澪→レイ
保たなければならない距離(昌平君)
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「楚子?」
「あぁ、そうだ。お前は?」
「私は澪」
「ふーん。」
「ふーんてなによ」
「別になんでもない」
「変な楚子」
「今日会ったばかりのお前に言われたくねーよ」
そう。楚子は、私の初恋の相手。一目惚れだった。
無論、初恋をずっとしてる。
でもいつからか楚子は突然居なくなり、全く情報が入ってこなかった故、私の手の届かない存在となっていた。
「え?私が侍女に?」
「あぁ。突然ですまないが、家族のため、受けてくれんかの」
父が私に頭を下げて言う。
いくら父の頼みとはいえ、いきなり軍総司令様の正妻、
…とはいえ、病気の両親にまだ小さい歳の離れた弟に妹を思えば、首を縦に振ることしか出来なかった。
こんな話、普通ならありがたく思わなければいけないのかもしれない。でも自信が無かった。
陽が昇るか昇らないかくらいの刻に馬車に乗り、到着した頃には恐らく陽が沈もうとしていた。
「かなりの長旅だったな…」
おかげで腰が痛い。けど休んでる場合じゃないので、見張りのいるお邸の門前まで歩みを進める。
名前を告げ、経緯を説明しようとしたところで門が開かれ中へ促された。
名前だけで通るようになってるんだ…さすが軍総司令様のお邸。
改めて考えるとこんな端女が軍総司令様のお邸で…そしてその正妻、桃蘭様のお世話をさせてもらえるなんて光栄なことなんだよね。
お二人は、どのような方なのだろうか。
「よし、がんばろう!」
小さく呟いて、どこからか湧いてきたやる気で、なんとかなる気がした。
あの後私は侍女らしき人達に、広くは無いが私一人使うには十分な私室へ案内された。
侍女らしき人に与えられた衣を身に付けると、桃蘭様に挨拶を、と私室を出て再び案内されるのでついていく。
桃蘭様の私室の前に着いたのか、侍女らしき人達がぴたりと止まる。
そして一人の侍女らしき人が中にいるであろう桃蘭様に声をかけると「入れ」と鈴のような可愛らしいようで、だけど凛とした声が聴こえた。
侍女らしき人は扉を開けると一瞬体を揺らし、申し訳ございませんと拱手し扉を閉めようとするも、中にいるであろう桃蘭様が「よい、そのまま入れ」ともう一度中へ促す。
なにがあったのだろう?
とりあえず侍女らしき人達も再び進み始めたのでそれに着いていくと、中へ入るや否や侍女らしき人達は左右に分かれて片膝をつき拱手をし始めたので私もそれに倣う。
「澪、苦しゅうない、近う寄れ」
わ、私!?
そ、そうだよね、挨拶に来たんだしねっ…!
「は、痛み入ります!名は存じ上げている通り、澪と申します!今宵からよろしくお願い致します
!」
「ふふふ、陽気でよろしゅう」
緊張して、声が大きすぎちゃったかも…恥ずかしい
「桃蘭、手短に済ませ」
「あらごめんなさいね、昌平君」
昌平君?てことは今桃蘭様のお隣にいるのは軍総司令様…!まぁ、そうでないと事件な気もするから当然といえば当然か。だから最初に侍女らしき人が入るのを躊躇ったんだ。
軍総司令様、声が素敵だし、きっとお顔も素敵なんだろうな。
「澪、顔を上げよ」
「は、失礼します。」
顔をあげ桃蘭様と一度目を合わせたあと、気になってしまいつい隣にいる軍総司令様を見る
「え…?」
「……っ」
「どうかしたか?澪」
「あ、いえ…御二方共に、お綺麗でつい息を飲んでしまい…失礼致しました。」
「そうか…?ならば良い。長旅で疲れたであろう。今宵はもう休め。明日からよろしゅう。」
「は、痛み入ります。」
拱手し、侍女らしき人達と桃蘭様の私室を後にした。
桃蘭様の横にいた軍総司令様。
あれは、紛うことなき楚子だった。
大分体つきも声も違うけど、面影が無いわけじゃない。それにあの反応…
楚子も気付いてたよね…?
