ミスタ
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※浮気ネタ
俺は突発的でどことなく幼げなあいつに、良いように振り回されていた。
二人で出掛けたときだってあっちに行きたいこっちに行きたい、でもやっぱりあっちで良いだとか、色々危なっかしくて目を離せられねえし、かと思えば年相応のしっかりとした一面を見せてきたりだとか、
―――俺の気持ちに微塵も気付きもしないで他に男を作ったりだとか。
…もっと早く自分の気持ちを言っていれば、もっと早く手を打っていれば、あいつの隣を陣取れたのかもしれない。そうは考えたって、あいつにとっての俺ばただの気の合う友達゙止まりだったのは明白だった訳で。
負け試合を挑んでその関係を壊す勇気なんていう男らしい心は、あいつの「彼氏ができたの」の一言で泣いてしまいそうになる女々しい俺には残念ながら持ち合わせていないものだった。
女々しい俺は勿論、あいつに嫌われるような事は出来ずに、喧嘩したときこそがチャンスなのに、嫌われたくなくて普通にアドバイスをして仲裁役を喜んで買ってしまったり、「おめでとう、いつでも話聞くからな」と良心本分下心半分でそんな発言をしたり、柄にもなくお人好しの好青年と化していた。
そして、今回もあいつの惚気に付き合うことになっている。しかも俺の家で。
いくら友人とはいえ、男と女なんだからちょっとは警戒をするべきじゃあねぇのかとは思うが、今までだってそういうことになったことがないから油断しているのだろう。まぁ、本当に手なんて出せる訳がねえが…
やるせない気持ちを圧し殺して長い溜め息を吐き出しながらワインのコルクを開けていると、コンコン、と玄関の扉を叩く音がした。
「チャオ、ミスタ。いきなり押し掛けてごめんなさいね。」
「チャオ、良いぜ別に。お前に振り回されるのは慣れてることだしな。」
「あはは、やさしー。流石色男」
ドアを開ければ案の定、俺の心を掻き乱す小悪魔が困ったように眉を下げながら微笑んだ。
そんな一つ一つの細かい表情に心が締め付けられるのを感じながら、中へと招き入れた。
「前に会ったのいつだっけ?」
「さあ…二週間前くらいじゃあねえの。」
「そんな前だったっけ。」
なまえが腰掛けたソファの隣に俺も座り込むと、なまえがワインを注ぐ事を促す。
俺はそれに従い二つのグラスにワインを注ぐとカチン、と音を立てぶつけた。
「そんなに俺には興味ないのかよォなまえちゃんよォ?…それともただの老化かな?」
「そんなことないわ。ただ…色々なことがあったから。」
なまえは俺の揶揄に対して怒ることも拗ねることもなく、ただただ感傷に浸っているかのようにグラスをぐるぐる、と規則正しく回していた。
普段はこんな味な事する奴じゃあないから、少し違和感を覚える。
「色々って…なんかあったのか?」
「ふふ、聞いてくれる?」
…今日のなまえはどこかおかしい。
その疑問を抱きながらも、首を小さく傾げながらグラスに少し口付ける様子に、底無しの色気を見出だしてしまい、単純な俺は素直に首を縦に動かした。
「あのね、…」
俺は次の言葉を待つが約数秒間言い淀んだ後「…駄目ね。酔い潰れないと言えないわ。」とあっさり時間を無駄にされてしまった。
「なんだよそれェ…。」
「良いじゃないの。まだまだ夜は長いのよ、気長に飲んでいきましょ」
不平を述べるも、気侭で勝手な発言に流されてしまった。
それもこれも全部、惚れた弱味だというのはわかっているけれど、まだ暫くあいつは、それのお陰で良い思いをできそうだ。
それからは会っていなかった時の話を主に談笑をした。
けれどやはり、俺の気のせいではなかったようで、今日のなまえはおかしく思えた。
いつもなら惚気やら何やらで完全になまえのペースなのに、今日はなかなか積極的に自分の話をしようとしない。
心無しかワインを扇ぐペースも早い気がする。それについては、気のせいだと良いんだが。
「やっぱり飲む!ってなったらミスタよねぇ、凄く面白いもん。」
「それはありがてえけどよォ、もう今日は止めといた方が良いんじゃあねえの?」
「ええー?なんでー?」
「なんでってなァ…」
…なんてこった。気のせいではない。酔っている。
しかもいつもよりもかなり早いペースで。
その事に無自覚なのか、真相はわからんが俺がこんなにも自制して気を使っているのにも関わらずなまえは相変わらずへらへらと陽気な笑みを浮かべている。
(畜生、俺じゃあ無かったら襲われてたぜ、ぜってーによォ…)
