主≠監。
dreaming island Ⅱ
Please input the ur name.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ごめんな名無し……俺も結構、相当めちゃくちゃなこと言ってる……クソ…ッ……」
「?!……トレイ…?」
「ああ……ッ…、妬いてくれてたんだな……いっぱい嫉妬して……お前。ごめん……」
「!あ……」
名無しはトレイを見上げながら、自分の涙が雫となって頬を伝う前にそれを拭った。
女々しさを隠したかった理由もあったし、同時に生じた彼の変化にも気付いたのが原因である。
トレイはそのとき、名無しの心情を聞き入れながら自分でも想像の上をゆくほどの嬉々を感じていた。
それは張本人である彼自身も驚くような移ろう感情だったらしく、下を向いたまま名無しに対し横顔を作る仕草はなかなか珍かな光景だった。
身長差ゆえ、距離の近さゆえ顔を伏せたところで見られてしまう事実は変えられない。
それを承知の上で自然と描かれていたのは、頬の染まったトレイの表情だった。
「…嬉しい…、いまめちゃくちゃ嬉しい……悪い……けど、どうしても気持ちが抑えられなくて……ああ……嬉しいよ……」
「ッ……、トレイ……顔、赤…か、……――!!」
トレイの赤面する姿を見て、間もなく名無しも頬を赤らめていた。
が、そうなってしまうのもまた自然なのだろう……ありのままの素直な気持ちが窺い知れたことは、名無しにとっても嬉しいことなのだから。
話の軸は定まっている。
けれどその周囲に派生した様々な件を織り交ぜながら少しずつでも前を見て、未来を見て、互いに想う相手を見つめる。
名無しにとってもそこで目の当たりにしたトレイの赤ら顔は、その顔色をもって、改めて自分は彼に強く想われているのだと、その自覚を感じさせていた。
いとおしいという気持ちが溢れて、自ずと伸びたのは名無しの腕がトレイの頬へ。
けれど触れる直前、その瞬間に起きたのは実にイレギュラーな出来事だった。
――――。
――。
「……?!」
「あーーもうビッショビショじゃん!派手に濡れたなーー……さっみー!!早くお湯出ろって……!」
「誰の所為でこうなったんだよ!あんな絵に描いたようなバケツのひっくり返し方、はじめて見たぞ?!」
名無しが他人に嫉妬した事実に喜ぶ……という形容も不相応ではあるかもしれない。
それでもトレイは、自分がそう思えたことを健全であるとも捉えていた。
自然な流れで、場の空気もきっといい方を向いてくれた。
だからこの場ですぐに名無しをどうこうするなどというつもりはなかったけれど、予想外の過ぎたハプニングには流石に両肩を上下せざるを得なかった。
「…ッ……トレイ…、人……!んッ」
「シ……大丈夫、静かにしてればバレないよ」
――それは突如として響いた他人の声音だった。
ドカドカとこの空間に踏み入る足音は、恐らくは二人分。
近くの個室の扉を開閉した音も聞こえて、トレイは咄嗟に、自分たちのいた個室のシャワーバルブを全開までまわしていた。
室内の異変を感じなかったのは、入室した生徒達よりも早くシャワーが流れてくれていたからこそ……まさに不幸中の幸いだろう。
どうやら相手には、先客がいた程度にしか思われずにいたようだった。
「っ……」
とはいえ、名無しは急なシャワーの所為で、自分たちに降りかかった水の冷たさに口元を塞いだ。
上がりかけた悲鳴を押し殺す。
寒気をごまかすために浴びたトレイからの強い抱擁に対し、そこで名無しは、いまはまだ抱くべきではくないであろう色付いた感情を少しばかり孕ませていた。
「……っ…、ト…レ……あの……」
「……ん?……ッ…名無し……?!」
「ッ……っ、………」
それは愛し合う者同士にとって、当然の過ぎるただの摂理だ。
その前後にどんな会話をしていようがいまいが、どうしようもないことの一言で済むと言ってしまえば、きっと強ち間違いでもない。
「とれ…い……」
「…ッ……、――……身体。洗ったらどうする……?やっぱり帰るのか?」
「!ト……」
そしてそれを見抜き、レンズの曇った眼鏡を外しながら重なる二人の視線は、少し前のときよりも濃密に合っていた。
漸く湯が出始めて、降り注ぐシャワーヘッドの角度も変えた。
たとえ最小限の濡れで済んだ見た目でも、滴る雫に漂う互いの色香は、どうしても隠しようのないことだった。
「ははっ……ん。そのカオ……いちばん見たかったやつだ。――……な、まだ時間はある。……来いよ、俺の部屋に」
「っ……でも…、だ…め……」
「俺がだめになりそうでも……?」
「ッ……トレ……」
「自分の女が好きにされっぱなしで、俺の心が擦り減ってることが分かってるなら、お前の返事はひとつだろう。違うか……?」
「…ッ……」
今のこの状況をどう捉えるかは人それぞれだ。
不運と感じればそれまで。
好機と思えば、或いはまた先に小さく光が見える。
めまぐるしく巡る感情と想い。
流れる時間に漸く気持ちが追いついたかと思えば、名無しの瞳に映るトレイの表情はとても艶やかに見えた。
そして、それは彼にも同じように映っていたことだろう。
「……そんな言い方……ずるいよ……」
「――……フッ。お前にはこれくらい言ってはじめて効くのかもな。勉強になるよ……今いじわるって思っただろ」
「ッ……う……」
「心配するな。本当に今日は何もしない……ああ、何もしたくないんじゃなくて。そこは勘違いするなよ?」
「っ……」
「ハハッ……、……ただ部屋に来てくれればいい。お前の隣で少し眠りたいんだよ……安心させてくれ」
「トレイ……」
安らげる言葉が降らされる。
シャワーの音に混ざって、優しさに満ちた声色が耳元で小さく響く。
「どのみちシャワーと湯気の所為で、このとおり服も濡れたしな……お前のも少し乾かさないと」
「………」
「あー……この声はエースとデュースだな……ハァ。まったく大したお邪魔虫だよ。けどまあ、あいつらも暫くしたら此処を出るだろうし、それまで……、名無し?」
「っ……」
「――……」
抱く想いは様々な色で溢れていた。
思慕、劣情、焦燥……まだまだいくらでも連ねられるほどに。
自分たちがひとつの個室で”こうなっている”ことになど気付くわけもなく、トレイ曰く、彼は他の個室で騒ぐ二人の後輩について、呆れ口調でものを話せるほどの余裕を取り戻していた。
そんなトレイを間近に見て、名無しもそこで孕んだ抑え切れない感情を外に出すか出すまいか、ひとり小さく葛藤する。
「……トレイ…」
それはきっと、また性懲りもない負のループ。
疲弊しきった心と身体が持つべき欲望ではないことなのは確かだろう。
それでも名無しは一度喉を鳴らすと、偽れないトレイへの想いを自覚した。
彼がいま、ただ自分のベッドで一緒に眠りたいというのなら、名無しはそれ以上の……――。