主≠監。
dreaming island
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――トレイは優しい。
過ぎるという言葉がよくあてはまるほどにはその文字だけで彼を形容できると思ったし、いつだってその言葉に反するような言動は見たことがない。
勿論、嗜好を凝らしたようなベッドの中でのことはまた別だけれど……。
当然怖いと思ったことだってなかったし、隣に寄り添ったとき、居心地が良いと思ったのはどこまでも本心だ。
「――……ッ……、や……ッ…来……」
「っ……名無し!」
目の前に来てくれたのが本物のトレイなら、経過時間から見てもその遠因くらい少し考えれば分かることだった。
頭が回らないのは気持ちにムラがあるから……そして彼の言葉に勝手に傷ついて、そんな自身の烏滸がましさにまた反吐が出る。
此処へ来たその理由を話すトレイの口調はいたって普通だった。
名無しが歪曲した捉え方しか出来なかったのは、経緯が経緯だからというのも大きいのだろう。
自分を見つけたことへの安心した表情に続く、冷静に話すきつい事実。
泣きたいのは、どう考えてもトレイの方に違いないと思った名無しは、自身に近付く彼を咄嗟に拒んでいた。
「名無し!」
「!…ッ……トレ…イ……?」
「俺だよ……ああ……ごめん、怖がらせたよな……今の。そんなつもりはないんだ……ほんとごめん……、ゆっくり話そうな…」
「ッ……」
どんな顔をしてトレイに会うつもりなのか。
そうジェイドは言い残していった。
名無しは自分が今どんな顔をしているかなんてうまく答えられなかったけれど、酷い表情をしているのは確かだろう。
トレイを拒絶した名無しは作業台の一方の脚に背を付き、立ち上がり損ねていた。
押し寄せる罪悪感に差し伸べられた、彼の綺麗な手にそれを重ねる資格がまたひとつ消えてゆく実感を抱きつつ、視線を逸らして唇を震わせる。
頭の中を整理する必要はいくらでもあったけれど、そこまですら至れない苦しさに駆られ、名無しは気が付けばトレイの接近をゆるしていた。
「トレ……」
「………ああ…」
その優しさは、愛されているから与えられるものなのか。
名無しの身体をそっと抱き締めるトレイは、腫れ物にでも触れるような手つきだった。
怯えていることを察しての行為だろうけれど、そんな資格なんてもうないのにという気持ちが強まり、名無しは返答にも迷い口元をまごつかせる。
そのとき、先刻ジェイドが突き付けてきた事実が本当に事実でしかないと実感して、それがどうしても辛かった。
トレイは確実に心を擦り減らしている……それがどうしようもなく伝わるのは、名無しが彼を本当に好きだったからだ。
――トレイはしゃがみこんだ際名無しに優しく触れていたけれど、彼女の落ち着きを少し感じ取るとゆっくりときつい抱擁に改め、やがて頬に手を添えた。
重ねるべきは、まずは視線だ……そう思ったゆえの行動であり、それから落ち着きに見合った会話も続けてみせた。
「――……俺の顔を見るなり、探し人なら此処だろうって言われたよ。……そりゃあ食堂を見てまわっても居ないわけだよな」
「…っ………」
「アカデミーの元彼が来てることも。偶然会って、絡まれていたところをあいつが助けたことも聞いた。……それから此処での……此処であったことも……全部」
「、……え……ッ…全……」
「ああ……全部だ。……だからちゃんと示さないとな。――俺は俺だよ……”本物”だ」
「!……、ッ……」
「……辛かったな。大丈夫か……?名無し」
「っ……や、…いや!……ト…ッ……――」
なるべくゆっくり、名無しが怯えないように。
そう意識しながら話していることが伝わるのは、トレイの声色にも多少なり抑揚があったからかもしれない。
名無しは、明らかに辛い筈のトレイに心配ばかりかけている……そんな自分の愚かさを幾度となく恥じた。
彼の言葉のとおりなら、それが偶然か謀ったかはさておき、廊下でのすれ違いざまにジェイドがすべてを話したのだろう。
耳にし終えた瞬間の、トレイの苦しむ表情見たさか。
それともありのまま堂々と、ただ事実を羅列したかっただけか……。
その思惑は分からない。
けれど、少なくともトレイが無傷でいられるわけがないことを、当然ジェイドは知っている――。
「…ッ……名無し…!大丈夫だから……名無しっ」
「ッ……っ、ト……れ…」
他の男が抱いたばかりの、他の男の匂いの残る身体を自らに抱き寄せる。
そんなトレイの両腕が震えていないように感じたのは、彼が、名無しにはひたむきにそれを隠し通していたからだった。
『!』
『薬って、本当に不思議ですよね……まるで気付かないんですから、名無しは。……ふふ』
『……わざわざ教えるあたりは、俺に隠し事をしたくない自分の都合、…かな……?』
『ええ……そういうことになりますね』
――それを聞いたときはすぐにでも感情が爆発しそうだった。
当然、震えない理由がないほどに……。
だから押さえ込んだ結果、今も荒んでゆくままだったその心に名無しが寄り添うことはなかった。
もっともひた隠していれば、ただ抱き締められていることだけを自覚する彼女に理解されないのは当然だろう。
けれどそれでいいと思ったのはトレイ自身だ。
自分で決めたこの場での選択、何があろうとも、トレイはあくまで名無しを抱き締める。
罪悪感に駆られているであろう彼女を守るのに、怒りも震えも、いまは不要だと思えば耐えられた。