ミスタ
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「あーーつっかれたぁ…」
仕事から帰ってくるなり、私は呆気なくベッドへ倒れこんだ。
今日は特に疲れた。上司は仕事のミスを押し付けてくるわ、セクハラ紛いの事してくるわで踏んだり蹴ったりの一日だった。
そんな忙しい心の私を他所に、部屋の中はどうも閑静なもんで、どうも落ち着かなかった。
そして、同居中の騒がしい彼は帰ってきていないらしい。
「…またかぁ…」
ぽそり、と呟く。
最近、彼の仕事は忙しさを増している。
彼の職業柄、仕様がない事だとしても私が眠りについたときに帰ってきて、眠りが覚めたときにはもう家にはいないというすれ違いは、想像していたものよりもはるかに寂しい。
だってちょっと前まではあんなに構ってちゃんで何かある度に私をドライブに誘ってくれてたのに。
今ではドライブ処か姿だって見せてくれない。
せめて、声だけでも聞きたい。
そう思ってしまうのは強欲だって事はよくわかっている、けれど、もう月すら沈んだ時間帯だし、偶々帰り際だったとか、そういう偶々が重なってどうにかならないだろうかとあらぬ期待を抱いてミスタの携帯へ電話を掛けてみる。
いつも電話はミスタからしてくれるから、こういったことは新鮮だったりするのだが、何コールかした後、留守電であることを告げる言葉達が流れる。
…まあ、そうよね。
私は納得しがたい事実をぐっと耐えて呑み込めば、潔く面倒臭さを感じる入浴をしようと風呂場へ向かう。
仕方のない事だし一度納得したことだけど、やっぱり心の底にはもやもやとした感情が渦巻いていた。
形容し難いそのもやもやは消えることなく就寝するときでさえ顔を表していたが、疲れからか、意識はすぐに遠退いていったので、無駄な事を考えられなくなっていった。
そんな中、今は傍にいない愛しい恋人に理不尽な愚痴を溢す。
「…ねえミスタ、貴方の恋人はこんなに満身創痍なのに。今どこで、何してるの?そんなんじゃあ私、どっか行っちゃうわよ…」
それを呟くと、今度こそ完全に意識は無くなった。
「おーいなまえ、起きろー」
軽い声色が頭に響く。
重い瞼を開けると、そこには昨夜あれほど欲していた恋人が呆気からんと目の前に居た。
「え…?ミスタ?な、なんで?仕事は…?」
「俺の任務は終わった。後は部下の仕事だったんで帰ってきた。」
「…本当にそれ、帰ってきて良かったの?」
歯切れの悪い返答に益々何があったのか気になって仕方がなくなってしまうが、ミスタは「…いいから!」と私をベッドから叩き起こすと
「出掛けるから準備しろよ」
「いきなり!?何処に出掛けるのよこんな早くから」
「行き先は任しといてくれ。…つーか今は午前10時だぜェ?これで朝早いは無いだろー」
車のキーをくるくると指先に引っ掻けて回すミスタに振り回されているのは納得できないが、こんな事いつぶりだろう、と私の心はその不満を吹き飛ばす程、明るんでいた。
「わかったわ。すぐに準備する。一回部屋から出てってくれる?」
「えー久し振りのなまえの身体をじっくり見るチャンスを手放せってかァ?」
「何変なこと言ってるの…そんなチャンス一秒だって与えないわ。」
呆れた目で見てやれば、ミスタは分かりやすく肩を落として部屋から出てった。
さて、早く準備をしなければ。
私はミスタを長く待たせるわけにもいかない、と一息つく暇もなく自分が出せる全力を惜しむこと無く出してなるべく素早く準備をしていった。
気付けば30分近く経っていたが、いつもと比べれば幾分も早い方だ。
「ごめんね、お待たせ」
「気にするな、その時間に見合う位の…否、それ以上の可愛さだしよォ、チクショー愛してるぜ!」
「あはは、何それー、ちょっと擽ったいわよー。」
ミスタは私をきつく抱き締めると、額やら頬やらにキスの嵐を送ってくる。
