「ふ~ん ふんふ ふーん♪」
 白鳥千夏しらとりちなつは気分よくスキップしながら散歩をしていた。
 七月十九日。 そう、明日から夏休みが始まる。そんな事情もあり今日はずっと気分が良い。何だったら、この後に面白いことが起きそうな予感もある。特にあてがあるわけでもないが、このまま散歩していればきっと何かがあるはずだと千夏は信じて歩いていた。
「夏休み~♪」
 軽やかな鼻歌を口ずさみ、リズムに合わせて足を動かすと、彼女の能力『響律操作エコーハーモニー』が音の波動に微かに反応する。音の響きが月夜の空気に溶け込むように広がり、まるで周囲の世界がその音に共鳴しているかのよう。心地よい夜風が緑の髪をなびかせ、千夏のステップに合わせるかのように葉が揺れる。
「面白いのはどっこだー……ん?」
 ビリッ――。
 そんなとき、ふいに耳に違和感が走った。千夏はピタリと止まり、顔を上げて静かに耳を澄ます。
「電撃?」
 千夏は『響律操作エコーハーモニー』の影響で、他人よりはるかに優れた聴力を持っている。周囲の音の微細な変化を捉えるのは、彼女にとって日常茶飯事だ。しかし、今感じたのはただの風の音や生活音ではない。力強く、高周波の響きを伴った音。
 周波数を確かめるように、意識を集中させ、音の特性を捉える。この強烈な音波――この音には、聞き覚えがある。
「美琴ちゃん……?」
 御坂美琴――千夏と同じ常盤台中学校に通う後輩であり、通称『常盤台のエース』。彼女が発生させる電撃の周波数は、千夏にはすぐにわかるほど耳に馴染んでいた。まるで、遠く離れた場所にいてもその存在を知らせるかのような強烈なサイン。
 千夏の心に好奇心が湧き上がる。普段ならば気にせずその場を通り過ぎるところだが、美琴が能力を使っているとなれば話は別だ。何か面白いことが起こっているに違いない――それが彼女の直感だった。
「ふふっ、何してんのかなぁ、美琴ちゃん。また誰かと張り合ってたりするのかなー?」
 そう思うとますます足が軽くなった。興味本位で行くのは千夏の得意技だ。面白がっている顔が隠せず、スキップのリズムに心なしか弾みがつく。
「ちょっと覗きに行ーこーっと」
 楽しげな気持ちが体を押し上げ、千夏は音の方へと向かう。どんどん強くなる電撃音を感じながら、何が待っているのかワクワクして仕方ない。
「面白そうなことがあるかもしれないなら、行かなきゃ損だもんね~!」
 軽やかな鼻歌が再び響き、千夏は音の鳴る方へと駆け出す。その先に待ち受けるものは何か――それはまだ彼女にも分からない。だが、その予感だけは、決して悪くないものだった。

 そんなこんなで、鉄橋にたどり着いた。夜も更け、街灯の灯りがぽつぽつと暗闇を照らす。時間が遅いこともあり、周囲には人の姿はない。夏の夜風が心地よく頬を撫で、川のせせらぎが穏やかな音を立てている。
 しかし、その静けさの中で、ひときわ目立つ存在があった。
「うんうん、やっぱり美琴ちゃんだ。また誰かとやり合ってるみたいだね」
 目の前には、美琴が少し離れた場所で電撃を放っているのが見える。
 そのまま橋に向かって軽く歩き出す。何が起こっているのかまだわからないが、傍観するのも悪くない。どんな状況であれ、面白くなりそうな予感がした。
「よし、見物でもし~よ~っと」
 遠くから美琴の様子をじっと見つめる。電撃が飛び交う中、彼女がこれからどう動くのか、期待で胸が高鳴っていた。
「さぁて、どうすんのかな?」
 軽い調子で楽しくに眺めようなんて思っていた。
 しかし、次の瞬間、

