斜堂先生とオカルトくノ一女生徒


「――……これ、埃です?」

「いえ、それは金粉ですよ、金粉」

「金……?」

 真っ直ぐと綺麗に切り揃えた黒髮が、湯呑を覗き込んでは怪訝に首を傾げるその動きに合わせて揺れた。

 そんな彼女の名は墓乃上みつよ。忍術学園で日々学びながらも、生まれ持った才能――恵まれた霊能力を活かし、霊媒師として仕事の相談を受けることがある身だ。「斜堂せんせー、」

「なんでお茶に金を入れるんです?」

 隣に座る墓乃上から困ったような顔で訊かれるが、そう自分に言われても、と内心斜堂は思う。

「さぁ……縁起が良いように、とかですかねぇ……」

 そんな金粉が優雅に沈む茶に対し、斜堂も、墓乃上も手を着けない。隣に供えられた淡い色づきが愛らしい南蛮菓子、金平糖にも。
 墓乃上だってくノ一見習いなのだ。得体の知れないものを迂闊に口にするようなこと、絶対にしない。

 それは単純に彼女が金粉茶というものを知らないから、というわけではなく、今回の仕事の依頼人――それが得体の知れない人間なのだ。

 この学園に黒髮の霊媒師がいると聞いた。ぜひ会い、相談したいことがあるが、諸事情により内密な相談になるため、申し訳ないが迎えを出してやることができない。
 なので付き添いを何人連れて来ても構わない。同封した地図にある店に着いたら、この手紙を店の者に見せてほしい――茶の良い香りが霞んでしまうほど、怪しい香りが手紙から溢れている。

 この手紙を受け取ったのは一週間前のことだった。
 彼女の才能を学園で唯一理解している斜堂はもちろん常識的な大人として、いたずらでしょう、と一蹴した。

「墓乃上さん、霊媒師として人気ですから……暇な方がいたずらで書いたとしか思えませんが……」

 普段なら親愛なる教師、斜堂の言葉には素直に頷く墓乃上だったが、彼女は手紙を見つめながらひとつ呟いた。「……これ、」

「どこかで見たような……」

 そう指したのは、差出人の名を書く位置に記された一文字だった。
 菱形の中に「散」という一文字だけ書かれたその記号のようなものに墓乃上は暫し考え黙り、そして「分からん」と匙を投げた。

「でも絶対どこかで見たはずなんですよねェ……せんせー、私これ行ってきます」

「えっ、」

「そもそも内密にしたいこと、手紙に書いて学園にわざわざ送ってくるのもおかしいと言いますか……こんな証拠が残るもので私を名指しで呼んでるなんて、きっとなにか訳があるんでしょう」

 人助けが幽霊の救いに繋がること、反対に、幽霊への丁重な供養が人間への救いになること――齢はまだまだ幼いながらも、生まれついての霊媒師としてそれを誰よりも知っている墓乃上の判断は、手紙の誘いに乗ってみることだった。

 斜堂だってもう付き合いが長いのだ。彼女の信念、理想を全く理解していない、というわけじゃないが、生徒の身を案じる教師として思わず引き止めてしまう。

「墓乃上さん、少し考え直したほうがいいのでは……もう少し危機感というものを持ってください」

「……斜堂せんせーのご心配はとても嬉しいです。でも……誰にも相談できない困り事で泣いている幽霊がいるかも、と思うと……」

 幽霊はみな等しく自分の家族、幽霊の救済こそが自分の使命、と日頃から口にしている彼女の選択は揺るがなかった。
 こう言い出したらもう仕方ない。そんな生徒に対し、斜堂は手紙の一部分を指して応えてやる。「……こう書いてありますし、」

「……ひとりで行かせるわけにはいきません。先生も着いていきます。それでいいですね? 墓乃上さん」

――申し訳ないが迎えを出してやることができない。
 なので付き添いを何人連れて来ても構わない。

 ええ! ありがとうございます斜堂せんせー、なによりも心強いです! というやりとりを図書室でしたのが一週間前のことである。

 手紙を頼りに街へ降り、地図を辿って着いたのはなんとも立派な商店だった。
 小さな商店をふたつか三つくっつけたかのような大きさだ。
 初夏の元、晴れた空と一緒にそんな店構えに掲げてある看板を見上げ、墓乃上は「あ、」と気づく。

