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SSトレーニング

 そこには暗闇しかなかった。

 彼女は色すら知らない。なぜなら、物心ついてからこの暗闇から出たことがない。小さな部屋に1人、暗い壁の穴から放り投げられる粗末なパンを食べながら、ここで過ごしていた。
 鋼鉄製の冷たい扉は、一向に開く気配がない。今までもこれからも、きっとそうなのだろう。それが当たり前だと思っていた。

 しかし、その当たり前は突然崩された。

 今までに聞いたことがないほど、外が騒がしい。金属がぶつかる音、何かの破裂音、誰かの叫び声。初めて耳にする様々な音は、彼女を震え上がらせるには充分過ぎた。
 突如、鋼鉄の扉が音を立てる。強い力で叩く音。何かを削るような、甲高い金属音。彼女は耳を塞いで、部屋の隅にうずくまった。
 しかし、塞いだ耳はすぐに開かれた。出し抜けに現れた、初めて見る『白』に驚いたからだ。『白』い光の先を見る。次に目に入ったのは『金』の髪だった。
「なんだぁ? 娘っ子か」
「へぇ、結構なべっぴんさんじゃねえですか。旦那、どうします?」
 『金』髪の背後から『赤』髪が顔を出した『金』の男はそれに応えず、彼女に歩み寄る。
 自分よりもずっと大柄な体に、彼女はまた身を固くした。恐怖心から逃れたい一方で、再び耳を塞いで身を縮める。しかし彼女の目の前に来た男は、身を屈めると幼子をあやすような優しい声を出した。
「なあ娘っ子。外を見てみたいと思わねえか?」
 予想とは反する声色に、彼女は少しずつ顔を上げた。目にした『金』髪に笑いかけられ、体の緊張が解けていくのが分かった。
「もしそうだっていうなら、俺の手を取ってくれ。俺らがお前に、外の世界ってやつを見せてやんよ」
 どうしたい? そう訪ねながら、『金』髪は手を差し出した。
 
 どうしたいか。

 暗闇の中でただ一人過ごしてきた彼女にとって、意志というものは皆無に等しい。しかし彼女は、初めて目にする『色』に、心を奪われていた。ほとんど無意識的に、『金』髪の手を取る。
 男は無精髭を生やした口元でにっと笑うと、扉の『赤』髪に振り返った。
「お前は他のやつと合流して露払いしといてくれ。俺はこいつ連れて後から行く」
「がってん!」
 扉の向こうに『赤』髪が消える。『金』髪がそれを認めると、彼女に向き直った。
「じゃあ行くか、娘っ子」
 手を引かれ、よろけながらも立ち上がる。男に連れられた彼女は、ついに初めて、『白』い光の先に足を踏み出した。

END
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