主≠監。
dreaming island Ⅲ
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――名無しは突如として急に冷静でいられなくなっていた。
見る分にはなかなか面白かったけれど、当然、それは彼女には言えたものじゃなかった。
トレイは目の前で自らを一体繰り出してみせ、名無しの目を見開かせながら反応を窺った。
動揺はあって当たり前だと思う……フェイクであるもう一人を出したのはあの日、自分たちで名無しをめちゃくちゃに抱いたとき以来なのだから。
「おれくんって……あ…」
「!ああ……ケイトがそう呼ぶんだよ……だからこいつも俺くんだ……まあ、お前にとったらしっかりトレイかな?」
「ト……ッ…!ん……」
「チュ……ごめんな名無し、すぐ戻るから。――それじゃあ……よろしく頼むよ、俺くん?」
「な……っ、待っ…トレイ……ッ…」
困惑を極めるのも当然だろう。
立て続けに決めきれないこの場にふさわしい感情。
けれど込み上げる想いに偽りもない。
それはそれは複雑たる心理状態に陥る。
そんな名無しを余所に、自身が出したもう一人の自分を前にしてトレイは彼女の頬にキスをすると、目配せ込みで早々に出かける挨拶をしてみせた。
時間が惜しいと感じたのか、その後はすみやかに部屋を出てしまったものだから、そんな光景にフェイクは微笑み、同時に名無しは焦っていた。
「もう……、ッ……あ…えっと……」
「――フッ……。久々だな……名無し、会いたかった。……って言うのもおかしいか」
「ッ……ト……俺…くん……」
「!ハハ……お前まで俺のことそう呼ぶのか?んー……せめてトレイくん、がいいかな…今日は俺一人しか呼び出されてないことだし」
「うう……っ」
「フッ。……まあ…今のあいつの、溜め込んだ魔力の量を思えば俺一人だけっていうのもよく分かるよ。色々疲れてるようだしな……」
「っ……トレイくん…う……」
トレイは間違いなく自身の予定を遂行するだろう。
面倒事を正当な理由で揉み消し、副寮長としての仕事を全うすると信じていたのは、もうずっと彼を見てきているからだ。
こうやって部屋で過ごす二人きりの時間、学園側からすれば空白の時間を作ることができたのも、普段得ている信頼の大きさの他なかった。
そしてそれが終わればまた此処に戻ってきてくれる……。
が、名無しはそのとき、この部屋で自分が悠長にただ紅茶を飲みながらトレイを待っていられるとは思っていなかった。
自らの身の安全を考えて出してくれたフェイクと二人きり。
護衛目的でこの状況をトレイが意図して作っていたとしても、彼だって”トレイ”に違いはないのだ。
もう今日はじゅうぶんだ……そう痛感するだけ、きっと無意味に終わるのだから――。
「うう……なんか、変なかんじ…。トレイはトレイなのに」
「ははっ……。変じゃないよ……お前と会うのは随分と久々だけど、まあ大体のことは把握してる。あの日から何が起きて、何があったか……俺はあいつなんだから」
「あ……あの日、って……その…」
「フフ……分かってるくせに」
「ッ……」
フェイクは見れば見るほどトレイでしかなかった。
捻り出して具体的な違いを上げるとすれば、その日に負っていた疲労度の差くらいなものだろう。
トレイは先刻横になっていた時間を加味しても、それなりに心労も蓄え、また体力も奪われている。
開放日で一日副寮長として働いていた。
そんななか自分の女がジェイドに一時的に攫われて、挙句知らない間に抱かれていれば、真っ向から正気であると言い切る方がおかしな話だった。
シャワールームですべてを流して想い合っても、そこでようやく触れ合っても、どこかすれ違っている様はどうしても否めずにはいられなかった。
「……名無し?」
「……ん」
一番悔しい筈のトレイが自らの分身を名無しの傍に残し、本体である自らが外出することだって、どれほど苦行と言えようものか。
感情も記憶も共有しているフェイクはトレイに比べて多少フランクではあるけれど、結局は何を並べたって、最後にはトレイに変わりないの一言に尽きる。
フェイクに抱く罪悪感の類等は幸い生じなかったけれど、それでも名無しは、今度は温め直してもらった紅茶を飲む時間さえももうないかもしれないとさえ考えていた。
「まあ……とりあえずほら、紅茶」
「!!……ん。え?あッ……えっと、あ……。――……ありが…と……」
だからその思考を巡らせた矢先、名無しはフェイクに茶器を差し出され、その驚きのあまり口籠りをゆるしていた。
同時に間髪入れずにほわほわとした水蒸気の舞うカップを前に、フェイクの言動を見直しもする。
性格に多少の齟齬があろうと、フェイクがトレイ本体を敬重しない道理がないことがよく分かる瞬間だったのだ。
トレイでありトレイでない……考え詰めればその解釈は複雑だけれど、そもそも考え詰めることがきっと愚行なのだろう。
名無しはらしさを、本体と話す際と同様の声色と口調を取り戻した。