主≠監。
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――――。
――。
「……偶然……?うそ…ッ……」
「残念ながら本当です……駅で貴方を見かけた、と言いましたよね?外は今かなりの大降りだというのに……貴方もまたどうして、こんな風邪を引くようなことを…」
「っ……見かけて、ここまでついてきたなら分かるでしょ……ここがどういう場所か…」
「ふふ……まあ、それもそうですね」
「ッ……」
幸い、本屋の中に居た人は疎らではなかった。
近辺をうろついていた者は皆、雨宿りがてらこの場所へと集中したのだろう。
ゆえにトーンを抑えれば多少の会話にも難儀することはなく、名無しはジェイドとそれを繰り返していた。
「……」
まともに話せるまで思考が戻っても、何度も続く偶然には疑いが濃くなるのは必至だった。
ただ、ジェイドの言い分を聞いているとやはり納得せざるを得ないものもあり、名無しのなかには悔しさが込み上げる。
彼の属する寮はラウンジを運営していたし、それに伴う、学園内でおさまりきらない仕入れ買い出しもあることは把握済みだ。
どのタイミングで出かけているにしろ、翌週分の何かしらの調達をジェイドが賄っていることにも肯ければ、名無しはその事実を今は受け入れるしかなかった。
「それで……」
「ええ……。ですがまず、僕たちのこの格好をどうにかしなければ」
「っ……え……?」
ジェイドの所為で、本棚の、言語学の参考書がどうこうという頭では既になくなってしまった。
出会った以上、この状況を切り抜け、彼と離れることだけを考える必要が名無しにはあった。
最後に電話で話したことに首を縦に振る気はないし、変わらずその決心が鈍ることもない。
名無しが怖かったのは、ジェイドの言動が読めないことだ。
昔も今も……まあ、思えば読めないからこそ、彼に救われた経験も過去にはあったのだけれど。
決意が鈍らずとも名無しはそのとき、ジェイドと出会った当時のことが脳裏に過ぎり、背筋に走った寒気に眉を顰めた。
どうしていま思い出してしまったことか……忘れたい過去ですらあるというのに――。
「ジェイド……ごめ…、その……私、ジェイドから連絡が来ないようにスマホの電源も切ってたし、やっぱり会うつもりも、もう…寝……つもりも、本当に……」
「でしょうね……そのくらい分かりますよ。ただ、本当に風邪を引きますよ?僕も少し寒いんです……元々寒さには強いものの、こういう雨はまた別ですから」
「……それは…ジェイドが私を追って来たからでしょ…?私は別に……放っておけば服も髪もそのうち乾……、――……っくしゅ…!」
「!ふふ……ね?そんなフィクションさながらのリアクションをとられては、僕も貴方をただで帰すわけには……行きましょう?名無し……僕の部屋に」
身体を重ねることになったきっかけは、考え方次第では理解し難いものかもしれない。
ジェイドはそれをトレイには話していないらしい……。
けれど名無しもまたずっと、トレイには言えないままでいた。
いつかは自分の口で……そう思っても、知り合ったきっかけそのものを語りたくないという想いはどうしてもあった。
それに知ってしまったトレイがどういう反応をするか……きっと彼のことだ、優しく両手を広げて抱き留めてくれるだろうとは思えても、名無しにはその勇気が出ないままだった。
「っ……いや……!ジェイドの部屋は…っ……今あそこには…行けない……行ったら」
「トレイさんに会いたくなる……ですか?」
「ッ………」
「ふふ。ですが困りましたね……まだ暫くは交通も麻痺していますし、ずっとこの本屋に居るというわけには……――」
名無しはジェイドと出会った当時のことを懐古すると同時、切り替えた気持ちは、目の前の彼との件に意識を傾ける。
都合よく、自分たちの居た本棚の通り、その間近という間近には人は居なかった。
聞かれるには苦しい会話を続けていたこともまた、名無しには少しのストレスが生じ、晴れやかになっていた筈の気分も落ちてゆく。
が、お人好しゆえか、そのすべてを、あとをつけてきたジェイドの所為にすることはできなかった。
結局のところ、偶然と言われてしまえば何も言い返せなかったのだ。
頭上で触れられた手を自ら握り締め、そんな折に顔を伏せれば、絵に描いたように起きた生理現象。
寒気を帯びた遠因でくしゃみが出れば、名無しは顔を両手で覆い、恥ずかしげに頬を染めていた。
「……なに……?」
「いえ……たとえば……」
「?」
名無しは本屋に着いたとき、顰蹙を買わない為にハンカチを手に取っていた。
だから今の身嗜みにはなにも問題ないだろうという自負があり、自然に任せて服や髪が乾くのも待った。
冷静になれば、一度濡れたそれが乾くのにはなかなかの時間を要する……そんなことは勿論分かっている。
だとしても、遭遇してしまったジェイドとの近しい未来に続く何かしらを避けるために、苦しいいいわけをすることに必死になった。
とにかく離れたかった。
会いたいと願う人に会えず、遠ざけたいと思う人が目の前にいる。
そんな状況に耐える自分も嫌だった。
が……。
「たとえば、此処で貴方がトレイさんと偶然お会いしたとき、その後と同じルートを辿れば、或いはいいかな……と」