君との13日研修

「――で、フェインさんが色々見て回るので、店長さんにはそれに答えて頂ければ大丈夫です」

「わ、分かりました」

 そろそろ秋の香が風に滲んでくる今日、AD相手にそう答えた十二月ユーナの声は緊張していた。
 ガレージの中にはテレビカメラを持ったスタッフやらなんやらが数人せわしく動き、店長であるユーナ同様落ち着きがない。
 なぜなら今日、ここではテレビ番組の取材が行われるからだ。
 ローカル番組の小さいコーナーではあるが、そこでこの店を「なんでもありの不思議な雑貨店」として取り上げてもらえることになったのだ。
 ユーナの仕事に対する日頃の努力が実ったように思え、取材が決まった時はサーティーンも喜ばしかった。彼女の魅力がもっと広まればいい、と嬉しい気持ちになった。
 が、今は――「――ユーナちゃん、」

「そのワンピ可愛いね、どこのブランド?」

 番組のMCを担当するタレント――フェイン、と名乗ったその男は、ユーナの隣に(しれっといつの間にか)立っては甘い声で訊く。

「こ、これは古着屋さんで買ったやつを自分でリメイクしたやつで……特にブランドってわけじゃ……」

「ふぅん、そう……ごめんね、ユーナちゃん可愛いからさ、どこの服か気になっちゃって」

 そ、そんなことないですよ、と首を振るユーナの顔は緊張で引き攣っている。
 それともこの無神経に距離が近い男に戸惑っているのか――今日は店長が主役だ、自分はできるだけ引っ込んでいよう、と思って隅にいたサーティーンはその光景を前に腹が立つ感覚がした。
 そもそも気安く「ユーナちゃん」と名前で呼ぶことにも苛立ちが募る。店長はこの店のモットーを、信念を、責任を背負って「店長」という立場にいるのだ。尊い呼び名なのだ。それを無下にし、気安く名前で呼ぶなんて――俺ですらまだそんな呼び方してねぇのに、と黒い感情がもやもやとサーティーンの胸の内に溜まっていく。

「――ユーナちゃん、彼氏いる? いないなら俺なんかどう?」

「いや、い、いない、ですけど……」

 ちら、とサーティーンのほうへ目線をやる。
 取材自体は喜ばしいが、まさかこんなに距離近く口説かれるとは思っていなかった。
 サーティーンとぱち、と目が合い――すみません、とフェインから離れる。

「う、うちの子も映るならピカピカに磨いてあげとかないと……じゃあ、その、本番はよろしくお願いしますね!」

 そう言ってそくささとサーティーンのほうへ駆け寄った彼女は「参ったな」と小声で呟いた。

「大丈夫か、店長」

「えっ、ああ……大丈夫! サーくんも出るんだからね、テレビ! 背中とか磨いといてあげる!」

「俺も出るのか?」

「そりゃそうでしょ、だって私のバディだもん!」

 バディが汚れてたら恥ずかしいでしょ、とリーガー用のクロスを持ち、サーティーンの背中側をごしごしと磨くユーナの姿をフェイン含め、その場にいたスタッフは奇異の目で見ていた。



「――じゃあオーダー受けたネイルチップはこの机で作ってるんだ」

「はい、一本一本手作業で……私が製作して、梱包や発送はこの子に任せてます!」

 冷たいカメラのレンズが映す中、ユーナはフェインから振られた話にサーティーンを紹介した。
 無骨、冷徹、不愛想――おおよそ雑貨屋には似合わないリーガーを堂々と出され、MCである彼は視聴者を代表して訊く。「――これ、スポーツリーガーだよね、」

「どうしてリーガーをバイトにしようと?」

 これ、という呼び方に内心む、とするも、ユーナははっきりと答える。

「リーガーだから雇おう、って思ってたわけじゃないんです」

「だったらどうして?」

「この子の『どんな仕事でも頑張りたい』っていう気持ちが見えたからです。たしかにゴルフリーガーですけど、この店の中では私の右腕、欠かせないバディです」

 カメラの前で多少の緊張はあるものの、そう答えるユーナの言葉は真っ直ぐで淀みなく、それはサーティーンに向けられた限りない愛情に満ちていた。

 店長……俺のこと、そんな風に思ってくれてたのか……。

 先ほどまで抱えていた黒い感情ではなく、回路がじんわり温かくなるような喜びで胸が満ちる。
 
 ユーナが言った「バディ」という呼び方に嬉しさを噛み締めている間、特にこれといったトラブルはなく、無事に取材撮影は終わりとなった。

 持ち込んだ撮影機材を片付けるスタッフに構わず、フェインは再度ユーナへ甘い声で話しかける。「――撮影お疲れさま、ユーナちゃん」

「ユーナちゃん、マジで可愛いから彼女にしたかったけど……おっかない番犬がいるみたいだから止めとくよ」

 ユーナの後ろに立つサーティーンから敵意と殺気を感じたフェインはそう言い残すと、「それじゃあ末永くお幸せに」なんて一言を残して撤収していった。

「番犬? ……サーくんのこと?」

「さぁな」

「サーくんは番犬ってかシベリアンハスキーっしょ」

 犬種の問題かよ、と思わずツッコみそうになったサーティーンだが、彼のメンタルはそんなことではブレない。相変わらず不愛想な表情のまま「あんたがそう思うならそれでいいぜ」と肯定した。

「オンエアは再来週だってさ。録画しとかなきゃね」

「店の宣伝になったらいいな、店長」

「そうね~……ま、とりあえず取材終わったし、ぱーっとなにか美味しいものでも食べちゃうか!」

 そういって冷蔵庫に貼ってあった宅配ピザ屋のチラシを眺める彼女は「サーくん用のオイル買ってあるからね」と声を弾ませた。

「サーくんもいつも頑張ってるからさ~、たまには良いオイル飲まなきゃダメだよ」

 今夜は寝かせないからね、なんて笑う彼女の眩しさたるや。この人の魅力が今日撮影した番組で広まればいい、とも思うし、独り占めしたくなるような気持ちもどこかにある。
 そんな独占欲を内に抱えたサーティーンのことをあの甘ったるいタレントは「番犬」と呼んだが、番犬上等。この人の笑顔が守れるならば――「――やば、お酒切らしてんの忘れてた」

「サーくん、悪いんだけど買い出し手伝ってくれない? そこのスーパーでお酒買うだけなんだけどさ」

「いいぜ、店長」

 いけ好かない二枚目に番犬呼ばわりされようが、この人から見れば俺は『欠かせないバディ』――「どこまでもあんたについていくよ」
 
「だって俺たちバディだもんな」

 秋の少し冷えた風が吹き抜ける中、ユーナは「ありがと」と唯一無二の相棒へ笑った。

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