主≠監。
betray the tongueⅡ
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『彼が夕方から用があるって解散して。でも手ぶらだったのを見て、元々彼が持ってた本が、私の鞄に入ったままだって気付いて……それで引き返したら私の知らない…ひとと……』
『それ以上はもういいですよ……』
『、……え?』
『引き返した直後に僕とすれ違った貴方は、彼を見つけて安心するも束の間、みるみる不安の色に満ちた表情へと変わっていた。……なんとなく、気になったので後を追いました』
『あの……』
『ええ。偶然です……先日も、そして今日も。どちらも僕は、あの駅で貴方とぶつかりそうになっていたんですよ……――』
机上にあったトレーに名無しの飲んでいたカップを置き、彼は自身の言い分を名無しに告げる。
言葉ひとつつまることなくすらすらと説くその様子は、到底作り話には聞こえなかった。
逆に名無しは、自分がぶつかりかけていたあの男性が彼だったことに会話の流れから気付くと、その瞬間だけは言葉を失っていた。
まあ、それはただの驚きによるものだったけれど、どういう星のもと生きていれば二度もそのようなことが起こるのだろうと、軽く汗も滲ませる。
自分が続けていたように、今度は彼の言葉に名無しは耳を傾けた。
『特に今日は不安定な天気だったというのに……デートそっちのけで彼が向かった先があのような場所で、あそこに貴方を誘い出していたと気付いて、僕も寒気を覚えましたよ』
『っ……』
『どのような思考を持てば、交際相手をああやって追いつめられるのか……まったく。僕もどうも好きになれません、あのアカデミーのみなさんは』
『……そうだったんですね…、なんとなく気にかけていただけてよかったです……。ほんと……ご迷惑をおかけしました……本当に助けてくれて……ぶつかりかけたことも、すみません』
『ふふ……どうか気になさらないでください』
彼の発言を続けるその様子は、そのときばかりは饒舌という形容が相応しかった。
なにか因縁でもあるのだろうか……そう思わんばかりに、なんだか相手校への恨み節が連なっているようにも感じる。
名無しは、ほぼ初対面だった彼が自分にそんな姿を見せてくれたことが嬉しくて、そうすることで程よい距離感を築こうとしている、その気遣いにも頭が下がる思いだった。
女性は比較的、話し相手に共感されることを良しとする傾向にあったけれど、今は嘘でもその流れを作ってくれた彼に救われる。
時折見せてくれた上を向く口角……鋭利な歯列はその見た目に反し、名無しを落ち着かせていた。
『ッ……本当は、これ以上居るのもご迷惑だと思ってるんです……だから今すぐ……でも、……立ち上がろうとするとまだ怖くて…足が震えて……!!あ……』
『ええ……。もっと落ち着けるまで、此処にいても構いませんよ……大丈夫。此処には性根の腐った、あの男達は居ません……僕も何もしませんから……どうか安心してください』
『っ……――あ、』
『……はい?』
『なまえ……』
『?』
黙って話を聞いてくれた。
時々肯いて、さらけ出した本音には一切否定を示さなかった。
きっと演技だと後で言われても、名無しにとって大事なのは今だった。
そうして感じた、話していて落ち着くと思った気持ちには、何度だって謝意を訴えたい。
名無しは頭を上げ、自身の足下から彼の居る方へと視線を変え、そのとき初めて素朴な疑問を頭上に掲げた。
当然、口にも出したその問いに、二人は自然と微笑み合っていた。
『……あなたの。…まだ聞……』
『!ああ……、……ふふふ』
『、……』
身体が感じていた冷えもだいぶとマシになった。
きしむ髪は少し気になったけれど、それ以上に感じた、呼び方の定まらない不便さに漏れた微笑が、心も豊かにさせてゆく。
単なる好奇心、知ることで得られる利便性ももちろんある。
何より命の恩人とさえ喩えたって過言じゃないその相手の名を、名無しはまだ知らないままだったことが納得できなかった。
笑顔を見せ合ってまた一歩、近付く距離に震えが薄れてゆく……。
けれど彼が口を開いたのは、自身の名を名乗るためではなかった。
『あの……』
『ですが……知ってしまったら、僕は貴方を助けただけの……ただの通りすがりではなくなりますよ……?』
『、……』
礼を言いやすくなる。
名を呼びやすくなる。
そのつもりもあって耳を傾けた。
名無しは彼が一度名乗ることを躊躇ったのを目の当たりにして、けれどどうしてか、驚きというよりは逆に冷静にもなれていた。
自分がまだ笑うには早かったのだろうか……。
そこまで気にすることじゃないかもしれないけれど、一旦笑みを抑えれば、あとは己がどうしたいかが頭のなかで色濃く浮かぶ。
知らないままでいるよりも勝ったのは、彼を知りたいという気持ちだ――。
『そうですね……でも、恩人をただの通りすがりで片付ける方が……わたしにはつらいです。御礼だって、もっと面と向かってまっすぐ言わせてほしいです……ダメですか……?』
『!』
意志薄弱な人間だと思われたくない。
素直に知りたい。
名無しのまっすぐな想いは言葉に乗り、それは彼の躊躇いを見事に払拭させるものへと変わっていた。
そして彼が動かされていたのを目前に、名無しもまた新たなる気持ちを芽生えさせていた。
『!……ふふ。では……鞄から見えた教材を見る限り、おそらく僕たちは同学年ですし、その言葉遣いを止めていただいて……名を知る関係を築くのは、そのあとということで』
『?!っ……おなじ学年……そうなんだ……あ、ありがとう……えっと……』
『デートの日に参考書や辞書を持ち歩くなんて……ふふ、本当に面白いですね。……ジェイド、ですよ。名無しさん……――』