君との13日研修
人間とリーガーの違いというのは、ひとつ数えだしたらきりがない。
それは身体の構造だけの話ではなく、センス――美的感覚にも通ずる。
例えばこのなんでもありの雑貨屋、ミックス堂に勤めるバイトであり、ゴルフリーガーでもあるサーティーンが「美しい」と判断するものは、一点の曇りもなく磨き上げられたゴルフクラブである。
人間が好む無駄――所謂アクセサリーの類に対する理解はほぼ無に等しいだろう。
しかし彼を雇った店主、十二月ユーナはその「無駄」へ情熱を注ぐことを仕事に、否、生き甲斐にしていると言っても過言ではない。
その情熱から生まれる作品に惹かれる者も多く、今日もまた一件、一件とオーダーメイドの依頼がネット越しに届いてくる。「――店長、」
「少し休んだほうがいいんじゃないか?」
地も屋根も焼くような暑さの日。
エアコンの風で満たしたガレージの中、サーティーンが知る限りではもう四時間も続けて作業台へ向かっている彼女へ一言かける。
サーティーンが出勤し、通販で受注が入った商品の梱包をしている間が四時間。
しかしそれよりも前から彼女はずっと作業をしていたのだろう。流石に疲労の色が濃くなっているその顔がようやく頷いた。
「あー……そうだね、ちょっとなにか食べようかな……」
そういや昨日なんも食べてないな、と呟いたユーナの作業台には、光を纏った艶がきらりと美しいネイルチップが、それをより一層飾り立てるためのパウダーやストーンが入ったケースがごちゃごちゃと並んでいる。
「店長、集中するのはいいがもう少し自分にも気を使ってくれ。この前寝込んだばかりだろう」
「ごめんごめん。つい楽しくなっちゃって……それに最近チップのオーダー増えたから、なるべく巻きで進めたいし……」
チップのオーダー、という言葉に、今度はサーティーンの顔が曇る。
経理事務、発注や納品の日程調整、発送作業に掃除、買い出し、プラモデル、ジグソーパズルの制作代行や、なぜこの店で請け負っているのか分からない「犬の散歩の代行」までこなせるようになったサーティーンだが、「アクセサリー制作」という美的感覚を組み合わせる仕事は彼にはできない。
SNSでの宣伝を見てオーダーを入れてくる客も、ユーナが作った作品、そのセンスに惹かれてくるのだ。
サーティーンには一切手出しができぬ、いわばユーナの絶対領域――だからこそサーティーンは余計に心配が募るばかりなのだ。
「他人の爪を飾り立てるのに店長が潰れたら困るんだ、依頼人だって困るだろう」
「分かってるってば……でもさぁ、チップ作るのも自分の爪に塗るのもさ、やっぱりめちゃくちゃ楽しいからつい時間飛んじゃうんだよね」
無骨で冷たいボディと人相に似合わず、募る心配からつい小言が出てしまう優しいバイトへ向け、彼女は自身の指先を彼へ見せるように差し出した。「――指ってさ、」
「自分の身体の中で一番視界に入るわけじゃん? だからそこに好きな色があるとさ、なんかそれだけで嬉しくなっちゃうんだよね」
そう微笑む彼女の指先――今はサーティーンのボディのカラーに似たグリーンが鮮やかなその指は、作業台の隅に置きっぱなしだった財布を掴んだ。
「ま、でもサーティーンくんに心配ばっかかけたくないし……今日はもう切り上げてアイスでも食べに行こうかな」
たしかそこの表通りの店、近くにオイルスタンドもあったよね?
オイルも買ってさ、そこの公園で一緒に一休みしよっか。
……ああ、良い案だな、店長。さすがだ。
そう話しながら一緒にガレージを出ていく店主とバイト――というより、世にありふれた平穏なカップルにも似たそのふたりを、まだまだ元気な真夏の昼間は見下ろした。