主≠監。
Be blessed
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――――。
――。
「そりゃあカニちゃんには分かんないと思うよ?パッと見いつもと一緒だし。アズールでさえ気付いてねーけど、まあオレは兄弟だからねー……」
飲み物を持つ手のひらに感じていた、ひんやりとした感触がスッと引いてゆくのがわかる。
遅かれ早かれ、今日此処に来ることをトレイと決めていた時点で、遭遇する可能性だってあるのは承知の上だった。
幸い”本人”ではなかったけれど……。
それでも彼と……ジェイドと血を分けた兄弟が、いま名無しの後ろのテーブルに居たことは事実だ。
名無しは表面上は落ち着いていたけれど、机上に甘味を置き去りに見つめたまま、プラカップのストローに口を付けることも失念していた。
「へーえ。やっぱ兄弟なんすね~そのへんは……でも流石にジェイド先輩が元気じゃない理由までは……」
「んー?ああーそれならー……好きなオンナでもできたんじゃね?」
名無しは別に、フロイドがただそこにいるだけでは動じなかっただろう。
彼の話す内容と、唐突にジェイドの名を聞いてしまったことで心は乱され、傾けるまでもなく耳に入ってくる会話に内心でのみ慌てていた。
それはいつぞやの夕暮れ、一瞬のバッティング。
まさか自分のことを律儀に覚えているとは思えないし、目が合ったわけでもなければ、こちらの存在にだってきっと気付いていない。
「ッ……――」
勝手に不安になっていただけだ……と、そう言い聞かせる。
名無しは、フロイドがいま一緒にいる同じバスケ部の部員らしき生徒との会話を、尚も仕方なく耳にしていた。
「っぷ……唐突すぎっすよ…っまさかの女ネタ!そんなわけ……」
「それがさー……オレもそんなわけねえかって思ったんだけど。なーんかマジっぽいんだよね~……まあこれはオレの勘だよ」
「へぇ~~……」
「ジェイドもなんだかんだドライに見えて結構執念深いところあるしね……そういう性格、本人は否定してるけど兄弟に嘘はつけねえって。ハハ!」
盗み聞きをしているつもりなど断じてなかった。
ざわついている筈の食堂で、運動部たるゆえか、その声はどうしたって名無しの居る位置にまで届いてしまうのだ。
フロイドは楽しげに一緒に居る相手にジェイドの話をしている。
心の中で動揺していたのは、その話の中身の所為で、名無しはその事実にしんどさを感じていた。
漸く甘味を食み、ストローに唇を近付ける仕草をとれても、肝心のどちらの味も、香りも、あまり分からなかった。
「なんか想像できねえっすね……ジェイド先輩が交際してるトコとか」
「そう?チョーー大事にすると思うよ?オレらと違って女の子に優しいし、まじで一途だしね……あは…っ」
「ちょ、オレらって……それ聞き捨てならないっすよフロイド先輩!」
紅茶が口の中に入り、すっと口腔から下へとおりてゆくのは辛うじて理解出来た。
歩き疲れから生じていた喉の渇きが潤ったからだ。
が、同時に名無しは椅子を引くと、自分に立ちあがれる気力が戻り、今はもう此処に居たくない気持ちが疲労感にまさったことを悟った。
どうせならあと少し早く、その気になれていれば不要な情報を耳にしなかったのにと思うも、それはもはやあとの祭りである。
多少フロイドの言葉に興味が沸いてしまった……わけではないけれど、似たような感情を持ってしまった、これはきっと自業自得の結果だ。
「……ッ……」
名無しは甘味の空き箱とまだ中身の入ったカップを手に取ると、立ち上がってすぐに食堂から離れた。
万が一を思い、出入り口はわざわざ遠回りを……フロイドたちに顔を見られないルートを辿りながら。
今更知る必要もない、その理由もない。
ジェイドの情報を得たからと言って、自分にはもう関係ない。
そう思うことが多分大事なのだ……たとえばそれが自惚れで、フロイドの話が真実で、その相手が自分だったとしても。
そもそも、身体だけの関係だったのだから。
複雑な出会いがあって初めてを彼と過ごしても、そのあとだって一度たりとも、互いに自分たちを恋仲と認識したことなどなかったのだから。
「――……やっぱ顔見知りなんじゃん。なーにがはじめましてだよ……ハハ」
「え……?」
「んーん、ただの独り言~……あ、ねえねえカニちゃんこのシイタケあげるー」
名無しが背後で立ち上がった気配を察すると、フロイドは一度だけ視線を横へとずらし、薄らいだまぶたであやしげに笑みを作った。
元々食堂で食事をしていた彼が、どのタイミングで名無しの存在を気取ったかは分からない。
けれど正面に座るエースに向かい、唐突にそのネタを吹っ掛けて正解だったと思ったのは、フロイドなりのジェイドに対する思いやりがあったからだろう。
その後フロイドはスマホを手に取ると、静かに文字を打ち込みながら、皿の上の食べ残しをエースに押し付けた。
これ以上は介入すまいという意味を込めて零した独り言を小さく拾われても、何食わぬ顔でひとりおどけていた……――。