少し前だったらそれを鬱陶しく感じてしまう部分もあったのに、今となってはそれが愛しくて堪らない。
「ほら、車出してくれるんでしょ?早く行きましょう?」
けれどそれに浸っていては、折角準備をしたのに外に出るのが億劫になってしまいそうなので、やんわりとミスタから離れると玄関へ向かう。
ミスタは少し残念そうな顔を見せながらも「そうだな」と同意の言葉を述べれば車の扉を開けてくれた。
「そろそろ何処に行くのか教えてくれても良いんじゃない?」
「いいや、駄目だ。着いてからのお楽しみにした方が嬉しいだろ?」
妙に納得してしまうミスタの説得に、私は彼の思惑通りの心になりかけるが、そう言われてしまうと尚更気になってしまうのも確かな事実である訳で。
「なら行き先当ててあげる。当たってたら『ピンポーン』って言って。」
「嗚呼、何を言われても『ブッブー』って言ってやるよ。」
「狡いわ!」
そんな談笑をしていると車は発進を始めた。
発進してまもなく、私はなんとか行き先を当てようと頑張るけれど、ミスタは宣言通り首を縦に振ることはしない。
私は遂に諦めて、彼と普通の会話を楽しむことにした。
彼の話は新鮮だった。上司の事、仕事の事、…可愛い女の子の事。
まあ不満を持つ箇所は何個かあったけれど、どれも楽しい話ばかりで私は笑い疲れてしまった。
時折休憩タイムを称してお店に入ったり昼食をとったりはしつつも、心地よい車の揺れが、私を眠りに誘ってくる。
「おお?おねむかァ?なまえちゃんよォ、ま、俺の運転は上手いからな。仕方ないっちゃあ仕方ない事だが」
「なんか言い方が腹立つわね…」
「そんなひでェこと言うなよ~」
完全に揶揄うモードに入ってしまった彼を見ないように窓の外へ視線を移す。
見慣れない街の風景に興味をそそられるが、のどかな街並は心にゆとりをもたらし、より一層眠気が大きくなる一方だった。
「寝てても良いぜ、まだ一時間位あるからよ。」
「本当何処行こうとしてるのよ…。」
鏡越しに見えるミスタが少し困ったように微笑んだ。
「今のなまえにピッタリな場所だ。」
謎は深まるばかりの発言を残して、ミスタはそれ以上の事は何も言わなかった。
一方の私も、その深まった謎は解けないまま意識をうっかり手放してしまった。
「…なまえ、着いたぞ。」
「……ん…」
軽く揺さぶられた私はゆっくりと瞳を開けて目を擦る。
ぼんやりとした視界からは朝とは違う夕暮れの光と、私のこの情けない姿をカメラに収めようとしているミスタの姿だった。
「撮っちゃダメよ。」
「残念だけどもうこのカメラさんはシャッターをきり終わっちまったもんでね。」
私の寝顔やらついさっきのできれば見られたくなかったそういう羞恥がそこにはしっかり収められていた。
鼻の下を伸ばしながらカメラに映る写真を見るミスタを目の当たりにすると、怒る気力はどうにも沸かず諦めて溜め息をついた。
「ま、これは後で楽しむとして…行くか。」
カメラを置いたミスタは一度外に出て、私がいる後部座席の扉を開けると出るように促した。
私は促されるまま車から降りると、ミスタは私の手を取りそのまま指を絡ませ、歩き始めた。
顔に少しの熱が籠る。
「着いたんじゃあなかったの?」
「ここ車通れなかったのすっかり忘れてたぜ…ちょっと歩く。」
「そう…で、今の私にピッタリの場所ってどういう事?」
「あー…ま、着いたとき教えるからよ。」
「少し焦らしすぎじゃあない?」
不平をぶつける私に対してミスタは悪怯れる様子もなくただ陽気な笑顔を浮かべた。
「そんなことないぞ、…ほら、正真正銘着いたぞ。」
目の前に広がったキラキラと輝く綺麗な景色に、私は息を飲んだ。
こんなにも綺麗な場所があるなんて…と感嘆に近い言葉しか頭に思い浮かばない上に、声がでない。
それに私達以外の人が見当たらない事から、結構な穴場なのだろう事が伺える。
「ビックリしただろ?」
