主≠監。
Be blessed II
Please input the ur name.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「悪い名無し……はぁ…ハァ…。……ほんっとにごめん!」
「…え……なんで……?!どうして……っ」
「さっきの…電話の続き……っ、実はウチの寮生が他校の生徒と揉め事起こして……リドルに……ああ、寮長に見つかると色々と不味くてな……だから…」
「っ……ああ……」
おそらく名無しにとって、息を切らすトレイを見るのはこれが初めてだった。
勿論ベッドの外……平常時での話である。
いつも飄々としている彼が焦りを見せることはそうそうなく、三年生ゆえの、らしさを兼ね備えた余裕だけがいつもそこにあった。
「……副寮長。……だから、今日ばっかりは寮長に知られないようにトレイがトラブルを片付けて……ってこと…?大丈夫だよ……謝らないで。そんなに息切らし……」
「電話……。お前の声聞いて……やっぱり放っておけないなって思ったんだよ……」
「そんな……わたしは…」
「当たり前だろう?俺は今日、寂しい思いをさせるためにお前を呼んだわけじゃないんだ」
「!」
自分を抱く時はいつも余裕なんてないと彼は言う。
そんな筈ないと思うほどに慣れた手つきで身体をなぞる仕草は、たったひとつでも年上らしさを感じて好きだった。
汗を垂らして全速力、トレイが必死に此処まで来たことを思うと、名無しは自分が見透かされている気がして、こんなときでさえどきどきとしていた。
動揺は含みつつも、自分の為にここまでしてくれる……そんな彼に、高揚せずにはいられなかったのだ。
短時間のあいだに二転三転する目まぐるしい出来事に遭遇して、それでも気持ちがなんとか追い付いていたのは、目の前にトレイが来てくれたからとしか言いようがなかった。
「トレイ……でも……」
「?ああ……本来ならすぐに、こういうときは俺から寮長の耳に入れるんだけどな……お前の言うとおり、流石に今日はまずい……けど、こんな俺を察した奴もいるってことさ」
「!…あ……」
「ん……親友は持つべきだな……なんてな。今日改めて思ったよ、フッ」
トレイは電話ごしに声音を聞いた時点で、名無しの気持ちに当然気付いていた。
身体が空かないぶん、今はどうすることもできないゆえに困惑して、その上で彼にも自然と零した苦い表情があった。
そして、それを隣で見ていたケイトに救われていた……。
これが、トレイが名無しの元に駆けつけられていた直接的な理由である。
おそらくは、この場は自分がなんとかしておくから、さっさと彼女の元へ行って来いとでも言われ、ケイトに強い発破をかけられたのだろう。
ケイトには本来彼のものである例のユニーク魔法もあったし、作る分身はトレイではなく自分自身、それでもトラブル解決に必要な数を補填するにはじゅうぶん過ぎたのだ。
トレイは電話で話し損ねていたことや、こうなってしまった原因もすべて名無しに説明しつつ、ゆっくりと呼吸を整えた。
いちばん伝えたくは名無しへの気持ちだろう。
そして漸く誰にも縛られない、堂々と二人になれる時間を築けたことで、名無しの顔も自然と笑みが戻っていた。
嬉しさのあまり涙目になっていたことを悟られまいと照れた表情は、トレイの目に本当に愛らしく映っていた。
「、……そっ…か……大変だったのに……ありがと、トレイ。あ、ほら……汗ふいて?ハンカチ……」
「!サンキュ、名無し。――……ごめん。待たせてごめんな……」
「?トレイ……」
「……フフ、今日は一度会ってるのに……本当に会いたかった。今すぐこうして……名無し……」
「もういいって…ば……、……トレイ?」
「……ハァ。……やっぱり安心するよ、お前の顔を見ると……フッ」
生々しい理由を聞いていると、ハーツラビュルにもなかなかに癖の強い生徒が所属しているのだろう。
管理を任されているトレイの立場は余程大変だということを改めて実感する。
約束を違えかけていた彼を責める気には毛頭なれなかったし、同時に拗ねて帰ろうとしていた自分が心底恥ずかしかった。
どころか、こうして来てくれたことに、現場を離れて平気なのだろうかという不安を一寸抱いたけれど、それを見越した上でトレイは名無しの頭を優しく撫でる。
何も心配することはないと口漏らしつつ、やはり再会を嬉しそうに喜ぶトレイのはにかみ笑顔に、名無しは頬を赤らめた。
――そして、髪を撫でるトレイの手に熱を感じたのはまもなくのことだった。
きっと遅かれ早かれ、この日のどこかで必ず訪れるであろうと思っていた展開だ……――。
「っ……ありがと……、……?!」
「――……、名無し。これはその……待たせておいて言う男の台詞じゃないことくらい…分かってるつもりだ。……けど…」
「……ッ、あ……」
「……俺はもう待てない。……お前は?名無し……ッ」
「ッ……――」
眼鏡の奥に燻らせる、瞳の中のそれはまるで甘い火のような。
トレイの頬も少しばかり赤かったのは、走ってきた所為だけだろうか。
名無しにはトレイの言葉を拒む理由はなかった。
首を縦に振るつもりしかなかった。
ただ、恥ずかしいゆえに照れを見せてしまったのは、軽く打算的と思われたかもしれない。
けれどそんな素振りさえ見破られたって、名無しもまた、トレイの誘惑にすぐにでも溺れたかったのだ。
色んなことが起きすぎたから。
はやく忘れさせて欲しかった。
「―――……ッ…――」
名無しはトレイから視線を逸らすと、彼の胸元を見つめ、静かに制服のジャケットをきゅっと握り締めた。
恥ずかしさで快諾の返事を口にできないかわりに、態度だけは露骨に知らしめる。
あまりにも暗い、沈んでいた気持ちと闇の中から一瞬にして引き上げて、助けてくれる……それはトレイにしかできないことだ。
一歩近付いて額を胸元にトンとあてがうと、名無しはその部位でもトレイの体温を感じ、思うところが同じだということに心を躍らせた。
そして重なった手は繋ぐため、名無しはトレイの少し後ろを歩き、二人だけの時間を紡ぐべく前に進んだ……――。