君との13日研修
それは9月20日、少し風が涼しい日のことだった。
お誕生日おめでとうございます!
今日から使える全品20%オフクーポンをプレゼントします!――ミックス堂に出勤したサーティーンを迎えたのは、カラフルな絵文字で飾られた一通のメールだった。
もちろんサーティーンの誕生日ではない。
本来このメールに祝われるべき人間、それはここの店長である十二月ユーナである。ちら、と視線をやり見ると、彼女は仮眠用の小さなソファに猫の如く丸くなって眠っていた。
無理もない話である。この二日でネイルチップを十セットも作っていたのだから。しかもそのどれもが客のオーダーに合わせた完全オリジナルデザインである。
デザインのアイディア出しから製作まで全部ひとりでこなしていたのだ。その過酷さたるや、テーブルの上に都会のビル群のよう立ち並んだエナジードリンクの空き缶が物語っていた。
あとはサーティーンが梱包して発送すればいいだけ、という状態までようやく済ませた彼女は、文字通り電池が切れた玩具のように仮眠ソファに倒れた。きっと今日が己の誕生日だなんてすっかり忘れているのだろう。
そうか、人間の誕生日は祝うものなのか――リーガーにはない文化だが、察しの悪くない、否、むしろ高性能なサーティーンのAIは、メールの文面から人間の誕生日事情を察した。
よくよく見てみれば、宅配ピザ屋のアドレスからもお誕生日クーポンとやらがプレゼントで送られてきている。誕生日にはプレゼントが欠かせない、ということも察した上で、さてどうしたものか、とサーティーンの回路は思考が巡る。
親愛なる店長が喜びそうなもの――可愛い服、可愛いアクセサリー、と思いつきはしたが、無理だ、と早々に諦める。サーティーンのAIはリーガーの中でもかなりのハイスペックではあるが、所謂「センスの良い」アクセサリーを準備できる自信はない。第一、どこで買えばいいのかすらも分からない。
では実用的なものはどうか、と方向性を変えてみる。
実用的なもの、実用的なもの、と考えた時、ふと目についたのはエナジードリンクの空缶の群れだったが、これはあまり渡したくない。いつだったか、作業中にBGM代わりに流していたテレビで「健康に悪いもの」として名指しされていたからだ。
ユーナは「これ飲むとシャキってするんだよね~」などと言ってよく飲んでいるが、内心、サーティーンは快く思っていなかった。いくら実用的だからといって、健康に悪いものは渡したくない――ではどうするか、とまた振り出しに戻る。
良い案のひとつも浮かばぬ情けない自分にため息をひとつつき、そしてユーナとの日々を思い出す。彼女はどんな時に笑っていただろうか――胸の内に彼女の笑顔が満ちた時、そうだ、と思いつく。
これなら自分でも用意できるはず、と確信が持てたサーティーンはメモ用紙を一枚取り、「少し出かけてくる。すぐ戻る」と念のため書置きを残してミックス堂を出た。
*
「――おはよう、店長」
気絶に近かった仮眠から起きたユーナを迎えたのはサーティーンだ。
おはよう、と挨拶を返した彼女は、サーティーンが大事そうに抱えたものに視線が行った。「――サーくんなにそれ、」
「スタバのフラペじゃん」
真っ白な生クリームにとろけるチョコソースが掛かったそれ――それはユーナが好きなスタバのフラペチーノだった。
「バニラクリームフラペチーノにチョコシロップ、チョコチップ追加にチョコソース……だろ、店長。あんた前にこれが美味いって言ってたはずだぜ」
優しく手渡された一杯を見ると、たしかにいつも自分が好んでいたカスタムがちゃんとされている。
いつだったか忘れるほど前、「それはそんなに美味いのか」とサーティーンに聞かれた時に答えたような気がする。そんな日常の些細な会話、それをサーティーンはずっと覚えていた。
サーくんが買ってきたの? と驚くと彼は頷いた。
(当然だが)サーティーンがスターバックスに行くなんて初めてである。
