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SSトレーニング

 母が私の肩に手を添えながら、共に田舎道をゆっくりと進む。木陰を通る涼しい風が木葉をさざめかせ、草花を揺らした。木々の間から見える空は青く澄みわたり、時に綿飴のような雲がぽつぽつと顔を出す。色鮮やかな自然の景色。しかし、母の目にこの眺望が映ることはない。
 
 母が全盲になって、しばらく経つ。
 
 白内障が進行し母から視覚が奪われたとき、今でも言葉にし難い絶望を味わった。私が声をかけても明後日の方向へ言葉を返す母を見たときは、胸が締め付けられた。仕方ないのだと自分に言い聞かせても、心が追い付かず涙が溢れた。
 それでも、母は強く優しかった。沈み込む家族を励まし、笑顔を絶やさず、「目が見えないだけで死ぬわけじゃない、大丈夫だ」と、私たちに言って聞かせた。誰よりも不安だったのは、母自信であるはずなのに。
 白杖操作訓練が終わってから、母はしきりに家族を散歩に誘った。
「外の様子って、その日によって少しずつちがうでしょ? 景色だけじゃなくて、風向きや風の強さ……臭いとか、気温とか」
 少女のごとく楽しそうに、母が笑う。
「だからね、そういう景色の移り変わりを、私に教えてほしいの」

 白杖がアスファルトに触れる音が度々聞こえる。母と共にこの道を歩く日が再び来ようとは、あの時は思わなかった。全盲になった母が外に出ることの不安より、共に出かけることができる喜びの方が大きかった。胸の奥が締め付けられるような感覚がして、鼻の奥がつんとした。
 母が私を呼ぶ。見えないはずの私の姿をその目に捉えて、尋ねた。
「今日は、どんな景色が見えるの?」
 肩に添えられた手を取りながら、母に向き直る。そこには、朗らかな母の笑顔があった。私も笑みを添えながら、母に伝える。
「今日はね――」
 鮮やかな景色が、そこにあるのだと。


END
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