君との13日研修
自由、とはなんだろうか?
髪型、髪色、ピアスにネイル、フェイスペイントもタトゥーも関係ない、身だしなみに関しては全部自由。
やる気さえあれば誰でも歓迎――なんて書いた求人ポスターを店の外壁に貼ったのは確かもう半年以上も前だ。
半年も前から放ったらかしにしていたのを今、この店の店長である十二月ユーナは思い出していた。
放置していた理由は他でもない。
誰ひとりとしてこの求人へ応募してくることがなかったからだ。
見た目は店というよりただのガレージ。
そのシャッターを開けっ放しにし、中にはユーナが使う作業台、あとは工具、ベッド代わりに置いた仮眠用の古いソファ、備品や資材がぎっちりと詰まった棚と段ボール箱が乱雑に積み並んでいるだけで、誰が見たって働きたいと思えるような華はない。
それでも彼女は人手が欲しかったのだ。
ネイルやレジン、ハンドメイド雑貨に使える装飾パーツの通信販売に加え、依頼があればオーダーメイドでネイルチップを、タトゥーシールを、ピアスだの指輪だの、ありとあらゆるアクセサリーを作り、看板やサイトのロゴ、マスコットキャラクターや所謂「痛車」のデザインや施工まで請け負う。
もちろんありとあらゆるSNSでの宣伝も欠かさない。
それと同時にプラモデルやフィギュアの組み立て、塗装の代行、中にはジグソーパズルの代行なんてものを依頼してくる客もいるのだから、もうユーナひとりでは抱えきれないほどの仕事量に膨れ上がってしまった。
藁にも縋る思いで求人ポスターを貼ったものの、そこからなにひとつ変わることがなかったこの半年――今、そんな日々が大きく変わろうとしている。
「――えーっと……」
ユーナひとりでは広すぎるように思えるガレージの中で、彼女は椅子に腰掛けたまま「彼」を見上げた。
「どうしてうちで働こうと?」
戸惑う口からようやく出せたのは、「バイトの面接」には欠かせない、そんな無難も無難すぎる一言だった。
ユーナの指先は今、黒く艷やかに塗った上にシルバーのメタリックパーツが輝いている。
セルフネイルは彼女の趣味だ。
前回はレトロでポップなデザインになるようにとカラフルに塗り、今回はがらりと雰囲気を変えてクールなイメージに塗った。
刺々しいシルバーのスタッズを散らし、左手中指にはメインを飾る十字架のパーツを乗せ、そのパンクロックな仕上がりに満足したのは昨夜――今、仮にもバイトの面接中だというのになぜそんなことを思い出してしまうのか――だってしょうがないじゃん。
だってこの子、左肩の棘めっちゃ凄いんだもん。
いや、これは棘というよりもはや釘というか杭というか――なんにせよ、パンクロックという言葉では到底足りないほどの鋭さが肩に光る彼はそれなりに緊張しているのか、または元より人相、否、ロボ相というかリーガー相とでも言うのか、ユーナには分からないが、強面な表情は変わずのまま質問へ答えてくれた。
「他のところにも色々行ったが、雇ってもらえなくて……」
「あー……それでたまたまうちの求人ポスター見たって感じ?」
「ああ、」
「もしかして仕事ならなんでもオッケーって感じ?」
「そうだ」
あらやだ(馬鹿)正直。威圧感しかない見た目によらず、素直に頷く彼――ガレージの入り口に来ては仕事を探している、ここで雇ってくれないか、と先程来た時に名乗った名はサーティーン。
とりあえず手元のメモ帳へふたつ、「13」「なんでもOK」とだけ書く。「――気ぃ悪くしたらごめんね、」
「ちなみにさ、面接落ちちゃった他の仕事ってどんな仕事?」
「……まずは板金屋だった。その次がオイルスタンドで、その次が清掃、次はコンビニ」
「コンビニかぁ」
そりゃ落ちるわ、と内心同情してしまう。
今彼が話した仕事に欠かせないものは愛想だ。接客業としての愛想。
大事な愛車を預けるなら、店でレジ打ちさせるなら、公共の場を掃除させるなら愛想の良い人間かロボのほうが良い、というのが世間。
そんな世間からすれば、第一印象が「怖い」なんて奴はお呼びじゃないのかもしれない。
――だが「ここ」は違う。
髪型、髪色、ピアスにネイル、フェイスペイントもタトゥーも関係ない、身だしなみに関しては全部自由。
やる気さえあれば誰でも歓迎――ポスターにそう書いた時はまさかリーガーが来るなんて想像もしていなかったが、今は猫の手だって借りたい状態なのだ!
やる気さえあればあとはなんでもいい!
たとえそれが肩に鋭利な杭が装備されたリーガーでも!
「――うちはお客さんと直接話すことってあまりないんだよね。基本ネットでオーダー受け付けてるし、もしあったとしても私が対応してるし……」
サーティーンくん、君にやってもらいたいことはここ、この倉庫兼工房の雑用だけどいい?
まずは研修ってことで二週間……『仕事ならなんでもオッケー』ってさっき答えてくれたけどさ、私、それ信じちゃっていい?
その腕は正確無比なり。
狙ったターゲットは外さず、不可能を可能にする非情なスナイパーの如くだとかつては評されたゴルフリーガー、サーティーン――アメジストの色を溶かしたその瞳は彼女からの問いへ、ようやく自身が尽くすべき主人を見つけた忠犬かのようにひとつ眩しく笑い、そして頷いた。「――ああ、」
「悪いようにはしねぇぜ、店長」