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キッドの夢に向かう航海の途中、ミアがキッド海賊団の一員になった。つい昨日までギャングだった彼女にとって、海の上での生活は初めての事ばかり。その一つが食事だ。無駄話に花を咲かせながら腹が丸く膨れるまで食事をする事など、ミアにとっては考えられない事で、目の前にあった大盛りの食事があっという間になくなる光景を、彼女は興味深げに見つつ、好物のカフェオレを口にした。
「そういえば、あたし誕生日だ。今日」
突然の発言にクルーは固まる。それもそのはずで、ミアがそう言ったのは、夕食を終えキラーや当番の者が空いた大皿を片付けている時だった。
「色々重なって、忘れてた」
のんびりとした口調で話すミアは、煙草を口に咥える。食後の一服は、住処が変われど欠かせない。
ポケットから血がこびりついているライターを取り出し口元に持っていった際、時が止まったかのように固まっていたクルーが、一斉に話し始めた。
「誕生日ってマジ?!」
「なんで言ってくないの!!」
「というか、何歳になったんだお前!十八か?!それとも十九??十五のクソガキなんてこたぁねェよな?!!」
「十五だと老けすぎだろ。見たところ二十五くらいか?」
エマにブギ、ヒートと、最後の失礼な発言はワイヤーからのセリフ。皆が思い思いの意見を述べる中、輪の中心になってしまったミアは、笑いながら煙草の煙を肺に入れてしまったせいで咽てしまった。
「ンフフ、二十歳。今日で、生まれて二十年」
ケホケホと軽い咳払いをした後、白い煙を口から出す彼女は、面白おかしいようで煙草を再び口に咥えるも、上がった口角がなかなか下がらない。
「ハタチィ?!そっかー!お頭ー!ミア、二十歳の誕生日なんだって、今日!!知ってた?!」
手をスピーカーのような形にして、大きな声を出すエマは楽しそうに笑っている。イベント事が好きなようで、
「遅くなっちゃうけど、次の島に降りたら宴しなきゃね!」と言いブギと手を取り合って飛び跳ねていた。華奢なエマと同じテンションで喜ぶブギは、見たところ男。鍛え上げられた上半身はエマ三人分に値するが、表情はそれと似合わず可愛らしいもので、幼子のような丸い瞳が印象的な人。エマも、ヒートもワイヤーも、パンキッシュな見た目をしているが、とても優しい温かい人だ。
「誕生日、いっつも忘れちまうんだ。だから、あっちでは皆が思い出してくれた。祝の言葉なんてもんはなかったけどね」
ミアは自身の誕生日を喜ぶ仲間を見つめながら、昨日までいたアジトの事を思い出す。煙草を吸うのも忘れて、舞い上がる煙をただただ見下ろしながら独り言のように言葉を続ける彼女の声を、皆が聞いていた。
「母親の顔すら忘れちまった奴らが他人の誕生日は覚えてんだ。変な話だろ?」
顔を上げれば、さっきまで明るく話し合い、ミアの誕生祝いの計画を立てていた、今の仲間達が悲しい表情をしていた。それが彼女にとっては予想外の展開で、重い空気になってしまったこの場から、一秒でも早く立ち去りたい気持ちに襲われる。
「しんみりするなよ、気色悪い。あんたら海賊でしょ?こんな話、慣れっこだろ」
ミアは「悪かった」とも「ごめんね」とも思わない。彼女がギャングを抜けたのは昨日の事で、クルーの顔と名前すら一致しておらず、信頼関係はまだ築かれていないのだ。酷く冷たい言葉を吐き捨てた彼女は、吸い忘れていた煙草を灰皿にねじるように押し付け、その場を立ち上がる。
「慣れとか、海賊とか、そんな問題じゃない。悲しくなって当たり前よ、だってあなたは私達の仲間だもの」
去ろうとするミアに、誰かがそう告げた。仲間に対して背を向けているミアは、声を発した人物が誰なのか分からない。
「ンフフ、ありがとう」
