主≠監。
betray the tongue
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『その辺にしておいた方がいいですよ……女性を虐めるのは。それに、現場を押さえられた写真をアカデミー上層に知られては、貴方がたもタダでは済まないでしょう』
『――ッ……チッ…、……』
『無論、報復も考えないことです。ライバル校の野蛮な寮生を相手にするのは、貴方の価値観で言う、時間の無駄でしょうから……ふふふ』
――雨には間違いなく打たれている。
打たれているのだけれど、それとは別に、水というものに触れた心地のよさを名無しは感じていた。
ただ、飲み込めない状況に頭は追い付かない、身体も追い付けない。
自分を強く押さえ込んでいた連中も、ベルトを解きかけていた彼も、手を伸ばしただけでは届かない距離に今は居た。
実際名無しは自らの手を伸ばして、その数秒後に、自身が壁際にひとり孤立しているという事実を認識した。
つまりは、守られたということだ。
貞操も心も、彼女の前に立つひとりの男性によって……。
『……あ……』
『さあ……立てますか?ええっと……』
雨とは違う水を操っていたのはその男性だった。
前髪が濡れ、水により目が霞んでぼやけた視界でしか見ることは叶わなかったけれど、かわりに聴覚が心強い情報を名無しに与えていた。
どうやら彼らとは関係のない人物だということ。
その彼らから自分を守り、果ては彼らを撤退させたらしいということ。
文言を聞いていた限り語気も強かで、狼狽して引き上げた瞬間、一度だけ名無しは彼と目が合ったけれど、恋愛的な意味では何の未練も無さそうに見えたのが少しばかり切なかった。
もっとも、未遂とはいえ酷いことをされかけたのだ、未練がある方が逆に怖いところではあるけれど……。
同時にその視線は、突如現れた男性を畏怖すべき対象としても見ているように感じた。
そのおかげか、男性の言葉の影響もあるものの、彼はもう二度と名無しの前に現れることはないだろうと思えた……。
『――……ありがとうございます……もう、大丈夫で…す、……ん…』
『!……』
名無しを男たちの手から救っていたのは、水属性をベースとした魔法だった。
それを駆使する男性は連中が去ったのを見届けると、一度だけ息を吐き、手に持っていた何かを胸ポケットへとしまっていた。
名無しは乱された服や下着を、震える手でなんとかまともに見られるまでの格好へと戻し、立ち上がる。
が、すぐに力尽きて壁際にもたれこんだ。
男性が名無しを気遣うように優しく言葉を囁けば、それがあまりにも嬉しかった所為か、名無しは救われたのだと改めて痛感しながら、今度は違う場所へともたれこんだ。
抱き締められる腕の中のあたたかさに滲む涙は、張り詰めていた気持ちの糸がプツンと切れたから。
だからといって泣きわめくそれではなく、名無しは男性の胸を借り、今度は静かに目を閉じた。
男性から見て、その言動のすべてが当然のことだろうと思えたのは、名無しの心情を見抜いていたからだった。
交際相手に裏切られ、嵌められ、辱めを受けかけたなかで叶わないと思った救済を得られれば、安堵で意識が遠くなっても、それは決して不自然なことではなかった。
『……直接お伺いするまでは、呼ばずにいようと思ったのですが……』
憔悴だってするだろう……全部見ていたのだから、当然分かる。
一度目も、今という二度目も。
『驚き、疲弊……無理もない。信じていた交際相手があのように豹変してしまえば、意識を遠ざけたくもなるでしょう』
それはどちらも偶然だった。
二度もぶつかりかけた駅、どちらもただならぬ焦燥に満ちた表情をしていた彼女のことがどうしても気になって、放ってはおけなくて、あとをつけた。
『………』
一度目は恋人と知らない女性とのそれを見た貴方を。
二度目は罠に誘い出される貴方を。
『仕方ありませんね……魔法を使って、ここは僕の部屋まで。……勿論、何もしないことをお約束しますよ。……名無しさん――』
胸ポケットにささる、石の濁ったマジカルペンの放つ熱さえ感じなくなるほど大降りになっていた雨は、そこを去るまでひたすら名無しと……ジェイドを濡らしていた――。
betray the tongue
20211017UP.
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