主≠監。
Be blessed
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「ト…レイ…」
たった今、冷静でいたいと思ったばかりだった。
けれど名無しがそのとき発した一言は、あるいは鳥のさえずりよりも小さかっただろう。
自覚もあった。
学園内を進み、突き当たりから辿り着いたいつの間にか、そこは中庭に隣接した通りだ。
そこで口に出したトレイの名は誰にも届かない、自分にしか響いていない……。
そうさせるような光景が少し遠くに広がっていれば、彼女の態度に動揺が見えるのもわけなかったのかもしれない――。
「やっぱり生は写真よりかっこいい…っ。背も高いし!ね、けーくんのことフォローしてたのに、アタシもお兄さんの方がすきかも!」
「ハハ……かも?そこは確定させてくれよ。しかし流石はマジカメのヘビーユーザーってところだよな……ケイトは」
「この子もお兄さんのこと好きなんですよ!だからよかったら写真お願いします!」
「はいはい……俺なんかでよければ」
掛け持つ現場が多いと聞いていたのだから、示し合わせることなくこの広い学園内でトレイに会えたことは嬉しい偶然だろう。
喜ぶところである……本来ならば。
見つけた瞬間に駆け寄ろうとした名無しがその足を止めたのは、トレイが囲まれていたからだ。
自分の知らない……誰かもわからない、恐らくは他校の異性数人に。
「今日はモテモテだね、トレイくん?彼女が見たらやきもちやいちゃうかも!」
「~っ……ケイト……ッ」
耳に入った大きめの声音は、嫌でも名無しに情報を届けていた。
トレイをからかう、初めて見るケイトのことも。
周囲の女性が、どういう感情のもとその場に居るのかも……。
きっと単純な話だ。
開放日にはよくある光景なのかもしれない。
そのよくある光景に、トレイがあてはまってしまっただけなのだろう。
「っ…あー……腕組めたらなって思ったんですけど……やっぱり彼女さん、怒っちゃいますか?」
「ん?ああ……別に構わないよ?そんなことでいちいち怒るような子じゃないさ」
「ホントですか?!やった……!」
初めて感じた気持ちだった。
どうしようもない痛みが胸の周囲を渦巻いて、息が少し苦しくなって、自然と表情が曇ってゆく。
誰も悪くない。
気にすることでもない。
それでもこれが嫉妬の類だと認めることに、そう時間はかからなかった。
数分触れられないままだったスマホは画面がかわり、表示されていたトレイの連絡先も今は真っ暗に消えていた。
名無しは静かにその場を去ると、もと来た道から脇に入り、校舎と隣接する更に中庭の木陰まで後退した。