その事がどうにも気にくわなくて、深い溜め息をつきながら心の中で悪態をつく。そして言葉にも悪態を混ぜる。
「彼氏も心配すんだろ?こんなに酔っ払って男の家から帰ってきたらよ、そしたら俺が疑われちゃうんだぜェ?そりゃ勘弁してほしいぜ。」
「心配なんてしないわ。」
なまえの発言に思わず呆れた瞳で見てしまう。
いくら俺をただの気の合う友達としてしか見てないとはいえ、この行動はあまりにも考えが浅すぎじゃあねえか。
「…もう私、心配なんてされないの。」
呑気な笑顔から一転、やや自嘲気味な笑顔に変わる。
その空気の変わりように変な汗をかく。
「…浮気されたの。私。」
「…は、」
間抜けな声が出た。
思考回路が固まり、今の状況を必死に把握しようとするが、思ったように脳味噌が働かない。
「それで…喧嘩したの。でも、もうあの人の事を信じられないの…。」
俺は子犬の様にすがる瞳で見詰めてくるなまえの事を凝視することしかできなくなってしまった。
「どうすれば良いんだろう。」
此方が言いたくなる台詞をなまえは吐いて、瞳を潤ませながら極め付きに俺の服の裾をくい、と引っ張った。
酒のアルコールのせいか、こんな事まで考えちまう。
―――もしかしたら、一生に一度のチャンスかもしれない。
ずっと想ってきた女の子が今、彼氏との破局を目前にしている。
俺がちょっと背中を押せば破局への道一本だ。
「…ならよォ…」
恋人関係は一生ものだ。
真剣に思考を巡らせるべきなんだろう。だが、生憎、色々考えるのは柄じゃあない。
「俺とも一回浮気すれば良いんじゃあねえの」
俺はなまえの肩に手を起きそっと力を込めて押し倒した。
「そうすればチャラになるだろ?それに…もしそれでお前が振られたって、俺がいるじゃあねえか。」
それらしい言葉を言ってみるが、それは全部俺の欲望であって、決してこの問題の解決策じゃあない。
でも、それでも、酒と雰囲気の勢いに任せないと俺の気持ちは打ち明けられない。
決心をして、ゆっくり息を吸い込んだ。
「なまえ、俺はお前が好きなんだ。」
なまえは驚いたように目を見開きながら、一切抵抗も、返答もしようとしない。
それを良いことに、なまえとの顔の距離をゆっくり縮めていく。
あと数センチ、お互いの睫毛がそっと触れたのを感じる。
「…ミスタ」
酷く掠れた可愛らしい声が、唐突に耳に届くと、俺は急速に頭が冷やされてしまい、反射的に縮めた距離を一気にまた延ばした。
「わ、悪い…」
相手の意見も聞かないで、なんとも性急で軽率な行動だった。
だが、謝ったってもう遅い。気付かれちまったんだから。
こんなんじゃあ今までのお人好しな振りをした俺の努力が台無しになる。
こんなことをされた友人とはもう遊んでくれないだろうし顔も合わせてくれない。
一気に血の気が引く。
脳内では後悔ばかりが渦巻いていく。
…でも、それはそれで良いのかもしれない。
変に距離が近いよりは、いっそ、離れてしまった方が―――
「ミスタ…ッ」
ぐい、と首に腕が回され重力を受けると、先程と同じ、いやそれ以上の距離の近さになまえの顔があった。
それだけじゃあない、唇に感じる柔らかさに気付いたのは、なまえとの距離が少し離れた後だった。
「ミスタ…」
また再び瞳は潤み始める。
そんな表情と声で俺の名前を呼ばないでくれ。
また変な気を起こしそうだ。
「ねえ、ほんとに私の事好き?」
…なんて意地の悪い質問なのか。
俺はさっきまでの言動は全部頭から消し去ってしまいたいというのに。
「…本当だよ。そんな趣味の悪い嘘吐けねえぜ。」
「へえ、私、優柔不断だし、気分屋だけど?」
「勿論そこも含めて。」
「こう見えて、抜けてるけど?」
「…どうみたって、の間違いだろ?」
「…友人の下手くそな色仕掛けに落ちかけてる女だけど?」
耳を疑う発言に驚きと恥ずかしさが同時にやって来る。
…もしかして、希望を持っても良いのだろうか。
「…落ちちまえば良いだろ。」
俺はなまえの柔らかい頬にゆっくりと手を滑らせた。
「ミスタ…」
俺を受け入れるかのように俺の手へすり寄る。
するとなまえは横目で俺をちらり、と見詰めた。
「私、ミスタの事、好きよ。」
それはどういう意味で。と聞こうとしたが、止めた。
それを聞くのは野暮だろうし、何より、望まない答えによって気持ちが冷めてしまうのが怖かったから。何も言えぬよう、なまえの唇は俺の唇で塞いだ。
ふと、こんな言葉が頭を過る。
『男は最初になりたがり、女は最後になりたがる。』
俺はどうにもこうにも、情けなく後者らしい。
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