「ねえ、『超電磁砲レールガンー』って言葉、知ってる?」

(……れ、『超電磁砲レールガンー』!?)
超電磁砲レールガンー』――常盤台の電撃姫、御坂美琴の所謂必殺技。言わば、それは彼女の本気の証拠。
 千夏の心臓が早く脈打つ。挑発の言葉に続いて、次に何が起こるのか、その展開が読めなくなってきた。もしこのまま、『超電磁砲レールガンー』を打つのであれば……彼女はただの見物人ではいられない。比喩表現ではなく死人が出てしまう。
(さすがにそれは面白くない!)
 千夏は慌てて足を蹴り上げると、音波を操り、一気に風を切って二人に近づいた。
「ちょ~っと待った!」
 千夏は声を張り上げ、二人の間に割って入るようにしてブレーキをかける。千夏の登場に、美琴もその相手も驚いた表情を見せる。
「せ、先輩⁉」
 美琴は驚きと戸惑いを隠せないまま、千夏を見つめた。自分の戦闘に割り込まれるなんて予想外だったのだろう。少し不機嫌そうな表情を浮かべながらも、明らかに動揺している様子が伝わってくる。
「美琴ちゃん、僕がどんな人間か忘れちゃった?こんな面白そうなこと見逃すわけないじゃん!」
 千夏はニヤリと笑い、冗談めかした口調で言い放った。その軽さとは裏腹に、彼女の目には確かな決意が宿っている。美琴がどれほど力を振るおうとも、何があろうとも、今ここで誰かが傷つく結末だけは避けなければならないと。
「で?何してんの?」
「えっと……ちょっと、あの……なんでもないですよ~、先輩」
「本当かなー?さっきまでの様子だと、かなり本気っぽかったけどなー」
 千夏は柔らかく、美琴に向けて言葉を投げかけた。その言葉に、さっきまでの威勢はどこへやら、美琴は少し肩を落とし、
「……、……、こいつ、ムカつくのよ……」
「ムカつく……?」
 千夏はその言葉に引っ掛かる。自分の知っている美琴は、ただムカつくという理由だけで能力を使う人間ではない。彼女の電撃には、常に自分自身の信念や理想が宿っている。それが時に過激であったとしても、ただの感情任せで振るわれるものではないはずだ。
「よくわかんないけど……まぁ、あんまり本気出しすぎちゃうと相手が可哀想だよ」千夏は冗談交じりにそう言って、少しだけ場の緊張をほぐすように、「それに、美琴ちゃんの本気を受けたら、普通の人じゃ立ってらんないじゃん?」
「……『普通の人』……ね……」
 美琴はその言葉にピクっと反応すると、口元にうっすらと微笑みを浮かべながら言い放つ。
「……そうね。見てもらった方が早いわね……」
「え?」
 千夏がその言葉の意味を理解する間もなく、次の瞬間、美琴の指先から閃光がほとばしる。
「ちょ、ちょっと待っ――」
 千夏の制止も空しく、目の前の少年に向けて放たれた雷撃が夜空を切り裂く。少年にぶつかったと思うと、
 ズドン!! という爆発音は一瞬遅れて激突した。
「えーーーーーー⁉美琴ちゃん、何してんの⁉」
「……見てくださいよ」
 美琴は静かにその手を下ろし、目の前を見据えている。その視線を追うように千夏は少年の方を見ると、
「……え?」
「どう?先輩、これが『普通の人』に見える?」
 確かに電撃は少年に直撃したはずだ。なのにもかかわらず、少年は無傷でその場に立っている。どれだけ美琴が威力を調整したとしても、こんな事態は千夏の常識では考えられない。
「え……、え!?君!何したの!?」
 千夏は目を丸くし、驚きと困惑が入り混じった視線を少年に向けた。
 少年は、どこか気まずそうに頭を掻きながら、
「いや、何もしてないっていうか、いつも通りっていうか……」
「聞きました先輩?ほんっと腹立つ。コイツ、私の電撃消せるんです。原理はよくわからないけどね」
「け、消せる?美琴ちゃんの電撃を……?」
 千夏は驚きを隠せずに問い返す。頭の中で、美琴の言葉が何度も反響する。御坂美琴の電撃――あのレベルⅤの力を、無効化する能力が存在するなんて、考えもしなかった。
 そして、その瞬間、千夏の好奇心が抑えきれなくなる。
 上条の方に駆け寄り、彼の目の前で立ち止まると、勢いよく手を握りしめ、
「君!すごいじゃん!何者⁉」
 少年は少し戸惑いながら、千夏の勢いに押されるように答える。
「な、何者って言われても……ただの高校生なんだけど……」
「高校生なんだ!僕より年上だ!名前なんていうの!?」
「え?か、上条当麻……」
「上条君!いいね!僕、白鳥千夏!よろしく!」
「え、あ、はい、どうも……」
「うわぁ!君、すっごい面白い感じがする!あっははー!」
 千夏は上条の手をブンブンと力強く振りながら、楽しげに笑った。上条はその勢いにすっかり翻弄され、目を丸くしている。
「な、何だコイツ⁉ちょ、ちょっと怖いんですけど!?」
 上条は千夏の異常なテンションの高さに戸惑いながら、美琴に助けを求めるような視線を送るが、
「あきらめたほうがいいわよ。こうなった先輩は止まらないから」
 美琴は小さくため息をつきながら、千夏の様子を見て呆れ顔を浮かべている。彼女にとって、千夏のこの一面は見慣れたものだ。
「止まらないってどういうこと⁉俺はどうなるんだ⁉」
「人聞き悪いなー♪何にもしないよー♪えへへー!」
「怖いって⁉そろそろ手ぇ放せよ⁉」
 上条は半ば悲鳴に近い声で訴えるが、千夏はその言葉にもまったく意に介さない様子で、手を離す気配はない。
「こんな面白い子に会えるなんて――」
 千夏は楽しげに、目の前の不幸体質の少年――上条当麻に向かって言葉を投げかけた。
「僕、本っ当についてる!!」
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