君との13日研修


【その1「あとの祭り」】


 ショッピングというのはいい。
 冷房が効いた広いモールの中。そこをあれやこれやとウィンドウショッピングするだけであっという間に一日が過ぎゆく。
 そんな日、たまたま立ち寄った店で心の真ん中を撃ち抜いてくるような、本当に本当に好みのものを見つけて買った時の嬉しさといったら――なんとも上機嫌な様子でモールから帰宅したユーナを迎えたのは、ネイルパーツの軽量と袋詰めをこなしていたサーティーンだった。「――店長、」

「息抜きは済んだか?」

「うん、お留守番ありがとうね、サーティーンくん」

「俺が特別したことはない。気にするな」

 ああ、なんてよくできた子なんだろう。
 ユーナがアクセサリーのデザインに詰まり、四苦八苦頭を悩ませ、もう二日ろくに寝ていないことを知ったサーティーンはその様子に胸の内の回路を痛め、今すぐ仮眠するか気晴らしにでもどこか行ってきたらいい、と言ってくれたのだ。
 サーティーンとしては正直仮眠のほうを選んでほしかったが、ユーナは気晴らしのほうを選んだ。
 店に数多と並ぶアクセサリー、それを眺めていればなにか良い案が浮かんでくるかもしれない――そういってひとりでモールへ行ってきたユーナの顔は晴れ晴れと機嫌が良かった。

「そっちは今どんな感じ?」

「もう今週の分は全部袋詰めが終わったところだ。あとは梱包して発送するだけだな」

「さっすがサーくん、仕事が早い!」

「店長はどうだ?」

「えへへ、めっちゃ好みのやつ見つけたから即買っちゃった!」

 じゃーん! と手に下げていた紙袋から取り出したそれは――ピンク色のレンズが鮮やかなサングラスだった。

「この色、レンズの形、シャンパンゴールドなテンプルにあえてシルバーの先セルを合わせたさりげない奇抜さ……私普段は眼鏡かけてるけどさ、この子かける時だけはコンタクトにしようと思って」

 うっとりと話す口は饒舌そのものだ。そういえばこの店長は眼鏡が好きだったな、と改めてサーティーンは思い出した。
 そんな彼女からの愛情を受けるサングラス――丸形のレンズ、その鮮やかに眩しいピンクを前に、へぇ、と何気なく呟いた。「――たしかにいい色だな、」

「俺のと同じ色だぜ」

 ひとつ音がしたのは、サーティーンが自身のバイザーを装着した音だった。
 たしかにそれはユーナの手元にあるサングラスと同じ色をしており、彼女は思わず驚き、その多弁にはしゃいでいた口を閉じた。

「――じゃあ店長、俺は『散歩』に行ってくるぜ」

 と彼はエプロンを外し、なぜかこの店でずっと請け負っている「犬の散歩の代行」へと駆けていった。
 
 その後ろ姿を見送りながら、彼が先程爽やかに言った言葉を思い出す。

――たしかにいい色だな。

 俺のと同じ色だぜ。

 ……つまりこれ、サーくんと「お揃い」……ってことじゃん!

 気づいた時にはもう遅い。
 好み直球。一目惚れして買ってきたものがまさか可愛がっているバイトの子と同じだったなんて!

 「俺のと同じ色だぜ」――と言った彼自身に他意はないのだろうが、実際にバイザーを見せてもらった上でそう言われ、お揃いなんだ、と意識しないほうが無理があるというもの。

「……サーくんのバカ、」

 気恥ずかしさからくる八つ当たりをひとつ零し、このサングラスはサーティーンがいない時と場所のみで使おう、と決意したのだった。


【その2「収納事情」】


 きっかけは大したことのない、単なる素朴な疑問だった。

 じゃあサーティーンくん、今回のお使いはこれを頼むね、と毎回手書きの買い物リストをユーナが手渡し、それを元にサーティーンが買い出しを済ます。
 もうすっかり日常的になったその流れの中、ユーナはふと思ったのだ。「――ねぇ、サーティーンくん、」

「そういやいつも買い物メモとお財布、胸の部分に入れてるけどさ……他にはなにが入ってるの?」

 人間が服を着、そのポケットを各々収納に活用するように、アイアンリーガーにもそれぞれボディに収納スペースがある。
 サーティーンの場合はその胸元にあり、彼はユーナからメモと財布を受け取る度にそこへ入れていた。

「予備のオイルとかバッテリーとか?」

「いや、俺のはそんなに大きいわけじゃないからバッテリーは入らないな……オイルなら携帯用のがひとつあるが、」

 そういってわざわざ見せてくれた缶はたしかに小さい。ユーナがよく買う500ミリリットルの缶ジュースより一回りほど小さいのだから少し驚いた。

「あとは……そうだな、大抵の奴は自分を拭くためのクロスを入れてると思う」

「ふぅん、人間でいうハンカチみたいな感じかぁ」

「俺の場合はクラブを磨くクロスとクリーナーも入ってるな」

「ああ、時間がある時いつも大事に磨いてるもんね」

 彼が背中に背負っているゴルフクラブ。それはいつだって彼の生真面目さと情熱から磨かれ、いつ見ても眩い光沢を放っていた。「――そっか、」

「じゃあそこは大事なものを入れておく場所なんだね」

「ああ。……そうだ、これもここに入れてる」

 自身の収納スペースに手を入れ、少し探った彼が取り出したもの――それを前にユーナは目を丸くした。

「え、それって……」

「店長が初給料と一緒にくれたお守りだ」

 表には「必勝祈願」という手縫いの刺繍、裏面にはゴルフボールとクラブの刺繍がされたそれは、たしかにユーナが彼の初給料と共に渡した作品だった。「――やだ、」

「まだ持っててくれたんだ」

 ユーナ自身もうすっかり忘れていたが、目の前に出されて気恥ずかしくなる。

「そんな……もう、わざわざそこに入れとかなくてもいいのに、」

 長年物作りを生業としているが、いざこうやって己の作品を大事にしてくれているのを見せられると思わず口元が緩んでしまう。

「なにを言う店長、俺にとってはずっと大事なものだ」

 彼は真面目で、堅物で、性格的な意味では少し不器用なリーガーだ。
 冗談やお世辞なんかを言えるような器用さは持ち合わせていない。それを彼の雇い主であるユーナは十分に知っている。

 だからこそサーティーンが普段と変わらぬ真顔で答えてくれるその言葉がなによりも嬉しく、いつの間にか熱くなっていた顔に困ってしまう。

「わ……分かった。分かったからほら、えっと……そうだ、お使い、お使い頼むね! 買い物メモは……」

「さっき貰ったぞ、店長」

「そう、じゃあお財布は……」

「それもさっき受け取ったが……大丈夫か、店長」

「大丈夫!」

 じゃあ任せたよ、いってらっしゃい! と半ば強引に店長から送り出され、正直その態度にいまいち心当たりがない不器用なリーガーは首を傾げながらも買い物へと出掛けていった。

――というなんとも騒がしいガレージの中、そこのソファに寝っ転がり、一日中だらだらと強い酒を煽っていたここのオーナー、ユーナの祖父である十二月創一郎は内心毒づいた。

 「このバカップルめが」と。
12/14ページ
スキ