ミスタ
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最近、ミスタの帰りが遅い。
朝にお仕事に行って、夜晩御飯前には帰ってくる。そんな男だったのに。
最近のミスタときたら、朝にお仕事に行って、晩御飯は外で済ませて、日が顔を出し始めたときに帰ってくる。
しかも、うちのではない石鹸香りと、微かに甘い香りを纏わせて帰ってくる。
それに加えて、散々その女の人で癒して貰った癖に、家から帰った後はその女らしい香りの手で私を必要以上に愛撫してくるものだから本当に不愉快で仕様がない。
実を言うと、こう言ったことは初めてではない。
その度に私ばかり辛い思いをするなんて納得できないから、仕返しをしようと思う。
ちょっと蛇足をしてしまうけれど、私はご飯が作れない。
だからいつもミスタが作ってくれていて、帰りの遅い日はいつもよりも多いご飯が用意されている。
逆にご飯が無い日は帰りが早い。
今日はその日。
この日を待ってたわ。こんな日があるから、私は仕返しできる。
仕返しというのは、私という存在がどれだけミスタにとって大切なのかを身を持って知らしめるというもの。
帰ってきたとき、いつもいる私がいなかったらミスタはどうするのかしら。そんなお茶目な仕返し。
朝重い身体を起こしてお仕事に行くミスタの姿を見送ってから、私は洗面所へ向かった。
ここの窓は変に大きい癖して鍵が壊れているから簡単に、バレずに外に出れる。この事は内緒。
何度がやったことのある事だし、私は迷うことなく歩を進める。
長い一本道のあと、曲がり角を曲がれば繁華街は楽しげに人で賑わっている。どうやら今日は特別な日のお祭りらしい。
すれ違う人々に挨拶をすれば、その対象は笑顔で挨拶を返し、運が良ければ店の商品だったりをくれる。
運が悪いと、怖い人から怖いことをされそうになるが、人通りの多い場所だし、何より私が「美しい」と街ではわりと有名だから人々は助けてくれるし可愛がってくれる。
そう、私そんな風に有名なのよ、ミスタ。貴方はそんなこと知らないだろうけど。
そんなこんなで私はいつも通り人々に挨拶をする。
途中、迷子になったらしい大泣きをしている子どもがその店主に宥められていた。
くるくるとした癖っ毛な茶髪が特徴の、お菓子の甘い香りがする少年。
迷子になった少年にとっての親の存在は偉大らしく、その店主の慰めの言葉は右から左へ流れていき、あふれでる涙は止むことはない。
見兼ねた私はその少年に近付き、私なりのやり方で宥めてみる。
すると少年はたちまち笑顔を浮かべるようになった。
私のことが相当気に入ったのか、手に持っていたキーホルダーを私にくれた。「友達の証」らしい。
それから何分かしていつもの通りに日当たりの良い私のお気にいりの場所で休憩をしていると、何やら一人の女性が誰かの名前を呼びながら何かを探していた。
既視感を覚えた。
くるくるとした癖っ毛な茶髪が特徴の…あ、思い出した。
あの少年と似ている容姿に私はすぐ家族であることを察した。
女性に近付いて、挨拶をする。
有名な私だからか彼女は窮地の状況にも関わらず軽く会釈をする。が、すぐに子どもを再び探し始める。
私は彼女に子どもから貰ったキーホルダーを見せ付けた。
すると彼女は直ぐ様食いついた。
「どこで見たの」とか「お願い案内をして」とか、物凄い形相で哀願をしてくる。
私は返事をする間も惜しくて、ついてくることを促すように先程のお店へと向かっていく。
すると彼女は少し戸惑った様子を見せたが、私の後を小走りでついていった。
程無くして、彼女ら親子は感動の再開をした。
嗚咽を繰り返す少年と、説教を繰り返す女性。