「……この記号、お店の看板だったんですねェ……」

 手元に持った手紙に記された、菱形の中に「散」と書かれた謎の印と全く同じものが、看板の中ででかでかと派手に主張している。

「えーっと……南蛮渡来品取扱、か……なるほど、そういうお店ですカ」

「……菓子、茶、香辛料、陶器に装飾品、化粧、……なんでもありますね」

 店の入り口に下がる暖簾に連なる文字を見ていると、店の中から割烹着ではなく、洋装の前掛けを着けた婦人が出てきては墓乃上へ声をかける。「あら、」

「素敵なお嬢さんだこと……散ノ字商店へようこそ。なにかお探しですか?」

「さんのじ……? あの、私、この手紙を貰った者なんですが、」

 なにか知っていますカ? と婦人の前に見せると、彼女は鮮やかな紅が塗られたその口から再度、あら、と軽く驚いた声を出した。

「まぁ、あなたがお坊ちゃんの……」

「お坊ちゃん……?」

「……お待ちしておりました。どうぞ中へ、ご案内します」

 深々と頭を下げられ、お連れ様もどうぞ、と招かれる。どうやら手紙に記してあった目的地はここで間違いないらしい。

 婦人に連れられるまま店の奥、綺羅びやかな絵が描かれた襖の向こうの座敷に上がる。
 店の看板と手紙にあった「散」の印――どこかで見た覚えがある、とは思ったが、一向にどこで見たのか思い出せぬ上、婦人から出た「お坊ちゃん」という言葉に全くの心当たりがない墓乃上の様子に、隣に座る斜堂は小声で問う。

「……墓乃上さん、どうしますか?」

 宛名すらまともに書かぬ無礼な手紙に付き合ってここまで来たというのに、女中に案内させたばかりで姿を出さぬ依頼主に対し、教師として、大人として不信感を抱かずにはいられない。
 本当は今すぐにでもこのお人好しな生徒の手を引いて帰りたいが、「霊媒師」としてここまで来た彼女の意志を無視するわけにもいかない。

「……どうぞ、粗茶ですが」

 丁度茶を持ってきた婦人へ、今度は斜堂がひとつ訊く。

「すみません、この子が貰った手紙の差出人は……」

「……申し訳ございません、もう暫しお待ち頂けますか?」

 答えになっているようで、なっていないような、曖昧な返事と笑みが返ってくるだけだった。
 どうぞお待ち下さい。と言い残し部屋を後にした婦人を見送った墓乃上のため息が聞こえた。「……なるほど、」

「……まぁ、色々言いたいことはありますが……とりあえず待ってみたら会えるそうですし、ちょっとだけ待ってやるとしますかねェ……これ、埃です?」

「いえ、それは金粉ですよ、金粉」

「金……?」

 そうして暫しの間、幼い霊媒師が茶に首を傾げ退屈に待っていると、ようやくばたばたと忙しない足音が近づき、ふたりの目の前にあった虎の絵の襖が勢い良く開かれた。「――どうも!」

「いやぁ、お待たせして申し訳ありません、私がこの散ノ字商店の……」

 見るからに上等な紺藍の着物に金茶の帯、乙女なら誰でも羨むであろう艶を纏った長い黒髮、すらりと高い背、白い肌、狐を思わせる切れ長の目をした青年が堂々と現れた。
 が、その目が墓乃上を見るなり、彼は自己紹介の台詞も言い終えぬというのに「やっぱり!」と明るい声を上げた。

「――君、お墓に住んでいた子だよね? ああ、やっぱりボクの勘は当たってたんだ、間違いなかったんだ」

 なにがなんだか分からない。
 青年の落ち着きのない態度に斜堂はもちろん、自身が育った場所を知っている彼に対し、墓乃上はより一層混乱していた。「ねぇ、」

「ボクのこと、覚えてる? お墓に住んでた時に会ったよね? ……ああ、よかった、また会えて……」

 きらきらと眩しい瞳で墓乃上の前に来たかと思えば、未だ状況を飲めずに放心する墓乃上の手を彼は強く握ったのだ。彼の細く、長い指が、墓乃上の小さな手に愛しく絡む。

「なっ……!? やめっ……」

 墓乃上という人間は短気だ。普段なら他人に勝手に触られようものなら、振りほどくついでに一発殴っているような子だ。
 しかし今、あまりにも話が飲めぬまま一方的に食いついてくる青年に対し、そんな短気も起こせぬほど混乱していた。恐怖していた。「――墓乃上さん、」

「帰りましょう」

 硬直する生徒から青年の手を引き剥がし、払い捨てる。そのまま彼女の肩を抱いて立ち上がるまでになんの躊躇いもなかった。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……」

