斜堂先生とオカルトくノ一女生徒
「――ロクよ、」
その一挙一動、この場にいる全ての人間から余すことなくじろじろと見られているにも関わらず、茶屋にいるかの如くくつろいだ様で扇を揺らす若さまが一言呼ぶ。
「金のことは気にするな。お前は好きに賭けて遊んでろ」
「あ、ああ……どうも、」
ぎこちなくひとつ頭を下げる六道に対し、墓乃上は今回の計画の大半をあえて隠しているようだった。
だって六道さん、演技ヘタですもん。
そう言った彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。今の会話もおそらく……いや、絶対にアドリブだろう。
斜堂の務め。それは今この場において、「主人」である彼からいかなることを突然言われようが、「カゲ」として応え、尽くし、成長した生徒が率いるこの作戦を遂行させること――教師として、ひとりの忍として、斜堂は「若さま」という人目を引きつけて止まぬ強烈な光の後ろで息を潜める。
「ここでは丁半博打とやらが人気なんだろう? ロクの奴もそれで身ぐるみ剥がされたと聞いたが」
「ああ、あんたもそうなるかもな、気取り屋のお坊ちゃんよ」
「ほう、面白いことを言うじゃないか。……どれ、じゃあどっちが早く裸にされるか張ろうじゃないか」
突然割入ってきた傲慢な子供に好き勝手言われてるのだ。いつ刀を向けられるか、殴られるか、なにが起こってもおかしくないこの部屋で、なおも世間知らずを演じる墓乃上は手にしていた巾着――大判小判、詰めるだけ詰めきったそれを胴元に向け投げ渡す。
「その小袋に入った金、とりあえず全部賭けよう」
鳩に米粒を撒くような気軽な様で投げたそれに、殺気立っていた胴元も、それを囲う博徒も、六道だって目を疑った。
「おいおい、正気かよ……」
「あいつ何者だ? なぁ六道の旦那よ、」
「いや、えっと、その……なんつうか商家のドラ息子……ってやつかな……はは、」
「……ガキがなめた真似を……いいか? 一度賭けた張りは、」
「変えられない、だろ? 言われんでもそんなみみっちいことせんわ。いいから黙って賽を振れ」
雅な手付きで振っていた扇子をぴしゃりと閉じ、面白いほど怒車の術に乗っては青筋を立てる胴元の鼻先へ突きつける。「――私は博打で勝負したいんだ、」
「貴様も賽に命を乗せ、この場を仕切る男だというのなら……この私の命、己の博打で狩り取ってみせよ」
そこの地蔵みたいに並んで呆けてる奴らもだ!
貴様らも生意気なガキが放り投げた金、奪いたくば賭けよ、張ってみせろ!
そして私を泣かしてみろ!
なんて命知らずな一喝――しかしそれが見栄を、金を張り、スリルを食って生きる博徒たちに火をつけた。
張った張った、俺がもらう、いや俺だ、なんて口火を切ったように湧く衆の中で、若さまは物言わぬ従者へ一言呼びかける。「――カゲや、」
「ようやく興が乗ってきたな」
「……そうですね」
「お前も少しは楽しそうな顔をせんか」
「……すみません」
「相変わらずつまらん男だ……まぁいい、カゲや、菓子を」
誰しもが注目する中、自分より随分大人の従者相手にすら嫌味で絡む様は、彼らの中でより一層憎たらしい成金息子として印象深くなったことだろう。
忍として任務を成す上で、綿密に組みすぎる計画ほど危ういものだ。
些細なことで破綻した時に感じてしまう動揺に囚われ、正常な判断ができなくなることのほうが恐ろしいのだ。
墓乃上もまだ見習いとはいえくノ一の端くれなのだ。
だからこそ六道にも、側につけた斜堂相手にすら作戦の全てを語ったわけではない。
しかしだからといって、ひとつ投げられる何気ない会話に隠された意図も察せないようではいけない。
それに付き合うもの、同じ任務をこなす忍の仕事なのだ。
いくら即興で「若さま」がなにを言おうが、情けなく頭を下げ、彼がどんなに尊大でふんぞり返っている者かと間接的にアピールするのも、「カゲ」の役目だ。
怒ることも、呆れることも、その全てに諦めたつまらない従者として黙り、言われた通りにその手へ金平糖が入った小瓶を渡してやる。
陰鬱で卑屈、そんなどうしようもなく情けない影が濃くなればなるほど、それを踏み台にして「若さま」は強烈に輝き人を惹き寄せるのだ。
そんな光に焼かれ、騙され、ああだこうだと張りを叫んでいた者どもの叫んでいた烏合の衆が、さっと波が引いたように一斉にその口を閉じた。「――ではみなの衆、」
「よろしいかな?」
胴元が壺と賽ふたつを手にそう呼びかける。
みなの衆、と言いつつも、その視線はのんきに金平糖をつまんでは口に放り込み余裕を見せる態度のガキひとり――「ああ、ようやくか」
「たしか賽を入れて壺を振った後……壺の中にある賽の目はいくつかと当てればいいのだな?」
壺の中で転がったふたつの賽の目が偶数だったら丁、奇数だったら半、たったそれだけの二択を当てるだけだと言うのに、金が絡んだ途端にその二択こそが命のやり取りに繋がるのだ。
つまりここからが本番――勝負で慈悲なく叩き潰してやりたいほど憎たらしい小僧を演じ、今、ようやく相手と対等に勝負ができる土俵にまで上がった。
問題はここから先――このたった二択、誰にも予想ができない偶然から成る賽の目を当てなければ、刀を取り返すどころか、ここまで散々煽りに煽った彼らの怒りで殺されてしまうだろう。
――当然手は考えてありますが……それを斜堂せんせーにも、もちろん六道さんにも言うつもりはありません。
今ここでその手を言ってしまったら……きっと無意識にでも表情に余裕が出てしまうでしょう。
まぁ、ド素人な大根役者の六道さんとは違って、斜堂せんせーはプロの忍なので大丈夫だとは思いますが……。
すみません、今回は秘密ということで。
と言ったその目にあった確信と自信――教師として、それを不安に思い疑うわけにはいかない。
墓乃上さん。あなたの成長……このまま見届けさせて頂きましょう。