そんなことを考えてると私室に着いた。
私は眠れなくて、庭へ足を運んでみた。
「わぁ…綺麗……あ、このお花…」
私は庭の中央付近に咲いている紫色の紫陽花に目が止まり、近ずいて屈んだ。
懐かしいな…楚子と出会って少し経った頃「雨が嫌い」って楚子が言うから「私は好きだよ」って言ったら「変なやつ」って言われたっけな。
だから私は「どうして?」と理由を聞いたら「どうしてもこうしてもない、嫌いなんだ」とそれっきりだんまりを決め込むもんだから「私が雨が好きな理由教えてあげようか?」と言った。
楚子は顔だけをこちらに向けて、私の答えを待つ。
「だって雨が降らないと紫陽花は咲かないんだよ」
「お前紫陽花が好きなのか?」
「うん。好き。」
「なんで?」
「…だって紫の紫陽花は、楚子を思い出すから」
「な、なんだよそれ」
「楚子はなんか紫が似合うと思って」
「…じゃあお前は太陽だな」
「太陽?」
「あぁ。お前いつも笑ってて明るいだろ?」
「そ、そうかなぁ?」
「お前顔赤いぞ、もしかして俺の事好きだったりして」
「なっ…!?バーカバーカ!!」
「いてっ!可愛げねーな!そんなんなら誰も貰ってくれないぞ?」
「いーもん別に…」
「…まぁ、あれだ…俺が貰ってやるから安心しろ」
「え?」
「なんでもない!そろそろ帰る!またな!」
「あ、ちょっと!」
そんな会話を紫の紫陽花を見ると昨日の事の様に思い出す。
あの時聞き返したのは聞こえなかったからじゃなくて、聞こえてたから聞き返してしまった。
大人になって知ったこと、紫陽花は雨の日じゃなくても咲くってこと。
「なによ…楚子の嘘つき…別の人貰ってんじゃない…」
「嘘つき…聞き捨てならないな」
「え?」
少し前に聞いたばかりのその声に振り返ると、楚子…軍総司令様こと昌平君がいらっしゃった。
「あ、あの、そのっ…」
楚子とは言え、あの頃から変わりすぎて…改まってしまう。
「相変わらず変な女だ」
「へ、変な女って…」
「話を戻すが、嘘つき、とは何の事だ?」
「その…だから…っあの…」
「背がむず痒い。改まらなくて良い。」
「……だって、覚えてないでしょ?」
彼はきっと忘れてる
だから、桃蘭様と…でしょ?
「だから、何の事だ?」
「別にもういいよ…それじゃあ、私朝早いから行くね」
「待て、何がもう良い?俺は良くないんだが?」
立ち去ろうとした私の手首をつかみ彼は私に問う。
「なにしてるの?こんな所誰かに見られたらどうするの?離して」
そう言うとするっと解放される私の手首。
ほら、やっぱり私たちには保たなきゃならない距離があるんだよ。
私はただの傍惚れ。家族のためにここを出される訳には行かない。
「最後に一つ、聞かせてくれ。」
「…なに?」
「あの日から、何故俺を避けた」
楚子を避けた?私が?
「どういうこと?私は避けてなんか…」
「雨が好きな理由を聞いたあの日からだ」
覚えてたの…?でも、あの日からって…
「あ…」
そっか。私楚子に好きなこと知られちゃって遊ばなくなったんだっけ…
「思い出したか?子供の俺じゃ将来が見えなかったか?」
「ちがうよ…!」
「俺は、あれがお前の気持ちだと受け取った。だから諦めるために文官になった。」
「そ、そんな…私だって…」
「お前だって何だ?」
「…ごめん。今はもう言えない。」
自分がまいた種だったなんて、自業自得にも程がある。
家族を守るため、そして楚子を守るため、この気持ちは伝えては行けない。当然。
「何故なんだ…俺はずっとお前を…」
「言ったらだめ。」
私はすかさず楚子の唇を右手で覆う
その刹那腕を引かれ何処かの部屋に連れてかれた。
驚く間もなく楚子の唇が私の唇を覆う。
「ん!やめっ…て!」
「言葉が駄目ならせめて…!」
「わからない!?私達はあのまま庭でこういうこと出来ないってことなの!それが今の私達のお互いの立場なんだよ」
そう言うと彼は何も言わなかった。言えなかったのだろうけど。
お互い守らないといけないものがあるって事。
「俺は…自分の立場を守った訳ではない」
「じゃあなに?」
「お前の立場を守りたかった」
「っ…」
ならなんでこんな事するのよ…!
いっその事私の事なんか忘れてくれればよかったのに
「そう、私は家族を守るため、ここを出てく訳には行かないの。だからお願い…」
「…済まなかった。己よがりだった。だが俺は、こうしてまたお前と出会えたからにはどんな形であれ守り通す。それだけは覚えておいてくれ」
「……」
私は返事をせず私室へと歩みを進めた。
楚子…またこうして貴方と出会えて想いが一つだったと分かっただけで、私は幸せだよ。
貴方の幸せが私の幸せ、なんていい事は言えないけど、貴方の不幸なんて微塵も望んでない。
でもどんだけお互いが想いあってもどうすることも出来ない事だってある。
運命の悪戯に私達は嵌ったのかもしれない。
fin.
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