 すみません、ちょっとびっくりしちゃって、という墓乃上の強がりも聞かず、斜堂は未だろくに名乗らぬ青年に冷たい目を向ける。

「……あなた、いったいなにがしたいんです?」

「え……いや、ボクは……」

「この子をこんな目に合わせるために来たわけではないので……二度とこの子に関わらないでください」

 それでは失礼します、と話を打ち切り、自分がついてやっていたというのに可哀想な目に合わせてしまった生徒を案じる。「さぁ墓乃上さん、」

「行きましょう、怪我はないですか?」

「まっ……待って、ねぇ待って、お墓くん!」

 斜堂に払い捨てられた手が、青年が、涙混じりの情けない声と共に墓乃上に縋る。

「ねぇ、お墓くん、ボクのこと……本当に覚えてないの? 思い出せないの?」

 嘘やからかいなどではない、心からの哀願と涙で溺れた瞳で墓乃上を見上げるのだ。
 その様子を前に、斜堂に連れられ帰ろうとした足が止まる。「あなたは……」

「あなたは誰です? なんで私の生まれのこと、知っているんですカ?」

 言われて当然の質問であり、彼にはそれに答える義務がある――が、それらを果たす前に墓乃上へ一方的に触れた時点で一切聞く意味がない。なぜならもう今後一切関わることがないからだ。

「……墓乃上さん、もういいじゃないですか」

「でも、せんせー……」

「手紙どころか会っても名乗らない、そんな相手に墓乃上さんがこれ以上付き合ってあげる必要はありませんよ」

 普段と変わらぬか細い声に、それでいて穏やかな物言いだ。しかし普段とは違い、有無を言わさぬ圧もあった。
 斜堂としてはいくらこの青年に泣きつかれようが、今ここで話を聞かずに帰ることに変わりはない。困っている幽霊がいるかもしれない、という彼女の善意と優しさを傷つけたのだ。墓乃上自身にも警戒心が薄く、危機感が足りない部分はあった。が、だからといって彼女を怖がらせたことを許せるわけではない。

「ご、ごめんなさい……その、会えたのが嬉しすぎて……ちゃ、ちゃんと話せば分かってくれませんか……?」

 いい加減しつこい。内心呆れながら、床に手を付き頭を下げる彼を見下ろす。
 上等な着物の襟元が、艶やかな黒髮が乱れるのも構わず懇願するその様子に大きなため息をついたのは斜堂ではなく、墓乃上だった。「……ああもう、」

「しょうがないですねェ……さっさと泣き止んで話してください」



――……さっきは……さっきは、いきなり触ったりしてごめんなさい。

 ボクの名前は散財院金梨……南蛮との貿易商をしてるお父様からもらったこの店の主人、かな……一応……。

 今回君に手紙を書いたのもボクです。
 ……でも色々あって、お父様はこうやってボクが他人と会うことをあまりよく思ってなくて……だから迎えを出すどころか、名前すら書けなくてごめんなさい。

 ボクはまだ君が小さい時、あの古いお墓に住んでいた時の君に助けられたことがあって、どうしてもあの時のお礼がしたくて、ずっと君を探してたんだ。
 ……ボクはお父様の仕事に付き添って南蛮に行ったり、日本に帰ってきたりしてるんだけど……驚いたよ。
 半年前に日本に帰ってきたら、「黒髮の女の子が霊媒師としてあちこちで相談事を聞いてる」なんて噂があったんだから。

 それを聞いた時、ボクは真っ先に君だと思ったよ。
 ……で、あのお墓に行ったんだけど、君はいなくて……あれから色々調べて、君が忍術学園にいるって分かったから、今回、やっと手紙が出せたんだよ。

 手紙には相談事、なんて書いたけど……本当は違うんだ。あの時言いそびれたお礼を改めて言いたかっただけなんだ。

 四、五年ぐらい前かな……ボクはその頃日本にいて、よく下町の子たちと遊んでたんだ。
 ……でも本当は違うんだ。みんな友達だから遊んでくれるんじゃなくて、ボクが「散財院家の跡継ぎ」だから、「お金持ち」だからご機嫌取ってただけ。ボクが持っていく南蛮菓子の金平糖やボウロが珍しいから寄ってくるだけで……誰もボクのこと、見てくれない。

 その日は所謂ガキ大将っていうのかな、彼の機嫌が悪くて、隠れんぼをしている内に置いて帰られちゃったんだ。
 ……心細かったよ。遊びに夢中になって深い茂みに迷い込んじゃって、どう帰ればいいのか分からなくなっちゃって……やっと林を抜けた時、君が住んでた墓場に着いたんだ。
 怖くて、怖くて……でも墓地なら、近くにお寺があって、そこに誰かいるだろうと思って立ち入ったよ。

 そしたらさ、墓場の中で焚き火してる君に出会ったんだ。
 ボロボロで泥だらけ、傷だらけの子が、焚き火でなにか焼いてて……君、あの時なんて言ったか覚えてる?

