ダークヒーローが誕生した日
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その日のアジトは、朝から妙な熱気に包まれていた。いつもなら鉄屑がぶつかり合う轟音や怒号が響くはずの拠点は、嵐の前の静けさのように張り詰めている。理由はただ一つ。ミアが産気づいたからだ。
「……おい、キラー。まだか。遅すぎねェか。何かの間違いじゃねェのか」
「落ち着け、キッド。朝から同じことを百回は聞いているぞ」
キッドは椅子に座ることもできず、ミアがいる部屋の前を、まるで檻の中の虎のように行ったり来たりしていた。床には、彼の無意識の磁気に当てられたボルトやナットが、ガタガタと落ち着きなく震えながら散らばっている。
新世界の強敵を前にしても不敵に笑う男が、今は額に脂汗を浮かべ、拳を白くなるほど握りしめていた。
「おい、キラー。まだか」
「まだだ。キッド」
いつもの余裕など、一ミリも残されていない。部屋からは女性クルーが何かしらミアに声をかけている声と、痛みを逃す苦しそうな声が聞こえてくるのみ。
時間は無情に過ぎていった。昼を過ぎ、日が傾き始めた頃、ミアの唸り声が力を増す。キッドはゴクリと息を飲んだ。彼女が今、声に出せないほどの痛みを経験していることは、見えなくてもわかった。
「……ミア」
待つことしかできない事が、不甲斐ない。キッドは正しい息の仕方さえ忘れていた。
――頭見えてるよ!ミア!お臍見て!お臍見ながらいきんで!
――ミア、息を吐いて!吸うだけじゃなくて吐いて!
エマたちが叫んでいる。彼か拳を握りしめれば、床にある鉄くずが浮いたり、沈んだりと落ち着かない。吸って、吐いてを繰り返すという、当たり前のことをできなくなった、数十分後。――ようやく部屋の中から「火がついたような産声」が。それも、二つ重なって。
「……ッ!ミア!!」
キッドが扉を蹴破る勢いで踏み込むと、そこには汗に濡れながらも、穏やかな顔で笑うミアの姿があった。彼女の腕の中には、まだ赤ん坊特有の、力強くも細い声で泣く二つの小さな命。
「イチゴちゃん!お待たせ、イチゴちゃん……!」
息を弾ませるミアは、キッドを見て目を細める。
差し出された一人を、キッドは恐る恐る、自分の巨大な掌で受け止めた。
「ほら、イチゴちゃんそっくり」
燃えるような赤い髪をした、元気いっぱいの女の子とミアと同じ茶色の髪をした、意志の強そうな瞳の男の子だ。
「……どっちに似たかなんぞ、まだ分からねェだろ」
体が熱くなる。喉の奥からは、言葉にならない溜息が漏れた。夕方に差し込んだオレンジ色の光が、双子の産毛をキラキラとダイヤモンドのように輝かせる。
「ううん、絶対イチゴちゃんそっくりになるよ。絶対、絶対そうだよ」
その瞬間、部屋の外で聞き耳を立てていた仲間たちが、ドッと雪崩れ込んできた。
「頭! おめでとうございやす!!」
「見ろよ、この赤髪! まさにキッドのお頭だ!」
「ミア姐さん、お疲れ様でした!」
沸き立つアジト。キラーが一段と感慨深そうに、双子を見つめて「キッドに似たな」と一言。
「キッド、こいつらの名前だが……皆で考えていたんだ」
キラーは、双子から相棒へと視線を移す。そして、誰よりも先にその名を伝えた。
アリアとレガートがいいと思うんだ。
赤い髪の女の子には、独唱曲を意味するアリア。茶色い髪の男の子には、音を滑らかに繋ぐことを意味するレガート。
お前が気にいるなら、使ってくれ。
「アリアに、レガートか……。悪くねェ」
キッドは不器用な手つきで、我が子の小さな指を一本ずつ、自分の太い指で握らせた。
バラバラだった音を繋ぎ、美しい旋律を奏でる家族。夕日に染まるアジトで、大海賊は「父」として、その愛おしい旋律を胸に刻みつける。
それは間違いなく、キッド海賊団がこれまでに手に入れたどの財宝よりも、美しく、誇らしい音楽だった。