三、ラナンキュラスにも似ていた
テニス部のマネージャーになり、先輩たちにいちから仕事を教えてもらう。覚悟はしていたけれど、サポートというのは結構難しい仕事だ。
ただ応援や飲料の手配などをしていれば良いわけではない。本当に部員一人一人の変化に気付いて対応しなくてはならないし、必要に応じてマッサージなどをする場合もあるからとても体力と力がいるのだとか。勉強しなくてはならないことが、まだまだたくさんある。
昼休みの時間も使ってテニスの勉強をする。せめてみんなの話についていけるレベルにはなっておきたい。それこそテニスの基礎からプロテニスプレイヤーの情報、すぐに必要な知識は頭に入れておこう。
とはいえどんな勉強をしたらいいのかわからず、手っ取り早く最新情報を手に入れるために皆が読んでいる月刊プロテニスを買ってみる。雑誌でいいのかと思いつつも。
「よぉ。あ、今月号」
切原くんが月刊プロテニスに食いついた。方向性はあながち間違ってはいないのかもしれない。
あのあと切原くんも色々あったようで、テニス部に入部した頃には少し逞しくなっていた。あんなにツンケンしていた彼だけど、いざ同じ部活に入ってしまえば私の事も仲間として見てくれているようだ。
「読む?」
「お前ならそう言うと思ったぜ! サンキュー! んじゃ俺もこれ。特別に見せてやるよ」
切原くんが取り出したのは月刊プロテニスのバックナンバー。
「え、持ち歩いてるの? この号だけ?」
「まあ読んでみろって」
切原くんが勿体つけるが、何度も同じ所を見ていたのだろう、とあるページだけ開きやすくなっている。ふわっと膨らんだ所に指を差し込み開いてみると
「あっ、うちの学校」
「もう見つけたのかよ! それ、去年うちが全国優勝した時の記事」
「えー! こんな有名雑誌にも取り上げられてたんだ!」
「お前本当にそんな事も知らねーでテニス部入ったんだな」
写真には、いつもそばで練習している先輩たちの姿。こうして見るとなんだか遠い存在のようだ。
「こんな人たちと一緒に戦えるんだぜ」
「うん……なんだか武者震いしちゃうね」
「むしゃぶるい? なんだよそれ」
「あー……ゾクゾクするね?」
「だな。最初からそう言えよ」
雑誌の写真から目を離せない。なぜなら
「入学前に噂で聞いてはいたんだけど、1年生レギュラーがいたって」
「ああ」
「幸村さん、真田さん、柳さんのことだったんだ」
写真の真ん中で微笑む一年生の幸村さん、かわいい。
「うちは実力主義。俺も全然レギュラー狙えるっつーことだよな!」
「切原くん、ビッグマウスだからなぁ」
「なんだよ」
「きちんと実力が伴っていればカッコイイと思うけど」
少しだけ意地悪を言ってみる。こういう憎まれ口を叩けば好戦的な彼とは必ず小競り合いになるとわかっているのに。
ところが今日の彼はいつものようにムキにならず、にやりと自信ありげな笑みで私を上目遣いに見た。
「そうだろ? もっと強くなって、必ずあの人達を超えてみせる!」
「……うん、頑張ろう。みんなに置いて行かれないように」
「##NAME1##、しっかりサポート頼むぜ!」
「もちろん。力の限りを尽くしていくよ!」
彼が頼もしく思え、わずかに絆めいたものを感じた。私は彼の事を誤解していたのかもしれない。私はいつしかテニスが大好きで、強くなる事に貪欲な彼を好ましく思っていた。もちろん仲間として、彼が強くなれるよう精一杯サポートしたい。私たちはテニス部同士、不敵に笑ってみせる。
一年生が球拾いをするように、私もマネージャーとしてしばらく裏方の仕事をこなしていた。遠くで部員のみんなが走り込みをしている姿を見てモチベーションをあげる。
今年マネージャーとして入部する女の子は平年より多かったみたいだけど、裏方の仕事に飽きてしまって辞める子も多かった。実際、ミーハーな女の子はマネージャーじゃなくて応援団をやったほうがいい。マネージャーとはいえいつも選手を見ていられるわけじゃないのだから。
先輩マネージャーも、テニスが好きだけど自分は運動が苦手だからとか、とにかく“テニスが好き”というのが一番に来るような人ばかり。
私は、テニスに魅せられ始めているけど、きっかけはあの人なのだから、そういう意味では十分ミーハーな部類だ。