このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

一、咲き誇る君はダリア


 入学準備も整えて、いよいよ入学式の日を迎えた。校門前に立ち、あらためて立海大付属中の全景を眺めてみる。新入生らしき生徒が大勢いる。楽しみすぎて妙なテンションで騒いでいる人もいる。

 みんながさまざまな思いでこの学校にやってきたのだなということがわかる。新しい制服、新しい学校。今度の学生生活は上手くいくといい。

 よし! と意気込み歩き出す私を鈍い衝撃が阻む。


「うわっ」
「きゃ!?」


 私の肩が男子生徒の胸に当たったようで、彼は胸部を抑えながら睨みつけた。


「いきなり歩き出すなよ! 危ねぇだろ」
「ごっ、ごめんなさい。でも横から勢いよく突っ込んでくるなんて」
「お前が歩き出すと思わなかったんだよ!」
「それはごめんって」


 少し萎縮したものの、睨みをきかせて完全に悪者扱いされるものだからこちらもつい少し反発してしまう。


「おいおい入学早々揉め事かよ」
「あんたには関係ねぇだろ」
「あっ、ジャッカルさん」


 周囲がざわつき始めると、入学前のテニス見学で幸村さんに注意されていた"ジャッカル"さんがそこにいた。


「ん、どこかで会ったか?」
「いえっ、すみません私が一方的にテニスの練習を見させていただいていて」
「んげぇっ! お前テニス部に入んのかよ!」


 先程衝突した男の子が訝しげな表情で会話に飛び込んでくる。


「ちがうよ、見学に行っただけ」
「検討してんのかよ!」
「いけません?」
「潰すよ」


 なんですかこの人は。見た目は一年生のようだけど。敵対心を持たれてしまったらしい。入学早々、幸先が悪い。


「まぁ落ち着けって」
「テニス部っつっても女テニと男テニだろぃ」
「そうっスけどー」


 見かねたジャッカルさんとそのお友達が間に入ってくれてこの場は事なきを得た。ように思えた。ジャッカルさんのお友達が、口で膨らませたフーセンガムをパチンと割ると同時に、私がぶつかった男の子へ視線をやった。


「まぁお前のために言っとくけど、男テニはやめとけ」
「なんでっスか」
「層が厚すぎてお前じゃ活躍できねーよ」
「いや出来るし!!」


 なんてことだ。仲介に入ってくれた先輩が煽り始めた。


「それにウチは超ストイックだからな。生半可な奴は生き残れねぇよ」
「生半可とかいう決めつけやめてもらえませんかねぇ?」


 どうしよう、私はどうしたら。

 ジャッカルさんはこの状況をどう見ているのか気になり彼を盗み見ると、今まさに仲裁に入ろうというところだった。
 結果としてジャッカルさんのおかげで今度こそ事なきを得たわけだが、あの男の子は最後まで私に悪態をついていた。嫌な記憶がフラッシュバックする。

『お前目立ちすぎだよ』
『うわ優等生〜つまんね』
『はいこいつつまんないと思う人ー!はいはいはいはい!』

 決して目立たず、穏やかに過ごせればそれで良いと思っていた。だけど私の望む普通の生活は、もしかしたらとても贅沢な日常なのかもしれない。
 だけどそれでも、夢見てしまう。誰かを傷付けることも、傷付けられることもない場所がどこかにあることを。


 入学式が終わり、改めてクラス割りが張り出された。朝の事は忘れて切り替えよう、クラスメイトとさえ上手くいけば日常はなんとかなる。そう思いながら廊下を歩いていると、朝揉めた天然パーマの男子生徒が私の目指す先に入っていく。私は教室の前で何度も札を確認してため息をついた。


「うわ、お前!」
「同じクラスみたい」
「まじかよ 」
「こっちのセリフですよ」


 互いにむくれたあと、彼はフン! と勢い良くそっぽを向いた。
 彼の名は切原赤也くんというらしい。このマンモス校でよりによって彼と同じクラスになるなんて思いもしなかった。この先大丈夫だろうか。一抹の不安を感じながら席についた。


 初日から授業はないだろうとは思っていたけど、挨拶やら設備、行事の説明でほとんど通常授業と同じ時間に終わった。最後に配られた入部届を見て、私はなぜだか幸村さんの顔を思い出していた。

 そして放課後は、休み時間に少し話して意気投合したクラスメイトと校内を探検しながら写真を撮り、道に迷っては先輩や先生に尋ねて教えてもらいながら、頭の中にマップを組み立てていった。
 やはり、この学校はイメージ通り基本的には良い人ばかりだった。切原くんのことはたまたま特殊な例にヒットしてしまっただけのようで安堵する。このままうまく過ごしていけるといいのだけど。

 一先ずは今日で自分の過ごす棟の設備は把握できた。驚いたのはこの学校、屋上庭園があるのだそうだ。校庭の花壇も色合いがとても美しくて好きだが、屋上で見る花はまた違って見えるのだろう。
 一通り周り終えたところでクラスメイトのお母さんが迎えに来たので、彼女とはそこで別れ、私は気になる屋上庭園に一人で行ってみることにした。


 屋上庭園に足を踏み入れると、丁寧に世話された綺麗な花々が一面に広がって、長閑でゆったりとした空気が流れていた。どこを見ても全ての場所が美しい。ゆっくりと視線を流しながら綺麗に咲く花たちを愛でる。


「あれ、##NAME1##さんだよね?」
「はいっ、えっ! 幸村さん!?」


 振り返るとジョウロを片手に花の世話をする幸村さんの姿があった。


「えっ、幸村さんテニス部じゃ……?」
「うん、テニス部にはこれから行くよ。先に美化委員の仕事をやっておきたくてね」
「幸村さん、美化委員なんですね」


 思いがけぬ出会いに顔がほころぶ。
そんな私を見て幸村さんも気味悪がることもせず微笑んでくれた。


「あぁ。花が好きなんだ。しっかり世話をしてやると、花もそれに応えてくれるからね。この場所は初めて来たのかな?」
「はい。とっても素敵な場所ですね」
「よかった。美化委員冥利につきるよ。これからも気が向いたら見に来てやってほしいな」
「いいんですか? ぜひ!」


 入学式の日に幸村さんと会えるなんて予想外の出来事に心が躍る。幸村さんが柔らかく口元に弧を描き水やりをする姿はなんとも清らかで、美化委員のイメージにぴったりと合っていた。
 それから幸村さんの邪魔にならないよう花とネームプレートを眺めながらそれとなく時間を過ごした。

 花の手入れを一通り終わらせた幸村さんがこちらを振り返って微笑んでみせる。


「よかったらテニスも見ていかないかい? 退屈はさせないよ」


 自信ありげな言種に幸村さんの中の力強さを垣間見る。思考を徐々に部活モードへ切り替えているようにも感じられた。
2/3ページ
スキ