 人間がなんの用だ、って小石を足元に投げてきたよね?

 君、ここに住んでるの? それはなにを焼いてるの? お父さんやお母さんは? ……なんて思わずたくさん訊いちゃったよね。

 そしたら君、鬱陶しい、帰れ、二度と来るな、って怒りながらボクの手を引いて、街に繋がる道まで案内してくれたこと、今でも忘れないよ。

 ……この金平糖、散ノ字印の金平糖はとっても高いんだ。
 だからお礼にあげるよ、って渡したけど……君は受け取ってくれなかったね。

「人間からの情けなんていらん、帰れ」って。

 ……その時ボクは、人生で初めて「人間」扱いされたんだ。

 ご機嫌を取れば珍しい菓子をくれる「金持ち」でも、散財院家を継ぐ「跡取り」でもなく、ボクは「人間」として君に嫌われた……凄く嬉しかったんだ。

 ボクはそんな君が好きになった。憧れたんだ。
 ……名前も聞けなかったし、そもそもあの時の君に名前があったのかすらボクは知らない。
 でももう一度、お墓に住む君……お墓くんにどうしても会いたかったのに、家の都合で南蛮に行かなきゃいけなくなっちゃって……。

「……今思えば、君がボクを覚えていなくても当たり前だよね。……怖がらせてごめんさない」

 再度深々と頭を下げる散財院を見つめる墓乃上の横顔に、動揺や困惑するような色はなかった。
 彼が伝えたかった事情を受け取った墓乃上は、呆れるでも、批難するでもなく、隣で静かに話を聞いていた斜堂へ向き、ひとつ訊く。「なんでしたっけ、」

「類? がなんとかかんとか、ってことわざ……」

「類は友を呼ぶ、ですか……?」

「ああ、それです」

 親愛なる教師からの答えを聞いた彼女は、誇らしげな声、態度で斜堂を指しては「散々院よ、」と声をかける。

「こちらの方は斜堂影麿せんせー……忍術学園でお世話になっている方です。……私はこの人に出会って、初めて人間に成れたと思っています。まぁ……つまりですネ、あなたの気持ちは分からんでもないです」

「お墓くん……」

「類は友を呼ぶ、ですカ……いいでしょう、それぐらいにはなってやりますヨ」

 彼女はそう言って席を立つと、茶の隣に添えられた小さな紙包――表面には散ノ字印が書かれた金平糖を持ち、また情けなく泣いている彼へ笑いかけた。「――じゃあな散財院、」

「その時の礼、しかと受け取ったぞ」

 彼が惚れたあの時の小さな人間嫌いは、霊媒師として、ひとりの人間として、……友達として、堂々とした振る舞いの中に優しさが見える一言を残し、それを生徒の明るい成長として眺めていた教師の手を引いた。「さぁ斜堂せんせー、」

「もう帰りましょうカ」

「……ええ、そうですね」

 無礼かつ一方的に話を進める非常識かと思えば、中身は自分によく似た不器用な奴だった。と理解したらしい墓乃上の機嫌は良いように見える。

 理由と経緯がどうであれ、「友達」というものを一般的な同世代より理解していなかった、できなかった墓乃上が彼に答えた意志に、斜堂は彼女の成長をなによりも感じることができた。

 金持ちお坊ちゃん、商家の大事な跡取り様に、人間から理不尽に迫害されてきた幽霊たちのお嬢さま――育ってきた環境、受けてきた待遇は正反対だが、どちらもお互い「人間の友達」として交流することは、きっと双方にとって良い刺激となるだろう。