そもそもリーガーが入れるかどうかが不安だったが、配膳ロボが導入されているからか、店内は案外広かった。レジの中では注文を取る店員の横にドリンクを作るロボまでいた。
よし、俺でもいける――そう思い列に並ぶと、後ろに並んだ女子高生らしきグループが目を丸くした。「――え、やば、」
「リーガー並んでるんだけど、」
「リーガーってスタバ飲むの?」
なんて小声で聞こえてくる。周りの客から突き刺さる視線が痛いが、これも親愛なる店長の誕生日を祝うためだ。俺は絶対に店長が好きなフラペチーノとやらを持って帰る――そう決意して持って帰ってきた一杯をユーナに渡し、そうして今日ずっと言いたかった一言を告げる。「――店長、」
「誕生日おめでとう」
あんた今日誕生日なんだろ、と言うサーティーンの言葉に、ようやく今日が自分にとってどんな日なのかをユーナは思い出した。
「な、なんで私の誕生日知って……ってかじゃあこれ誕生日プレゼントってこと!? わざわざ買いに行ってくれたの!? スタバに!」
「悪いな、俺にはそれぐらいしか思いつかなくて……」
本当はもっと盛大に祝ってやりたい、日頃の感謝を込めたい。が、方法が分からない。
情けねぇな、と自分を責める一言を漏らすと、彼女はいやいやいや、と首を横に振った。
「めっちゃ嬉しい! ありがと! もったいなくて飲めないよ!」
でも飲まないと溶けちゃうし、と葛藤に頭を抱えた彼女は、そうだ、とスマホを握る。「――サーくん、」
「一緒に写真撮ろ! ねっ!」
そういってサーティーンに顔を寄せ、フラペチーノも入るように掲げながらカメラを己へ向ける。
サーくんも笑って、と声を弾ませるその横顔は明るい笑顔だ。そう、俺はこの顔が見たかったのだ、としみじみ思う。
たった一杯の飲み物、それにこんな嬉しそうに喜んでくれるこの人が愛おしい。
ユーナが自撮りした写真の中のサーティーンは、他のリーガーが知らない穏やかな顔をしていた。
これは9月20日、親愛なる雇い主に尽くそうと頑張ったひとりのリーガーの話である。
お誕生日おめでとうございます!
今日から使える全品20%オフクーポンをプレゼントします!――ミックス堂に出勤したサーティーンを迎えたのは、カラフルな絵文字で飾られた一通のメールだった。
もちろんサーティーンの誕生日ではない。
本来このメールに祝われるべき人間、それはここの店長である十二月ユーナである。ちら、と視線をやり見ると、彼女は仮眠用の小さなソファに猫の如く丸くなって眠っていた。
無理もない話である。この二日でネイルチップを十セットも作っていたのだから。しかもそのどれもが客のオーダーに合わせた完全オリジナルデザインである。
デザインのアイディア出しから製作まで全部ひとりでこなしていたのだ。その過酷さたるや、テーブルの上に都会のビル群のよう立ち並んだエナジードリンクの空き缶が物語っていた。
あとはサーティーンが梱包して発送すればいいだけ、という状態までようやく済ませた彼女は、文字通り電池が切れた玩具のように仮眠ソファに倒れた。きっと今日が己の誕生日だなんてすっかり忘れているのだろう。
そうか、人間の誕生日は祝うものなのか――リーガーにはない文化だが、察しの悪くない、否、むしろ高性能なサーティーンのAIは、メールの文面から人間の誕生日事情を察した。
よくよく見てみれば、宅配ピザ屋のアドレスからもお誕生日クーポンとやらがプレゼントで送られてきている。誕生日にはプレゼントが欠かせない、ということも察した上で、さてどうしたものか、とサーティーンの回路は思考が巡る。
親愛なる店長が喜びそうなもの――可愛い服、可愛いアクセサリー、と思いつきはしたが、無理だ、と早々に諦める。サーティーンのAIはリーガーの中でもかなりのハイスペックではあるが、所謂「センスの良い」アクセサリーを準備できる自信はない。第一、どこで買えばいいのかすらも分からない。
では実用的なものはどうか、と方向性を変えてみる。
