主≠監。
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「!な……」
悪びれもなく笑顔でひとつの文言を口にする。
頬杖をつき、上がった口角に匂う企みはきっと気のせいじゃない。
名無しはそのとき、自分とトレイが偶然この本屋で会った話を、過去のベッドの中でジェイドに話したことを非常に悔いた。
もっとも当時は恋仲になる未来なんて描けもしなかったのだ……自分を責める必要なんてないけれど、今となっては話は別だ。
雨の中此処まで来てしまったこと、その理由なんて、おぼろげでもジェイドは既に読み切っていただろうし、胸中を覗かれている気がして無性にやるせなかった。
挙句がそのトレイとの思い出の、この本屋より後に起きたことさえ、ジェイドは塗り替えようとしていたのだから……。
「なに……言…」
「悪くないと思いますよ?雨に打たれて、人ごみにも揉まれてお疲れでしょう?僕もつい先程まで荷物を抱えてフロイドと一緒だったので、少し休みたいところなんです」
「ジェイド……それ本気で言って……私もう、トレイの……」
「ええ、本気です。……いいじゃないですか。僕が何もしなければいい話なんですから、ふふ……」
「……っ…」
「それとも、僕とは行けませんか?……しましょう?デートらしいコト」
「ッ……ジェイド…」
ペースに呑まれることも、真に受けることも上手に避けなければ、この男とは付き合いきれない。
身体だけで繋がっていた時だって、一応は気を付けていたつもりだった。
名無しはジェイドが言い出した案に開いた口が塞がらず、つい感じていた寒気さえ吹き飛ぶほどにはその言葉に驚いた。
確かにジェイドも濡れている。
紳士的な振舞いを怠らない彼が雨に打たれてまで自分をこの場所まで追い、先刻触れた手だって、人肌らしいぬくもりはあまりなかった。
それは相手がジェイドだからなのだと思ったけれど、確実に雨に体温を奪われていたのが正解だ。
「そんな……こと……」
これが恋仲なら、迷いなく首を縦に振って目的の場所に行けるかもしれない。
名無しにとってジェイドはただの、身体だけの関係の男だ……。
「何もしないわけがない……そう言いたげなのは勿論分かりますよ。元々、今日はそのつもりで貴方をお誘いしていたんですから……けれど状況は変わるものです」
「っ……」
「そんなにご不安でしたら、スマホの電源を入れて、然るべき番号をすぐに押せるようにしていても構いませんよ?勿論、その番号はトレイさんのものでも」
「、……本当に…、でも……ッ…!クシュ……っ」
「!ね……名無し……行きましょう?」
「……ッ…――」
――初めて身を委ねた日だって、そこはジェイドの部屋だった。
双子の兄弟であるらしいフロイドの話もその日のうちに聞いたけれど、毎回毎回、上手く外出を促しては部屋を独占し、ベッドの中で悦に溺れさせられた。
趣向を凝らしてもいつだって場所は同じだったし、たとえば二人そろって出かけるなんてことだって、一度たりともなかった。
だからこそ、名無しはトレイと出かけた際には軽く嬉々とし、感動したそのままを彼に伝えては、互い恋慕を孕ませるきっかけも作っていた。
「ッ……」
今のジェイドの言い分は到底信じられないし、あとをついてゆくなんてことはあってはならないものだ。
どう言い包められようと従えば彼の思うつぼ……そうだというのに、名無しの頭の中で芽生えた感情には、小さな変化もとうとう起きていた。
たとえばそれこそがジェイドの狙いであったとしても、自発的に変化がきてしまえば、それも彼の所為だと名無しには言えなかった。
ちょうど濡れた服が体温を奪い、身震いさえ起こさせる急な寒さに、再び催したくしゃみ。
そのとき、咄嗟に電源をつけたスマホで確認した交通手段も、願わくば運転再開はまだ叶わなかった。
今すぐに家に帰ることすら断たれたままという事実に、名無しの心はとうとう折れていた。
「服が……」
「?」
「服が乾いて……頭も、身体も全部きれいにして、……運転復旧したら、そしたらすぐに出て…帰るから……!絶対。……約束して…?」
「勿論です。僕もそれを望んでいますから……ふふ。では行きましょう?名無し」
ジェイドの言葉を信じたわけじゃない。
けれど何かあれば、彼の言う通りにスマホを操作すればいい。
後ろめたい気持ちは……トレイへ抱く罪悪感は、のちに正直に話せば払拭されると願って……。
名無しは、水気を含んで濡れたままのハンカチが役に立たなくなったことに今更気付き、それを鞄の奥にしまいながらジェイドの案に泣く泣く乗った。
「ん……!え……あの…」
「参考書……これでしょう?貴方が手に取ろうとしていたのは。驚かせたお詫びです……出口で待っていてください、すぐに買ってきます。……ついでに傘もね」
「あ…っ……ジェイド……、ああ……」
名無しが頷いた後のジェイドは、思いの外クイックな言動で彼女のことを改めて驚かせた。
ジェイドには恐らく似つかわしくない。
けれど単純という言葉がふんわりと浮かび、年相応であることを意外にも連想させる。
もっとも、それは正直、ジェイドも肌寒さを強く感じていたゆえの行動だったのだけれど。
それを名無しが知るのは目的地に到着してからであり、それだけ打ち付けられた突然の雨は、たとえ短時間でも二人の体力を奪っていた。
「ジェイド……」
その後、ジェイドは名無しが手に取ろうとしていた参考書を軽く手中に掴むと、会計の為に彼女の傍を離れた。
一旦離れても切れ長の目は冷静そのもので、動じる気配すらなかったのは、名無しに帰る手段がないのを見越してのことだろう。
そして同時に、彼女は逃げはしないという、名無しを信頼している節もチラつかせる辺りが少し、狡猾に思えた。
「…ッ……」
自分とジェイドは、あくまで身体の疲労感を拭うため。
濡れた身体とその身なりを整えるため、目的が一致したゆえにこれから移動するのだ。
そう言い聞かせをする名無しの心拍数は穏やかなままだったし、ましてや胸の高鳴りだって起きてはいなかった。
ふと、目を向けたスマホには通知も特にない。
名無しはトレイからの連絡を淡く期待した自分が馬鹿だったと小さくため息をつき、けれどジェイドが再び戻るぎりぎりまで彼を想った。
そしてまた電源を落とすと、本を購入し、大きな傘を一本手にしたジェイドと合流する。
降りしきる雨、同じそれの中に入り街の奥へと向かう二人の姿は、誰が見ても恋仲と連想して疑わないものだった。
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20210312UP.
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