君との13日研修



「――オーナー、」

「…………」

「オーナー、」

「…………」

「……創一郎、」

「呼び捨てにするなっ!」

 そういってこの「ミックス堂」の(一応創始者という意味では)オーナーは、ガレージの中にあるソファからようやく身を起こし、おまけに自身を起こしたサーティーン相手に酒の空き缶をひとつ放り投げた。
 が、運動神経、特に動体視力に優れたサーティーン相手には意味がなく、創一郎が放り投げた空き缶は簡単にキャッチされてしまった。「――すまない、」

「でも起きてるんだったらどいてくれ、店長に頼まれている掃除が進まん」

「ふんっ、オーナーが自分の店のどこにいようが勝手だろーが」

「今は店長が仕切ってる。あんたはつい先日帰ってきたばかりだろう」

「上等なAI積んでるくせにあんな小娘の言いなりか。設計者が見たら泣くぞ」

 ソファから退かぬ創一郎と、彼を退かして掃除を進めたいサーティーンの間に火花が散る。
 普段ならここの店長であり、サーティーンをバイトとして可愛がっているユーナが仲裁(というよりサーティーンの援護)をするのだが、生憎今日彼女はいない。
 彼女が息抜きに友人と一泊二日の温泉旅行に行っている間、サーティーンはこのガレージの掃除を請け負った。が、その任務に支障が発生している――ユーナの祖父、十二月創一郎が邪魔してくるのだ。「――お前、」

「本当にこんな所でせっせとバイトする気か?」

「……どういう意味だ」

 退いてくれないというならもういい。別の場所から掃除を進めるだけだ。
 普段ユーナが資材を入れている棚を軽々と退かし、その下に積もっていた埃を箒で集めるサーティーンへ向けられたのは、いまいち理解し難い疑問だった。

「とぼけんなよ。お前、リーガーとしちゃそこそこ上等なモデルじゃねぇか。俺ァ前にダークでエンジニアしてたから分かるぜ」

「…………」

「はぐれリーガー、だっけ? どこにも行き場所がないリーガー同士でチーム組んでリーグを目指す、ってのはいいとして、だからってこの店で働く意味あんのかよ」

「……何事にも金はかかる。みんなで働いて、みんなで金を出し合ってるんだ」

「じゃあ正式リーグに出られるようになったらこの店はどうする? 辞めちまうか?」

 なにを言う、元々店長を置いて出ていった前科があるのはお前じゃないか――と、感情回路にかっと熱く責め立てる言葉が出てきたが、サーティーンはなんとかぎりぎり言わずに抑え込むことができた。

 別に自分は彼と喧嘩するつもりなんてない。そんなことをしたら店長が困るのだ。彼女を困らせるようなことは絶対にしたくない――「――俺はな、」

「クリエイターは孤独であれと思ってる。孤独だからこそ外と、誰かとの繋がりが欲しくなって必死になにかを作る、生み出す……あいつもそうやって育てたつもりだったのに邪魔しやがって」

 邪魔したならしたなりに責任取れよ、と、今度は空き缶の代わりに鋭い視線を向けられる。

「責任……?」

「そうだよ、孤独になるように育ててた奴にちょっかいかけてんだ。でも金が溜まったから、リーグに出られるようになったからさよなら、なんて酷ェじゃねぇかよ」

――たしかに自分の目的は金だ。
 正式リーグを目指すまでの活動費が欲しかった。だからバイトなら正直なんであろうとよかった。

 でも今は違う。
 無論、金が必要な現状は変わらない。が、自分なんかを雇ってくれた店長、十二月ユーナの人柄と仕事ぶりには尊敬と、恩と、情もある。

 はぐれリーガーのみんなで正式リーグを目指す、という目標と同じく、十二月ユーナを側で支えたい、という気持ちがいつの間にか大きくなっていた。

 夕暮れの西日がガレージに差し込む中、サーティーンの答えを待つ創一郎は黙っている。
 サーティーンは己の中にある答えを、感情を一息整理し、孫への愛情が不器用な祖父へ告げる。「――俺は……」

「俺ははぐれリーガーだ。正式リーグに行けるまでの活動費が欲しいから働こうとして……店長はこんな俺を拾ってくれた。色々と仕事も教えてくれて任せてくれる。……あんたは俺を気に入らないかもしれないが、俺にとっちゃ店長は恩人だ。だから――」

 だから俺は正式リーグに行くことがあっても店長を捨てたりなんかしない。
 俺はずっとここの、「ミックス堂」のバイトで店長の部下だ。
 店長が俺を捨てるその日まで、俺は誰よりも店長を支えるつもりだ――!「――……サーくん?」

 創一郎と向き合うことに集中していたせいか、サーティーンのセンサーは旅行から帰ってきた店長がガレージの入り口にいることを感知しきれなかったらしい。
 旅行に持っていった真っ赤なスーツケース同様、顔を赤くしたユーナは目を泳がす。「……えっと、その、」

「お土産買ってきたんだけど……な、なんかタイミング悪かったね、ごめんね、ちょっとその……つ、疲れちゃったから一旦部屋戻るね」

 そういって彼女はパーカーのフードで顔を隠しながら二階の自室へと上がっていってしまった。
 しかし無理もない。信頼していたサーティーンが「店長を捨てたりなんかしない」「店長が俺を捨てるその日まで、俺は誰よりも店長を支えるつもりだ!」なんてあまりにも嬉しいことを言ってくれていたのである。これを聞いて平常でいろ、というほうが無理な話だ。

 帰ってきて早々と部屋に行ってしまったユーナの後ろ姿と、隣でまだなにか言いたげなサーティーンを見比べ、創一郎はたった一言言い返した。

「お前に孫はやらんぞ」と。

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