実用的なもの、実用的なもの、と考えた時、ふと目についたのはエナジードリンクの空缶の群れだったが、これはあまり渡したくない。いつだったか、作業中にBGM代わりに流していたテレビで「健康に悪いもの」として名指しされていたからだ。
ユーナは「これ飲むとシャキってするんだよね~」などと言ってよく飲んでいるが、内心、サーティーンは快く思っていなかった。いくら実用的だからといって、健康に悪いものは渡したくない――ではどうするか、とまた振り出しに戻る。
良い案のひとつも浮かばぬ情けない自分にため息をひとつつき、そしてユーナとの日々を思い出す。彼女はどんな時に笑っていただろうか――胸の内に彼女の笑顔が満ちた時、そうだ、と思いつく。
これなら自分でも用意できるはず、と確信が持てたサーティーンはメモ用紙を一枚取り、「少し出かけてくる。すぐ戻る」と念のため書置きを残してミックス堂を出た。
*
「――おはよう、店長」
気絶に近かった仮眠から起きたユーナを迎えたのはサーティーンだ。
おはよう、と挨拶を返した彼女は、サーティーンが大事そうに抱えたものに視線が行った。「――サーくんなにそれ、」
「スタバのフラペじゃん」
真っ白な生クリームにとろけるチョコソースが掛かったそれ――それはユーナが好きなスタバのフラペチーノだった。
「バニラクリームフラペチーノにチョコシロップ、チョコチップ追加にチョコソース……だろ、店長。あんた前にこれが美味いって言ってたはずだぜ」
優しく手渡された一杯を見ると、たしかにいつも自分が好んでいたカスタムがちゃんとされている。
いつだったか忘れるほど前、「それはそんなに美味いのか」とサーティーンに聞かれた時に答えたような気がする。そんな日常の些細な会話、それをサーティーンはずっと覚えていた。
サーくんが買ってきたの? と驚くと彼は頷いた。
(当然だが)サーティーンがスターバックスに行くなんて初めてである。
そもそもリーガーが入れるかどうかが不安だったが、配膳ロボが導入されているからか、店内は案外広かった。レジの中では注文を取る店員の横にドリンクを作るロボまでいた。
よし、俺でもいける――そう思い列に並ぶと、後ろに並んだ女子高生らしきグループが目を丸くした。「――え、やば、」
「リーガー並んでるんだけど、」
「リーガーってスタバ飲むの?」
なんて小声で聞こえてくる。周りの客から突き刺さる視線が痛いが、これも親愛なる店長の誕生日を祝うためだ。俺は絶対に店長が好きなフラペチーノとやらを持って帰る――そう決意して持って帰ってきた一杯をユーナに渡し、そうして今日ずっと言いたかった一言を告げる。「――店長、」
「誕生日おめでとう」
あんた今日誕生日なんだろ、と言うサーティーンの言葉に、ようやく今日が自分にとってどんな日なのかをユーナは思い出した。
「な、なんで私の誕生日知って……ってかじゃあこれ誕生日プレゼントってこと!? わざわざ買いに行ってくれたの!? スタバに!」
「悪いな、俺にはそれぐらいしか思いつかなくて……」
本当はもっと盛大に祝ってやりたい、日頃の感謝を込めたい。が、方法が分からない。
情けねぇな、と自分を責める一言を漏らすと、彼女はいやいやいや、と首を横に振った。
「めっちゃ嬉しい! ありがと! もったいなくて飲めないよ!」
でも飲まないと溶けちゃうし、と葛藤に頭を抱えた彼女は、そうだ、とスマホを握る。「――サーくん、」
「一緒に写真撮ろ! ねっ!」
そういってサーティーンに顔を寄せ、フラペチーノも入るように掲げながらカメラを己へ向ける。
サーくんも笑って、と声を弾ませるその横顔は明るい笑顔だ。そう、俺はこの顔が見たかったのだ、としみじみ思う。
たった一杯の飲み物、それにこんな嬉しそうに喜んでくれるこの人が愛おしい。
ユーナが自撮りした写真の中のサーティーンは、他のリーガーが知らない穏やかな顔をしていた。
これは9月20日、親愛なる雇い主に尽くそうと頑張ったひとりのリーガーの話である。
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