――同じクラスの子ともろくに話せないこの子に友達、か……。

 ああ、教師という立場のなんと素晴らしいものか。
 彼女のこういう前向きな姿を、この手元から彼女が離れるその日まで見届けてやりたい。



「おーはーかーくん! 会いにきたよ!」

 明るい声でいきなり呼ばれる声に、「お墓くん」はなんとも嫌そうに険しい表情をする。「散財院……」

「なんでここに?」

「なんで、って……なんか門のところにいた人へサイン書いたら入れたよ?」

「六道さんみたいなこと言いやがって……」

「ろく……?」

「……いや、なんでもない」

 避暑がてら、放課後をここで過ごそうかと用具倉庫にいた墓乃上は、ひとりで静かに、無心になってできる手裏剣の手入れに最近凝っていた。

 元々手裏剣の扱いは得意な方だ。
 学園で学んでから手に馴染んだ無機質な重みと、武器として隙きがない形――斜堂から教わった磨き方は少々手間がかかるが、その手順を守り、丁寧に磨き上げた手裏剣のなんたる美しさよ。

 ひとりで静かにそれを堪能していたというのに、能天気で空気の読めぬ友達(仮)に邪魔された墓乃上は、いつのまにかしれっと隣に座っている散財院を少し睨む。

「今度の週末さ、南の街のほうでお祭りがあるんだ! よかったら一緒に行かないかい? 絶対楽しいと思うんだ、間違いないよ!」

「……わざわざそれを言いに学園まで来たのか?」

「うん、そうだよ! ……ボク、今はお墓くんと友達になれてすっごく嬉しいけど……今度は旦那として好きになってもらえるように頑張りたいんだ!」

「はぁ!?」

「ボクと一緒にいたら幸せ間違いなし! っていつか思ってもらいたいんだ」

 長身の彼が見下ろしてくる瞳には、なんとも活き活きとした若いハートが輝いている。
 (普段は墓乃上自身も斜堂に対しそういった目線を向けているが、)突然「友達」から「旦那」まで一気に飛躍した彼の言葉に、「冗談じゃない!」と焦った否定が出る。

「勘違いするなよ散財院! 私が好きなのは斜堂せんせーで、」

「散財院、って……お墓くんには下の名前で呼んでほしいな、カネナシって」

「あーもうっ、いいかカネナシ、私は斜堂せんせーが好きだし、一流のくノ一になって目標を成すまでは……」

「お墓くんに名前で呼んでもらえるなんて嬉しいなぁ」

「人の話を聞け!」

 これが腐れ縁の霊媒師もどき、六道相手ならもうとっくに墓乃上の蹴りが一発か二発ほど入っているだろう。
 だが、それは墓乃上と六道がなんだかんだと長い付き合いだからこそできる暴力であり、今目の前にいる温室育ちの青年、散財院にそういった乱暴なことをする気になれなかった。
 これは散財院の家柄が良い後継ぎ様だから手荒にできない、というわけではなく、墓乃上の中にある理性が「さすがにこいつを殴ったら可哀想だろう」というお人好しなブレーキをかけているのだ。
 それを知ってか知らずか、(絶対に分かっていないだろうが、)散財院の話は止まらない。

「お祭りに行くなら可愛い着物にしよう? それで髪飾りには『りぼん』っていう南蛮の飾り紐をつけよう、君の髪は綺麗な黒だから、きっと赤い飾りが似合うよ。……いや、白でも可愛いかも……」

「ちょっ……行くなんてまだ言ってないぞ! 勝手に話進めんな!」

 後の世の言葉なら、ロマンチスト、それでいて電波な散財院のマイペースさに困っている墓乃上の様子を、用具倉庫の戸の影に隠れ見ているのは墓乃上が親愛する教師、斜堂――散財院のペースに押し負けている墓乃上の狼狽えた様子を見ながら、思わず少し笑ってしまう。

 普段は墓乃上のほうから斜堂に対し、あんな様子でぐいぐいと強火なアタックをしているというのに、いざそういった熱すぎる情を散財院から向けられ、困っている様子は……可哀想だが、正直可愛い。

 いつ仲裁するべきか……どうしよう……。

 色々と感情表現に難があり、個性的なふたりの喧嘩を聞きながら、戸の影で趣味の日陰ぼっこをする教師もまた、他人から見れば難儀な性格で神経質、個性的すぎるというのも、きっと「類は友を呼ぶ」という奇縁から成っているのだろう。

「あーまったくもうっ! 六道さんといい、お前といい、なんで私の周りには話を聞かない奴ばっか集まるんだ!」

 夢中になったら大抵人の話を聞かない霊媒師兼、くノ一教室の生徒の心からの叫びに、本当に可哀想、申し訳ないと思うが、斜堂はこっそり笑いを堪えるのが大変だった。

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