君との13日研修
ぎらつく太陽は最近、ようやく大人しくなった。
代わりに少しばかり涼やかな風が足元を駆けるようになった今日、なんでもありの雑貨屋ことミックス堂へ出勤するサーティーンの胸中は――他でもない、恐怖に押し潰されそうだった。
その訳は昨日に遡る。
店長であるユーナから「明日ね、サーくんに話があるの」と連絡が来たからだ。
「このまま電話で言えないのか」と聞けば、彼女は首を横に振り、「明日お店に来たらね、」と答えた。
わざわざそんな連絡を寄こしてまでする「話」――もしやクビか、と考えるのに時間はいらなかった。
一瞬にして自身をぺしゃんこに潰してしまう巨大なプレス機を前にしたような、嫌な緊張感――そのせいか夜はまともにスリープできなかった。リーガーにはないはずの鼓動が嫌に速くなるような、そんな感覚。
ひとりで店を支える彼女を尊敬していた。そんな彼女にバイトとして受け入れてもらった嬉しさは今でも忘れられない。
できうる限り一生懸命尽くしてきたつもりではある。
それでも足りてなかったというなら仕方ない。しかし俺のなにがいけなかったんだ、店長――という感情は押し殺し、普段と変わらぬクールな顔を作る。
そうして(内心は軽くパニックではあるが)出勤してきたサーティーンを迎えたのは、なんだかいつもより機嫌が良さそうなユーナであった。「――あっ、サーくん!」
「じゃーん! 見てこれ! 買っちゃった!」
そういって彼女が笑顔で見せてきたものは――なんの変哲もない、どこの企業や店のバックルームによくある縦型のロッカーひとつだった。
「これ、サーくん専用のロッカーだから! 今日からこれ使ってね!」
「俺、専用……?」
壁際に置かれたそれの戸を恐る恐る開ける。
傷もへこみも一切ない、新品のロッカーの中身は空っぽで、ただただサーティーンがなにか荷物を置くことをじっと待っていた。
「これからはさ、ここ、サーくんの好きに使っていいからね」
「話ってのは……クビなんじゃねぇのか、」
「クビ? なんのこと?」
「だって話があるって……」
「ああ、話ってのはこれ、ロッカーの話!」
もー、クビになんかするわけないじゃん! と困ったように笑うユーナの言葉に、サーティーンは今まで重く抱えていた己の杞憂がようやくふっと消えた。
その代わり満ちるものがある。親愛なる店長がわざわざ用意してくれた居場所、そのありがたみがじんわりと胸を熱くする。
ユーナにとってそれは本望だった。
リーガーである彼と人間である自分、そこに横たわる溝、立ち塞がる壁は深く高いものかもしれないが、今自分が彼を雇う店長としてできることは、こうやって居場所を作り、「君はここにいていいんだよ」と教えてやることかもしれない、と。
いつか彼がここを旅立つ――その時までずっとこの店で見守ってあげたい、と願った指先は、ネット通販でロッカーの購入ボタンをクリックしていた。
「ねぇ、さっそくなにか入れたら?」
「なにか……そうだな、」
ユーナに促されたサーティーンは暫し考え、そして胸元の収納から携帯用のオイル缶をひとつ、ロッカーへ入れた。
元より手持ちの荷物が少ない故寂しいものだが、それでもたったひとつそれを置いただけでも、無機質なこのロッカーが「自分専用」になった気がし、それもまた嬉しかった。「――店長、」
「ありがとう、俺なんかのために……」
「こら、俺『なんか』って言っちゃダメでしょ。サーくんは普段頑張ってくれてるんだから」
私の前でそうやって自分落とすの禁止! 店長命令だよ、分かった? とひとつ叱ると、聡明で高性能なAIを持ち、なおかつ彼女に対してはこの上なく素直な彼は「すまねぇ、」と謝った。
「分かったならいいの! さ、今日も仕事しよ!」
エプロン洗っといたよ! と差し出されたそれの胸元には、彼女が一針一針縫った刺繍で「13」と書かれている。
そうだ、彼女はいつだってこうして自分がここにいていいのだ、と示してくれていた。
もしやクビか、と一晩悩んだことが馬鹿らしい――「ああ、」
「今日も忙しくなるな、店長」
じゃあまずいつものやつね、頼んだよ、と納品書の束を渡された幸せなリーガーの背を、物言わぬロッカーはただただ静かに見守っていた。
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