主≠監。
betray the tongue
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「ふふふ……冗談ですよ。……期待しましたか?僕はただこうして、ゆっくり貴方と湯船に浸かりたかっただけです……信じて下さいね?」
「……ッ……もう……」
「そもそも、本来なら僕……貴方には手を出さない約束でこの部屋に来ていましたしね。フフッ……一応、僕はその約束を最後まで破ってはいませんが」
「ッ……も…それは……言わないで…」
「ええ……終わったこと、ですよね。大丈夫……もう本当に何もしませんよ。それに貴方もまだ疲れているでしょう?まあ……僕のこの腕の中からは、暫く離すつもりはありませんが…」
名無しの戸惑いは、その腕にきつくとらわれることで表れていた。
なら、ただ腕力を緩めればいいだけだ……案外と短絡的な思考でいたものだとジェイドは自らに嘲笑を向けつつ、けれど、それもこれも今の雰囲気の所為だろうと考える。
趣くまま、流れに身を任せて……。
その結果名無しは自分に抱かれていたし、覗かせていた性の願望も、半ば強引に叶っていた。
明らかにトレイを想い、それでも些細な誘惑ひとつに足元をすくわれ、恥辱に溺れて悦んでいる――。
「ジェイド……私、あのとき……ジェイドが助けてくれたから、私はジェイドに会えた、し……ジェイドがトレイに出会わせてくれた……」
「!ええ……」
ひとりでの静かなる入浴を諦めたらしい名無しは、その字の如くジェイドの腕から逃れることも諦めていた。
彼の言葉をひとまずはまた信じることにしていたらしいことは、強張っていた背が丸まり、それをぴたりとジェイドに預けたことからもよくわかった。
嘘がないわけじゃない。
けれど嘘をつかないジェイドのことも名無しは知っている。
甘い雰囲気には流れない様子だったことにほっとひと息つきながら、やがて名無しは淡々と言葉を口にした。
それは彼女自身あまり思い出したくはない、そう遠くない過去の記憶のことだった。
一瞬、思わずジェイドが目を丸くするほどには、その話題は唐突でもあった―――。
「――今日のような大雨でしたね……僕が偶然通りかからなければ、ふふ……全く貴方はどうなっていたことやら……」
「っ……どうもこうも……私はこんなだから、きっと……きっと、……いいようにまわされ……!ん……」
誰かと入浴するときは、そもそも湯船はぬるめの方がいい……。
思い出すのは、決まって長くそこに浸かってからのことだ。
熱すぎれば間違いなく逆上せるし、そうなる理由は、おそらくは湯船の中での会話が弾むからだろう。
そんなことが出来る相手とひとつの浴槽、裸体を見せ合っていてもなお、関係を問われれば後ろめたさがあった。
「名無し。起こらなかったことはわざわざ口にしなくていいですよ……」
「………」
名無しはふと、その話題を口にした自分自身が少し信じられないでいた。
自らの傷を自ら抉る内容といっても過言ではなかったからだ。
誰にも話していない。
当事者しか知らない。
そしてそれは、名無しと……ジェイドにあてはまっていたことだった。
「――……、トレイさんにはまだ話して……?」
「、……次に会ったときに……話すつもり。今日のことも……海でジェイドに会ったことも。……ジェイドに初めて会ったときのことも、全部……」
「!今日のことも……?」
ジェイドの両腕は、より一層ゆるりと名無しの身を包んでいた。
もう拘束という形容にとらわれない程、ただの抱擁同然のそれとさえ思わせる。
時折響く、雫の撥ねる音は改めて耳に心地よく、口にした内容にはあまりにも無縁な効果音として、浴室を着飾った。
「貴方が黙っていても、僕は彼に何も言うつもりは……」
「そうじゃなくて……っ。私が話したいの……もう、トレイに隠し事はしたくない……」
身体を知り尽くしているから出来る話なのか。
まだ二人のあいだでだけしか分かり得ないそれを、名無しはジェイドに続けていた。
そこで冗談を混ぜたり茶化したりしなかったのは、ジェイドも名無しの気持ちを相当に酌んでいたからだろう。
ベッドの上で乱れていた姿が紐付けられないほど、彼女の声音からは決意のかたまりが見えた。
「――……本当に…大好きなんですね、トレイさんが」
「……なに……?……!ン……」
「名無し……――」
「ジェイド……?」
「もっと早くに気が付いていれば……あの日。あのとき……僕は」
「……?」
「――ふふ。……先に上がっていますね。この温度でも、やはり長風呂はきついようです……今日のような事後なら尚更」
「――……」
結果として、ジェイドはそのとき名無しを抱くことはなかった。
約束を守った形になったけれど、並べられた言葉に隙も無く、名無しは彼の言葉を追求することは叶わなかった。
ざば……と水嵩が減ったのは、ジェイドがその場で立ち上がり、湯船から出た所為だ。
ジェイドは洗面所に置いてあるローブを手に取るまでは裸のまま、名無しの方を一度も見ずにそこを退室した。
揺れる水面は名無しの身体にひたひたとぶつかり、肌に残る鬱血の数々に湿り気が馴染む。
「……――」
失いたくないから、すべてを話す……そう決めた。
でも本当は怖いに決まっている。
知ったことでどう思われるか……。
名無しはジェイドが浴室をあとにしたことで再び一人になれたけれど、目を閉じて考えるのは、決意の裏に浮かぶ、ほんの少しの不安だった。