主≠監。
dreaming island Ⅲ
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――――。
――。
「んん……、……と…れ?……ッ、トレイ……ッ」
意識を預けてから一時間程過ぎた頃のことだった。
名無しが現金だな、と自らのことを目覚めの直後すぐに思ったのは、目を開けた間近にトレイの寝顔があり、それがとてもいとおしいと感じられたからである。
「…ん……、…」
「ッ……トレイ……」
物足りないのも、欲が満ちていないのも本当。
けれどそれ以上に、トレイが隣で眠っているという、ただそれだけのことの尊さを何度だって思い知る。
「ッ……」
きっと想い合っているから抱ける感情だということを、トレイが気付かせてくれた。
何もせずにただ隣で目を閉じる……その行為の大切さも、少しくらいは眠る前よりも分かった気がする。
満たされないとばかり考えていた思考の変化に驚きながらも、名無しはそれを受け入れてトレイの頬に手を伸ばした。
「……フフ、くすぐったいよ、名無し」
「!」
手を添えるのに理由などない。
愛しいゆえに気が付けば腕が、といった類のそれがきっと正解に近いのだけれど、名無しは指先に熱を感じた瞬間、開く筈のないトレイの口が動いたことで一瞬動揺した。
薄い唇が小さく揺れ、凛々しい眉は片方を潜めながら。
それでも嫌味は一切感じさせずに、小慣れた様子の表情を築かれる。
トレイは名無しの後頭部に通していた腕を曲げ、彼女をより自らに近付けさせながら開眼した。
少しの寝返りを打ち話す声色は、日常耳にするものと概ね同じだった。
「…っ……あ……起き…?!ごめ……」
「んー……いや、俺は眠ってないよ…ずっと目は閉じてたけどな……時々お前の寝顔を見ながらニヤついてた……ってところかな。フッ」
「っ……」
名無しの表情を何度も何度も変化させることができるのはトレイだけだ。
喜怒哀楽から中の二つを抜き、そこに驚きと恥じらいを加えれば塩梅はちょうどだろう。
その変化を間近にトレイは楽しんでいたし、そこに愛を感じていたし、一生手にしていたいものだとも彼なりにいつも考えていた。
勿論、眠る名無しの横顔を見ながら思うことは様々だ……今日あった出来事だって例外ではない。
が、それはトレイの中でだけに留めておくべき感情であり、わざわざ名無しに訴える必要性を彼は感じていなかった。
澱んだ劣情を多少持っていれば、それもまた頷けるというものだ。
今はただ起きたことを悔やむより、二人で前を向いていたいと、一番にはそう思っていたのだから。
「あー……俺の方からただ一緒に眠りたいって言ったのにな……色々あって疲れてる筈なのに、勿体ないの方が勝ったよ……はは」
「もう……あ、でも……わたしもその、嬉しかった……こうやって横になるだけの、なんだか新鮮で……その…なんか……」
「付き合いたてのカップルがこんな感じなんだろうな……って。……違うか?」
「!あ……」
本当に朝から様々なことが起きすぎた。
けれどトレイはそれなりに疲れていても、結果的に眠らなくてよかったとつくづく感じていた。
名無しの寝顔、そのいとおしさを再確認できたこと以上に、溢れる想いが胸中につまる。
目覚め直後の擦れた声も、非力さゆえに哀愁のようなものを感じて可愛いと思ったことは、それもまた口には出さないトレイだけの秘め事だ。
「フッ…同じ気持ちか。よかった……多分そうだと思ったんだよ。付き合いたてなら、せいぜい手を繋いでハグして。まあ部屋には来たけど、結果添い寝止まり……初々しいな」
「ッ……あ……うん…」
「……、俺たちは身体が先だったから。けど、気付けてよかったと思うよ……順序が前後しても、こういうこともちゃんとできる……幸せも感じてる。好きだって改めて実感できた」
名無しはベッドの上でトレイに抱き寄せられ、今さらなんとなく抱いた感情にあてはまる名を見つけると、それに納得しながら頬を赤らめた。
トレイが同じように思っていたことも嬉しかったのだ。
自分たちにはまだなかった経験と言えば、聞こえはよくないかもしれない。
けれど肌を重ねずにいたことで自覚して、お互いに足りていなかったものを理解して、なんだか気持ちがとても楽になっていた。
意図的に体験すれば、きっと意味がないのだろう。
あくまで自然に……そしてその自然は、今になって訪れてくれた。
「トレイ……」
「フフ……んー……さて起きるか。時間は意外とまだあるし……紅茶、此処ですぐ温めるから」
「!っ……そうだ…紅茶。でも待ってトレイ…魔法……また使うの……?石は……」
さらさらとした髪を何度も撫でられて、目覚めたばかりなのにまた夢心地に攫われそうだ。
名無しはトレイの手の感触にも愛しみを感じ、続けて欲しさに、少しばかり彼にしがみついては甘えた仕草を見せた。
当然、満更でもなさそうだったトレイはそれを快く受け入れると、また暫く同じ所作を続けては、前髪を掻き分けた彼女の額にキスをする。
そうしたベッドでの密着は、部屋に舞う茶葉の香りを互いに吸い込み、それを意識した瞬間まで続けられた。
「ん?ああ……問題ないよ。一瞬のことだし、シャワー室で使った分を足してもブロット量なら知れてる……心配してくれてるんだな、ふふ」
「だって……」
「フッ……それに俺が普段、あれからどれだけ魔力を溜め込んで……、……ああ…そうか……」
「?」
トレイが何度か名無しの額に口付けると、最後に頬へそれを降らせ、ようやくベッドから起き上がった。
睡眠はとっていなくとも伸びは自然にしたくなるものらしく、彼は両腕と背をうんと伸ばすと、肩も数回回しながら、すぐに勉強机の方へと歩み寄った。
名無しと物理的に離れるのは名残惜しかったけれど、ポッドの中の紅茶が用途を果たさぬままその中で波打っていることも居た堪れない。
トレイは名無しの気遣いを有難く受け入れつつペンを握ると、魔法を使用して茶器のすべてをあたためた。
「本当にお前は優しい子だな……名無し。俺は大丈夫だから、何も心配しなくていいよ……よし、それじゃあ飲もうか」
「うん……ありがとう、ト……!!」
きっと見惚れてしまうのは、魔法を扱うトレイの姿勢や、周囲を漂う光の輝きに魅せられているからだろう。
単純に立ち居振る舞いも好きなのだと思った。
そしてそう気付いたときにはずっと釘付けになって、名無しは自分にとっての彼の存在、そのものの大きさを何度だって知るのだ。
やがてカップに注がれた澄んだ紅茶がソーサーに置かれると、一際強まった茶葉の香りに名無しも寝具を降りた。
元々机の傍に準備していたサブの椅子にトレイが掛けると、名無しは普段トレイが座っているメインのそれに腰を下ろすよう示される。
――トレイのスマホが鳴ったのは、彼の言う通りに名無しが椅子を引いた瞬間のことだった。