SS福袋
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キッチンから甘い香りがする時は、ミアが何かしらのスイーツを作っているサイン。甘い菓子類を滅多に、いや、ほとんど作らないキラーがケーキやらクッキーやらを作るはずがないので、この船から砂糖の匂いがし出すのは、それが好物のミアがキッチンにいる証拠なのだ。
キッドは、昼寝の途中で漂ってきたその甘ったるい香りに目を覚ました。甲板では多くのクルーが各々好きに過ごしており、キッドは仲間の楽しげな声をBGMに眠りにつくのが心地良いようで、自室があるにも関わらず、昼寝の時はこの場所を選ぶ。もちろんそれは、天気が良い日に限る話ではある。彼は深い溜息を吐きつつ右手で瞳をこすると、いつも額にあるゴーグルを少し乱暴に外しながら足に力を入れて立ち上がった。耐えず波に揺れている船の上で、急に起き上がっても彼の鍛え上げられた身体はふらつかない。周りにいるクルーに、
「おれの船で好き勝手しやがって…」
と独り言なのか伝言なのか分からない言葉を述べた後、しっかりとした足取りで、キッドはミアがいるキッチンへと向かう。
近づけば近づくほど、漂ってくる甘い香りと彼女の楽しげな鼻歌。おどろおどろしい見た目をした海賊船からは想像もつかぬほど、メルヘンチックなそれを、キッドは特に不愉快だと思ったことは無い。しかし、反対に愉快なのかと言われてみればそういう訳ではなく、出来上がった妙に甘いスイーツを半ば強引に食べさせられる彼は、ミアのお菓子作りに対して、不愉快と愉快のど真ん中の心情を抱いている。
キッチンへと続くドアを開ければ、そこにいるのは身体を左右に揺らしながら、これでもかというくらいの生クリームで包まれたスポンジケーキに、苺を載せているミアの姿。彼女は新鮮な苺を丁寧に飾りながら、キッチンへと入ってきたキッドに気が付くと、顔を少しあげて
「やっほー、お腹減ったの?」
と、ニカッとした笑顔を見せながら明るい声を出す。ビー玉のような丸い瞳を細めて、楽しそうに笑う彼女は、少女のように無垢だ。
「減ってねェ」
「そうなの?ンフフ、あとちょっとでできるからさ、待ってなよ」
そう言って、再びケーキに視線を落とすミア。どうやら彼は胃が痛くなりそうなほど甘いケーキを食べさせられる予定ならしく、すぐそこにある未来に、彼は鼻の頭に皺を寄せる。
「また食わせる気かよ」
「もちろん!」
苺をケーキの上に飾り終えたミアは、満足気に笑うと、ボールの中にある余った苺を手に取って口に運んだ。そして、顔を綻ばせて、「うっまぁ〜」と言うと舌で自身の唇を舐める。キッドと同じ赤いリップで彩られた唇を、赤い舌がなぞっていく様子は、無垢とはかけ離れていた。大人びていたり子供じみていたりと、コロコロと変わるミアを、キッドは見ていて飽きない。だから、彼女が自身の船で何をしようが、咎めることはないのだ。
砂糖の甘い香りに、煙草独特の香り、そして外から漂ってくる磯の香り。マッチしているようなしていないような組み合わせは、彼女を象徴する匂いのようだと、彼は思う。ミアという一人の女性を作り上げているのは、その三つだけでなく、他にも色々なピースが組み合わさって出来上がっている。そこにはもちろんキッドも入っていて、砂糖も煙草も、海も、さざ波が立つような出来事も、どれも欠けてはならぬ、大切なピース。
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