そして、クルーを見る事なく感謝の言葉を述べた。他人からの心配な視線に慣れておらず、その温かい気持ちに、どう答えて良いのかも分からない己のような存在を、仲間になったばかりの自身を祝ってくれた事が素直に嬉しかったのだ。踵を返し、甲板へと足を進める彼女に声をかけようと、エマが口を開くがそれを止めたのは先程から様子を伺っていたキッド。彼は、ミアに続くように甲板に出ると、惚けた表情で満月を眺めている彼女に声をかけた。
「さっさと言えよ、ああいうのは」
溜息混じりに出たセリフに、ミアは首を横に振った。その意味は全く分からない。それだけでなく、彼女の素性も思考も何もかもを分らないままなキッドは、何も言わずに月を見上げている彼女の隣に立つと、同じように月を見た。同じ物を見ればミアが何を考えているのかが分かるかも知れない。そう思ったが、それは彼のポエムに過ぎなかった。
「……何が欲しい」
「ンフフ、自由くれたばっかじゃん。サイコーのプレゼントだよ」
「そうかよ」
ミアはケラケラと笑った後、口を閉じてそれ以上は何も言わなくなってしまった。それで終わってしまった会話と中身のない話に歯痒さを感じたキッドは、口をヘの字に曲げる。クルーの事なのに何も分からなくて、自身の事を語りながら無いミアの事を知りたいのに、一歩踏み出せなくて歯痒かった。
「自由になりたかったんだ、ずっと」
次の質問をぐるぐると考えている頭に、ミアの声が入ってくる。彼女から出たセリフは、海賊になりたがる者の大半が抱く願望で、キッド自身もそれを求めて海に出ているため、特に不思議に思うことはなかった。
「………ずっと、ずーっと前から、自由になりたかった気がする」
その時の表情は、彼の脳に刻まれて離れない。なぜなら、大きく口を開けて、鼻の頭に皺を寄せながらケラケラと笑う彼女が、この時ばかりは真剣な顔をしていたからだ。赤みがかった黄色い瞳を、キッドに真っ直ぐ向けて気持ちを言葉にしたミア。それは、願望というよりも切望に近いような気がしてならなかった。
………………
そして、今。今日はあの日から、一年ぶりのミアの誕生日だ。彼女はやはり、自身が生まれた日の事を忘れていた。目覚めてそうそう「今日がなんの日か分かるか?」とキッドから聞かれても、「……今日は今日でしょ?」と頓珍漢な答えを返すほどだった。「お前の誕生日だろ」と彼が言えば、鳩が豆鉄砲を食らったかのような驚いた表情をした彼女はベッドから飛び起きて、「忘れてた!」と大きな声を出す。―そんな、深い溜息と共に始まった朝だった。
そこからは、クルー総出でミアの誕生日を祝う宴が開催された。彼女ヘ一番初めに「おめでとう」を伝えたのは他の誰でもなくキッドであったが、次に伝えたのは誰かは分からない。というのも、ミアが共同ルームに足を踏み入れた途端、キラー以外のクルーから盛大な「おめでとう」をもらったからだ。扉を開けた瞬間、ダイブやエマにクインシー、といった女性クルーがミアに抱きつき、目を丸くして驚く彼女に対して思いを伝える。
「おめでとう!ミア!!」
「おめでとう!!」
ビックリマークが、五つも六つもつくような大きな声。鼓膜が割けてしまうのではないかと思われるほどのソレに、ミアは怒る事も呆れる事も、驚く事もなく、嬉しそうに笑った。
「嬉しい!嬉しいよ、みんな!!」
涙が一筋、彼女の頬をつたう。それが笑いすぎからくるものなのか、それとも別の何か理由があるのかはクルーには分からない。気にはなれど、何故泣いているのか?など聞こうともしなかった。きっとミアの事だから、己が笑いながら泣いている理由に気づいていない。そう思ったのだ。
狂犬。バーサーカー。血も涙もない鉄の女。そんな噂を背負うミアの本性は、甘ったれで泣き虫。それを知るのは、キッド海賊団の船員だけ。
日中は皆と過ごすために甲板に出ずっぱりだった彼女を、クルーは日をまたぐギリギリまで祝った。ミアが特別なわけではなく、明日の保証が無い彼ら彼女らは、仲間が無事に歳を重ねる事を盛大に祝う。誕生祝を理由に昼間から浴びるように酒を飲む皆を、酒が飲めぬミアは嬉しそうに見つめており、そんな彼女を遠くから見ているキッドはたいそう機嫌が良い。
「もう十分祝っただろ」