私の反応がさぞ嬉しかったんだろうか。ミスタは声だけでもわかる位嬉しそうに尋ねてくる。
「正直…その通りだわ。よくこんな場所見付けられたわね。」
「偶々仕事で来たとこが此処だったんだ。」
やっと言葉を出した私をミスタは何やらじっと見詰めてくる。
私は一度視線を景色からミスタへと移動させ、此方からも見詰め返す。
途端に私は聞きたいことが突如頭に思い浮かび私から口を開いた。
「そういえば、ここが私にピッタリってどういうこと?」
「俺も今その事を言おうとしてた。」
二人して少しだけ笑みを溢した。
すると、ミスタは咳払いをして話始めた。
「最近ってか昨日、すげェ疲れ気味だったろ?なまえ」
核心をついたミスタの発言に私は驚いて目を見開く。
「な、なんでそれを…?」
「なまえがSOS信号出したんじゃあねえか。お前からの電話なんて滅多に無いから絶対なんかあると思ったんだよなァ、そしたら大当たりだったっつー訳よ。」
つまりは、私を元気付ける為にしてくれたことなのだろう。
たった一回電話しただけなのにここまで考えるなんて、と関心と感動がある分、愛しさが溢れて同時に笑みを溢した。
「ミスタ、私のこと好きすぎなんじゃあない?」
「だよな、俺もそう思う。好きすぎてどうにかなっちまいそうだ。」
率直な愛情表現に思わず固まると同時に顔がとてつもなく熱くなるのを感じる。
どうしよう。嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「なまえ」
ミスタの手が私を引き寄せると、そのまま抱き締められた。
「なあ、電話一本、たかが電話一本だぜ?それだけでこんなになまえの気持ちわかっちまうなんて本当にすげえ事だと思うだろ?」
「うん」
「だよなァ!そん位ベタ惚れだし、俺にとっちゃあ相性が良い女なんだ。こんな女、なまえ一人だけなんだ。」
子供らしさを感じさせられたり、男らしさを感じさせられたり、百面相する彼に対しての相性がただただ増していくのを感じる。
「俺はお前を手離したくない。仕事の都合で会えなくなったりはするけどよォ…それでも、なんかあったときは絶対にこうやって駆け付けて元気付けてやるぜ。」
ミスタが視線を合わせてそういった後、豪快にニッと笑った。
それに釣られて私も笑顔を見せる。
「なまえはそうやって、俺を見て笑顔になるだけで良いんだ。だから…」
少し言いづらそうにしているミスタの頭を優しく撫でる。
ミスタは照れたように笑うと、口を開いた。
「俺から離れないでいてくれよ。」
そんなの当たり前じゃない、そう言うよりも前に、私は距離を詰めてミスタへ口付けをした。
満足して唇を離すと、ミスタはきょとん、とした顔をしていた。
どうしてもさっきまでのロマンチストなミスタとはかけ離れていて私はお腹を抱えて笑った。
「あはは!何よその顔ー!折角キスしたのに!」
「こうなっちまうのはしょうがねぇだろォ!?あの愛しのなまえちゃんからの貴重なキッスなんだぜェ!?くそォ…唐突すぎてちゃんと堪能できなかった…」
全力でショックらしいミスタは頭を抱えてわかりやすく落ち込んでいた。
そんな子供っぽい彼に私はとっくに釘付けだ。
「ねえ、ミスタ」
「なんだよォ…もっかいキスしてくれんの?」
どれ程私からのキスが欲しいんだろう、この子は。
また笑いそうになるのを堪えながら言葉を続ける。
「うんうん。してあげるから、」
ミスタの耳元へ顔を近付ける。
「近いうちに結婚指輪ちょうだい。」
ミスタはまたポカン、とした顔をしていた。
私はどうにもその顔がツボだったのと、思っていたよりも熱くなった顔を見られないようにそっぽを向きながら笑いを耐えていたが、その後のミスタの「なんでお前はまた俺より格好よく決めてくるんだよォ!」という心からの叫びには吹き出してしまった。
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