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SSトレーニング

「まったく」
 望遠鏡越しに複数の影を見て、その人は苦い顔をした。そのまま肩をすくめて、これ見よがしなため息を吐く。
「せっかく縄張り争いに勝って、お宝もがっぽり、当分の食糧も確保できて幸せな気分だというのに」
 望遠鏡を下げて、船の縁に頬杖をつきながら不貞腐れる。
「そんなときに限って保安隊と接触するとは、運命の女神様は実に残酷ですね」
 心からそうは思ってはいないだろうと、僕は早々に見切りをつけた。この人は事あるごとに大袈裟な反応を示す。先の言動には触れず、いたって事務的なことをその人に尋ねる。
「いかがします? あちらは中堅国とはいえ、戦艦を持つ正式な軍隊。対してこちらは、取って付けたような武装の小さな木造船です。戦力差がありすぎる」
 僕の態度が気に食わないのだろう。「あなたは相変わらず面白味に欠けますね」と躊躇なく糾弾された。今に始まったことではないので気にすることもない。
「では、船長はどのようなお考えで?」
 僕が再度尋ねると、その人は視線を艦隊に向けたまま、数回頷いて口を開いた。
「実にセオリー通りの隊列を組んでいますね。攻撃にも守備にも優れた隙のない列形態です。しかしそのセオリーとは、あくまで軍隊と接触する際に当てはまるもの。こんな小さな木造船に対してはさほど――」
「つまり。――どのようなお考えなのですか?」
「正面突破で充分事足ります」
 僕が割って入ったことを気にした様子はなさそうだ。何しろこのやり取りも初めてのことではない。含みも嫌味っぽさもない気持ちのいい反応に、僕の口元が緩んだのは気のせいではないだろう。
「そう仰るだろうと思いましたよ」
「ははは、よく分かってるじゃないですか」
  ようやくその人から笑い声が零れた。と言っても、こちらがこの人の本性なのだが。笑顔を向けてくるその人の目は、新たな玩具を見つけた子どものように無邪気だ。
 その人はすぐ近くに備えてあった伝声管を手に取ると、声高に指令を出した。
「全船員に告ぐ! これより彼の国の艦隊へ、正面突破を図る。小回りの利く船体を生かし、相手方を翻弄する」
 乗組員への指示を出しながらも、その人の視線は『獲物』から逸らされない。ふてぶてしい笑みで軍艦隊を睨みながら、最後にこう付け加えた。
「正規軍など、我々の敵ではありません。海を支配する我らの力、存分に見せつけてやりましょう!」


END
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