「いいや!お頭!!まだです!まだ祝いきれてねェ!」
「そうよ!飲みたりないわ!」
「ミア!お前も飲めよ!ココアでもカフェオレでも、何でも飲め!」
そんな会話を何度も繰り返していれば、痺れを切らしたキッドが輪の中心にいるミアの腕を引き、こう言った。
「後はお前らだけで楽しめ。こいつがいるなら、靴くらいなら置いていってやる」
「靴ゥ?!ハハハハ!!頭ァー!!!面白ェこと言わねェでくれ!」
「私達、遊びすぎたかしら?!お頭、好きに持っていって!靴もなにもいらないから!なぁんにもいらない!」
呂律が回っていないせいで、クルーの声は聞き取りづらかった。一体どれほど飲んだのかと聞こうかと思ったが、皆の足元に転がっている瓶の数を見て、聞くだけ無駄だと悟る。
「程々にしとけよ」
そう言い残して、キッドはケラケラと笑うミアを連れて自室へと戻った。今日は一年前と同じ満月で、一年前と同じように、彼ら彼女らを照らしている。
船の一番奥にある船長室へと戻ったキッドとミアは、大人二人が余裕で座れる広さがある、大きなソファーに腰掛けると、いつも通りの会話を始める。
「ねぇ、一年前よりさ、変わっちゃったかなぁ」
「何も変わってねェだろ」
「ほんと?嬉しい」
手を口元にやって、笑うミア。喜怒哀楽を素直に表せるようになったのは、キッドだけでなく仲間から濁りのない愛情を向けられているからだろう。
口を隠す指からは笑っている口元が丸見えだ。弱肉強食の世界で生きてきた彼女の指は真っ直ぐ伸びてはおらず、殴りすぎたせいで歪に曲がっている。キッドはミアの不細工な手を取って、優しく指を絡めると
「おれ好みには変わったな」
と言って、その指にキスを落とす。ミアは、「ンフフ、変えられちゃった」と少し恥ずかしそうに笑いながら自身の指に唇を重ねたキッドを見た。何度も肌を重ねているため、キス程度で顔を赤らめる事はないが、たまに発せられる愛の言葉には弱い。落雷に撃たれたかのように身体中を痺れさす言葉は、温かくて優しかった。
「………ねぇ、キッド」
ミアが彼の名を呼ぶ。それは今では、色めく一時の枕詞。自身の名を呼ばれるだけで腰が疼く事になるなんて、キッドは考えた事もなかった。
「ヤりてェなら言えよ」
「ンフフ、好きでしょ?回りくどいのもさ」
指にされるキスのせいで、熱が内側にこもる。あぁ、なんて事だ。キッドの言う通り彼好みに変えられてしまった身体は彼だけを求めている。初めの方はそれだけで良かったのに、心も身体も繋がった今は熱だけでは足りなくて。
「キッド、ねぇ、キッド」
甘えたような口調でキッドの名前を呼ぶミア。キッドは彼女の手から唇を離すと、ミアをそっと抱きしめた。
「なんだ。言いてェ事があるなら言え」
まるで母親を探している迷子の子猫のような、そんな、危なげな声で自身の名を呼ぶミアの事を、キッドは放ってなどおけない。
「……もっとギュってして欲しい。ンフフ、ギューってして」
妹を失い、母を殺し、父親が目の前で灰になってしまったミアは常に愛情を求めている。頑丈な造りをしている身体からは想像もつかぬほど脆い心は、目に見えぬものを探しているのだ。
「してるだろ」
「ンフフ、ううん、もっとギュってして」
そして、もっと愛して。言いたい事はそれだけ。それがあるならば他には何もいらない。ミアは、自身を力強く抱きしめてくれるキッドの胸元で、ゆっくりと深呼吸をした後、言葉を続けた。
「ねぇ、キッド。あたしね、今、すっごくしあわせ」
そんな温かい感情を抱けたのはキッドと仲間のおかげ。涙がボロボロと落ちていたのは、嬉しくてたまらなかったからだ。
いつか終わる人生ならば、生まれてきた事を祝うなど、馬鹿馬鹿しく無駄な事だと思っていた。けれど、彼に出会い、仲間と楽しく過ごしているとそう思えなくなってしまった。
「そうかよ」
「ンフフ、うん、そうなの」
ねぇ、キッド。なんだよ。好きだよ、ンフフ、私、すっごく、すっごくしあわせなんだ。ンな事ァ知ってる。
重なる唇、肌、息。そして、心。