ジョルノ
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※Pogostemon cablinの少し前の話。
愛する彼女の婚約者が見付かってしまったのは、今から一週間前の事。
その男はかの有名な宝石店の主。
地位はそれほど高くはなかったが、その功績と彼の人柄の良さで、高い地位まで登り詰めた男だ。
家柄を重んじる家系だったから、いくら登り詰めたとはいえど結婚の話は持ち掛けないだろうと、完全にこの男はノーマークだったのにも関わらず結婚相手という光栄な者に選ばれてしまった。
だが、両親が焦って決めるのも無理がなかった。
僕が、なまえと結婚しそうだと思った男を着実に"潰して"いっていた為に、結婚相手が決まりづらかったのだろう。
そして、そうした理由は勿論ご存知でしょう、この宝石店の泥棒猫みたく、僕も結婚ができる歳になれば一度離れて上り詰めてやろうと思っていたからだ。
それまでの間になまえが他の男と婚約をして、あられもない姿を曝け出して、他の男と愛し合うなんて、とても耐えられないことだ。
だから自分の欲望の為、自分の手を汚し、なまえの純情を守った。
なまえもなまえで、結婚には夢を持っている幼気な乙女だ。なんなら僕と恋人関係になりたい、結婚をしたい、と詰め寄っているのが事実。
だが決して前者の耐えられない事があり得ないとは限らない。
だってなまえは、僕に愛の言葉を投げ掛けてくれるが、彼女は極めて純粋だからきっと"友人愛"と混同してしまっているだろうから。
そんな時、本当の愛を感じられる相手を見付けてしまったら。それは考えられない位腸が煮えくり返りそうな事だった。
しかし、そんな僕の苦労も水の泡。
結局は地位が違う者は指をくわえて見ることしか出来ないらしい。
とてつもない失望感。底の見えない沼に嵌まって足が動かない、ただただ沈むのを待つばかりの廃人のような気持ちだった。
そんな上の空な気持ちで不本意な買い出しを続けていると、ふと怪しげな声が僕の耳元へ入ってきた。
「お兄さん、お兄さん、此方へおいで。」
僕は足を止め、その声のする方へ視線を向ける。
そこには、声色の通りなんとも怪しげな老婆が手を招いていた。
思わず顔を顰めた。
「悪いけど、お婆さん。僕は忙しい身なんだ。そういう勧誘は止めてくれませんか。」
「へえ、そうかい、人の人生を没落させるのはそんなに忙しい事なのかい?」
顰めたはずの顔の皺が、いつの間にか無くなっていた。
何故、この老婆はその事を知っているのだ。
僕の作戦は至って完璧だった、落し穴なんて何処にもない。なのに、何故。
老婆は心を見透かしたように笑った。
「ははは、わかるよ。お兄さんの顔とかを見ればわかるさ。」
「…僕、そんな悪人顔してます?」
「いやいや、そんなことはない。素敵じゃあないか、好きな人の為に体を張れるなんてさあ。」
この老婆はなんでもかんでもお見通しなのか。
疑心暗鬼で、正直迷惑だと感じていた僕の心は、いつの間にかこの老婆との会話を楽しむ気持ちに変わった。
「そこまでわかるんですか。貴方は一体…」
「私の正体はどうでも良いだろう。今は君の話さ、お兄さん。」
ごくっ、と生唾を飲み込んだ。
「お兄さん、君がやっていることは間違っちゃあいないんだ。だからそんな暗い顔しなくても良いんだよ。」
「お婆さん、今回のは外れたね。僕が暗い顔をしていたのはそういう理由じゃあないんだ。」
若干自嘲気味に笑ってみると、お婆さんは此方の話へ耳を傾け始めた。
「その好きな子の結婚相手が決まってしまったんだ。」
改めて口にしてみると、思っていたより何倍も心にぽっかりと穴が開くのがわかる。
「その結婚相手を潰せば良いじゃあないか。いつもみたいに。」
「それは出来ない…やろうとしたが、そんなことが色々とあったから警備が多すぎる。それに…すこぶる人柄の良い主なんだ。そいつを潰してしまえば何倍も大事になってしまう。」
「ふむ…なら彼女と夜逃げするのはどうだい。」
夜逃げ、その単語に僕は一瞬固まる。
愛し合っている愛人同士が親の反対を押しきれず遂には姿を眩ますという類いの、それ。
僕は静かに首を横に降った。
「それも…できない。彼女は僕をそういう目で見てはいないから。無理につれていくのはあまりにも酷だ。」
「なんでその子は好きではないと思うんだい?」
そう聞かれると言葉に詰まる。
真相は彼女に聞かなければわからない曖昧な問題だったから。
「そういう自信が持てないから、そう思い込もうとしているだけだよ。お兄さん、…仕方がない。良いものをあげよう。」
何も言わない僕にくれたのは、透明の液体だった。
入っている容器からして、きっとアロマテラピーたるものだろう。
「それはパチョリの香りを色濃くしたアロマテラピー。パチョリはリラックス効果やらなんやらあるが、なんでも特筆すべき点は官能的な気分を引き出せること。」
先程よりもさらに饒舌なお婆さんに、余程香りを作るのが好きなのだろうと感じると同時に、香りに対しての信頼感も産まれた。
「それを少しばかり改良してね、意中の相手が側にいる時に匂いを嗅ぐとそういう気分になるようにした。」
素敵だろう?と得意気に話すお婆さん。
僕は手に取ったアロマテラピーを再度大切さを噛み締めるように握りしめる。
「つまり…これを使えば、」
「お兄さんに自信がつくということさ。」
あまりにも便利な道具。
そして、あまりにも都合の良すぎる人柄に、少し疑いの目を向ける。
「何故、初対面の僕にここまで良くしてくれるのですか。」
「君に興味があるからさ。」
「…お婆さん、僕は貴方を天才だと思う。故に、天才というのは時に非道徳的な事を仕出かす。それが今、手渡されたこれなんじゃあないかと僕は疑っている。」
生半可な返事に、心の内を全て投げ掛けると、お婆さんは数秒黙った後、口を開いた。
「私はあんたに大きい存在になってほしいんだ。…そして大きい存在になった後、恩返しと言っちゃあなんだがこの店も大きくしてほしい。投資やら何やら、色々してさ。」
彼女の心の内も分かると、途端に安心感が戻ってきた。
そう、人間とはこういうものだ。
自分の欲望の為に動いて自分の利益にする。
そんな人間らしさを垣間見れたからこそ、このお婆さんをもっと上手く活用をしようと考えた。
「そういう事か…良いでしょう。僕が高い地位に着いたとき、貴方をどの御店よりも優遇します。ただ、もっと協力をしてほしい。」
「協力かい、」
「そう。貴方は香りを作って僕に手渡せば良い。ただそれだけで良いんだ。そんな多くの頻度では作らせはしない。無理が出来ない程度の、その位の頻度でしか。」
幾分か、悩むかと思われたがお婆さんは即断即決だった。
「良いだろう。香りを作る事を生き甲斐にしている私にとっちゃあ贅沢な融資だ。」
僕はその答えに御礼を述べる。
失敗なんて出来ない、というプレッシャーは感じない。
僕の作戦は完璧な上に、完全無欠な調香師までも味方につけてしまった。これの何処に落ち度があろうことか。
「じゃあ、またいつかここの店を尋ねよう。」
「待っているよ、少年。」
お婆さんの声を背に僕は買い出しを再開した。
籠の中には頼まれた食材を、ポケットの中には頼まれていないお婆さんからの厚意を入れて。
Thank you for reading!
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