でも最終的には女性もわんわんと泣き出して、何を思ったのか店主までわんわんと大人げなく泣き合った。
そんな現実味の無い状況に、私は少し呆れてしまうが、羨ましい、という気持ちもあった。
ミスタは、こんな風に私を探して泣くのかな。
昔はそうしたかもしれないけど、でも、今は、私の知らない女の人がいるしなぁ、なんてセンチメンタルな事を考えたりして。
するとふと、嗅いだことのある甘い香りが私の頭を撫でた。
反射的に顔をあげると、それは目を真っ赤に腫らしたあの女性だった。
どうしてその匂いを?と疑問に思ったのも束の間、すぐに答えは理解できた。
遊ばれてるのね、ミスタ。
否、ミスタも遊んでいるのかしら、彼は俗に言う「女好き」だから。
私はその場を去った。
柄にもなく、色々諸々頑張りすぎた気がする。
誰にも邪魔されず静かに休めそうな場所に辿り着けば、私は一休みした。
いつの間にか日は沈んでしまっていた。
今日のミスタはきっともう、とっくのとうに家に帰ってきているだろう。そして、家にいない私を知ってミスタはどうするのかしら。
必死になって宛もなく探すのかしら。ただ泣きわめいて私の帰りを待つのかしら。…それともやれ好都合だとあの母親を呼び込むのかしら。
どれにせよ、ミスタの心に少しでも入り込めたのなら、私はそれで構わないと思った。
そして、寂しさを感じれば、自然と踵を返していた。
トボトボと歩く中考える。怒られるのは嫌だなぁ、余り怒られた事無いけれど、怒らせた時は本当に怖い。
そう思うと歩が止まってしまう。
祭りが終わったのか、人々は止まる私を不思議に思いながらも避けつつ自分の家へと帰っていく。
その中にはあの家族もいた。
さっきまであんなに泣いてたのに、心底楽しそうに笑いながら弾んだ足取りで歩を進めている。
あの家族だけではない、あの人も、この人も、あの友達達も、あそこの恋人達もみんなそうだった。
それに比べて私は、怒られるという恐怖と純粋に込み上げてくる申し訳無さで、帰るに帰れない状況だった。
どうしよう、と頭をぐるぐる回していると、大きな足音が背後から聞こえた。
「なまえ!」
私が驚きで振り返った途端、汗臭さが鼻に充満する。
私は抱き締められたらしい。ちょっと痛いし、不安定で怖い。
「すっげえ探したんだぞ!お前よォなまえ畜生、心配かけやがって」
他の女に構っていた癖して、私がいないとなったらこうなっちゃうのね、ミスタ。
汗だくになるほど私の事を探して、そんな情けないくらい泣いちゃったりして。
「ごめんなさい、ミスタ」
「怪我は無いよな?」
「うん、無いわ。」
「…よし、無さそうだ。さ、帰るぞ。」
ミスタは怖がる私に感付いたのか私を落とさないように注意を払いながら歩き出した。
ねえミスタ、私嬉しいわ。
私をそんな風に大切に思ってくれているなんて。
でもね、ミスタ、その分悲しいの。
今の女と別れたって、貴方はまた私以外の子を好きになってしまうでしょ。
だってミスタ、貴方は私を好きにならない。
…貴方の名前すら呼べない私なんて。
「あれ、グイードさん。お祭りに来てたのかい。」
「久しぶりだなァ店主さんよ。最近お店の調子どう?」
「大繁盛さ!そのグイードさんの腕の中の子のお陰さまでな。」
「なまえのお陰ェ?どういうことだ?」
「その子、迷子だった子と親を引き合わせたんだよ!
ほんと賢くてラッキーな猫だ。」
「そうなのかァ?まァ、ペットは飼い主に似るっていうしなァ。」
「にゃう、」
「はは、違うってよ、グイードさん。」
「そんなこと言うわけないだろォ?"はい、そうです"って言ったんだよ。」
……残念ね、どっちも違うわ。
なんて訂正しようとしても、名前すら呼べない、呼ぶ資格を与えられなかった猫の私の言葉は、愛しい貴方に伝わることは一生無い。