢ノ咲学院内が中心だった。だから――言い方を悪くすると『練習』として彼らのような学院内のユニットをプロデュースするのが主だった仕事だったのだ。その後色々あって『流星隊N』は解散してしまったのだけれど――今でも解散後に結成されたユニットの幾つかを私は担当している。
それにしてもあの時も人数が多いからと私だけでなく、複数人の生徒で交代に受け持っていたのに。まさか覚えられているとは思っておらず素直に驚いた。
「言ってたよ。大人しいけど真面目で良い子だって」
「そんな……私は任された仕事をただこなしていただけで」
「最初はそんなものだよ。……ということで、南雲くんに評価されたあなたにぴったりの仕事があるの」
あんずさんはファイルから1つの紙束を取り出すと私の方に差し出した。流石にここまで来れば拒むことはできず、おずおずと受け取って書類に目を通す。どうやら来月誕生日である南雲先輩のために特集記事を組む予定らしい。その内の1つの企画に『他のアイドルから見た南雲鉄虎』というテーマでインタビューするというものがあり、どうやら私はそれを任されるようだった。
「私はね、進級してからあんまり学校に行けなくて……正直『流星隊N』のことも詳しくはないの。勿論データとしては残ってるから活動の確認はできるけど……やっぱり書類を見るだけなのと実際にプロデュースするとでは全然違う。だからね――『流星隊N』と連れ添った経験があって、かつ南雲くんが唯一名前を出していたあなたに任せたいの」
どうかお願いします。そう言って頭を下げるあんずさんに私は慌てて首を横に振った。
「あ、頭を下げないでください! ……わかりました。上手くいくかどうかはわからないけど……精一杯頑張ります!」
今後の南雲先輩の評価に繋がるかもしれない企画だから失敗は許されない。書類を抱きしめてそう言い切ると、あんずさんは頬を緩ませた。
「ありがとう。アイドルたちの日程は私たちの方で調整するから安心して。また連絡があったらESに来てもらって……の繰り返しになると思う」
詳しい話はまた追って。数十分ほど説明を受けた後その日は終わりになった。これから家に帰るというあんずさんと一緒に帰ることになってしまい、私は内心狼狽していた。
「……ふふ」
「どうかしましたか?」
「いや、あなたがESで働くようになるのが楽しみだなって」
無邪気に笑うあんずさんに、私は勘弁してほしいとうっかり叫びそうになってしまった。
1/18ページ