主≠監。
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「……ッ…はぁ……」
――その後。
やがて扉ごし、シャワーの流れる耳心地の良い音が聞こえ始めて、漸く名無しは緊張感から一時的に解放されていた。
少しは肩の荷も下りた所為だろうか……たとえいっときの時間でも、ひとりになれた安心感がそれなりに彼女を甘やかす。
「………」
ジェイドには強く言い返していた。
けれど名無しはそのとき、小さな欲求が自身に過ぎったことを確信していた。
すり寄る誘惑に抗えなかったのも、疲れゆえだろう……。
「ふぅ……ッ……」
別にそれは特筆してよこしまでもなければ、ふしだらと変に形容するようなものでもない、本当にささやかな行動だったと思う。
ローブに着替えて服をクローゼットにかけ、乾燥スイッチのランプが点灯しているのを確かめた後、名無しはその瞬間ベッドに飛び込んだ。
すべては疲労感に逆らえず、頭にも身体にも、単なる限界がきていた所為だった。
「……ハァ……!疲れたよもう…――んん……」
皺ひとつなかったベッドに思わず飛び込むほど……。
断固として自分はソファでいい。
そう話していたことが覆るほど、全身に気怠さが漂っていた名無しは、その上で寝そべりながら小さく囁いた。
寝返って見上げたのは暗い天井。
自分の今日一日を振り返りつつ、選択を間違えたことを悔やみ、何ひとつ成し得ていなかったことに唇を尖らせる。
柄にもなく不貞腐れる様は、実に珍かだった。
「……っ…」
ジェイドに会ってしまったのも、あの本屋に行ってしまった所為。
その前にさっさと買い物を済ませようとせず、空腹に負けてひとり、ランチをしてしまった所為。
もっとその先を辿れば、そもそも外出をしてしまった所為。
「……はぁ…、……」
考え込む時間が出来たこともあってか、名無しの頭にはマイナスなことがぐるぐると渦巻いた。
そして選択における分岐点を遡るにつれて、振り返るのは止めた方がいいと思えたのもその直後のことだ。
きっと、ここで突っ切ってよりネガティブになってしまえば、場所柄もっとよくないことが起きるとも思えた。
それに何より、寝そべるこのベッドからも数分後には離れる必要だって大いにあった。
「……はやく会いたいよ…、トレイ……」
ふとした機に呼ぶ、トレイの名にも熱がこもる。
抱かれたことのある同じベッドの上。
疲労感ゆえに覚えた微睡みにまぶたが塞がる……。
ここで眠りに落ちてはいけないという想いだけで意識を保ち、名無しは懸命に明るいことを思い浮かべた。
「……ッ…―――」
眠りに落ちてはいけない。
それは多分、大丈夫。
夢と現を行き交いながら数分のあいだベッドに寝転んでいた名無しは、その後疲れ切った身体をゆっくりと起こすと、次いで壁に視線を向けた。
暫くすればジェイドが戻るのだ。
入れ替わりですぐに自分も入浴できるように起きておきつつ、且つ、彼女がふと気になったのは、自分たちが居た部屋が無音状態にあったことだった。
「…ん……」
決して油断はできない。
けれどジェイドは約束してくれた。
できればそれを最後まで信じたいし、彼に失望もしたくない。
だから、もっともっとそういう雰囲気から遠ざかるために、今の非日常を少しでも日常へと近付けようと名無しが感じたのも、その瞬間のことである。
ベッドの隣にあったローテーブルに腕を伸ばす。
壁に貼り付けられたテレビのモニターを操作するため、そのリモコンを手に取る。
主電源を入れれば諸々そのような案内が出るけれど、すぐに通常のチャンネルに切り替えれば、あとはニュースでも流して気を紛らわせればよかった。
そのつもりで、名無しはリモコンの赤いボタンを押していた――。
「――……あ……」
早くまともな映像を映さなければ。
が、そう思えば思うほど、名無しの手は不思議と動かなくなっていった。
どうせ流れる如何わしい放送なんて本来ならば気にも留めなかったけれど、名無しの予想を超える事態は、確実に彼女の胸中を不意に掻き乱していた。
「この映像……あのときの動…画……?っ………!」
一度は四つん這いになり、そこからぺたりと崩した正座で座り込んでいた。
虚ろに向けたテレビへの視線。
眠気が吹き飛んで目を見開いた名無しは、その偶然映った映像にひと筋、こめかみに汗を垂らした。
しなくていい反応を覚え、身体がきゅっと、内側には熱くなる、あの感触が迸る……――。
「っ…、……んッ……」
それは既に、頭の片隅に置かれていた程度の記憶にすぎなかった。
けれど、最後にトレイに抱かれたあの日。
彼が他人の魔法を自分たちの為に駆使した、あのとき――。
『お前、こういうのは好きじゃないのか?』
一瞬でも話していたことで鮮明によみがえったものは、記憶違いでもなんでもなかった。
大きなテレビ画面いっぱいに映るその映像は、名無しがトレイに時々見させられていた、一本のそれだ。
「ッ……、…」
動画を見るトレイの表情に変化はあまりなかったけれど、淡々と見入る姿こそ、逆に画面の中に映る女性に対し、名無しは悋気を覚える感触も多少なり持っていた。
やけに可愛くて嫌味のない、プロポーションも申し分ない。
清楚にだってじゅうぶん見えるのに、そんな女性が卑猥な下着を纏ってベッドの上に寝そべれば、直後には浅黒い男を何人も相手に激しく喘ぎ、淫らに腰を振っていた。
「…ん……ッ…」
決してその意味合いとイコールではないものの、少しの強姦要素を含むようにも窺えるそれに、見る者が興奮するのはきっと必至なのだろう……そういう趣旨の動画なのだから。
上から下まで男たちの手と、舌と、猛った凶器に狂わされる女性の姿に、名無しは臍の下を疼かせながら思わず目を背き、けれどリモコンを再び握り締められずにまごついた。
「は……んぅ…、っ……」
まともな思考回路を保つための行いが何もかも裏目に出て、動画の展開を知っているがゆえに、その内容に澄んだ脳裏が汚染されてゆく。
あのとき、スプリット・カードを使ってトレイが自分にしたこと……。
それと殆ど同じ行為が画面の中に流れて、思い出すなと言われる方が難しいだろう。
偶然点けたモニターに映るのがそのチャプターだったことは不運としか言いようもなく、それでも名無しは、悶える女性の甘いセックスに惹かれ、どうしようもなく見入っていた。
「ッ……」
女性を羨ましいと感じてしまっている、愚かしい自分。
芽生える欲望を押し殺すことにだって、絶えず意識を傾けながら……。