主≠監。
shivering butterflies
Please input the ur name.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
トレイを想う強い気持ちに自信が沸いた。
二人で悩んでいたことが嘘のように、意外にもあっさりと関係を断てるかもしれないと、小さな光明が照りかけたとばかり思った。
スマホを離して終話して、ジェイドとの全てが終わる……。
胸が高鳴りかけさえしたのは、彼との結びつきから解放されることを考えれば、きっと大げさな形容でもないのだろう。
そんな名無しの未来に向けた分岐、望ましい方向を照らす光が、どうして彼女の中で一瞬で消えてしまったのか――。
「あ……」
脳裏には笑みを浮かべるトレイが確かに居る。
自分はもう彼のもの。
絶対的な事実と自覚を以ってしても、それでもまだ駄目だと言うならば、どうしたら靄は完全に晴れるのだろうか。
閉め損じたカーテン、窓を見つめた名無しは、そこに映った自分のもの欲しそうな顔に愕然としていた。
『――……ふふふ……名無し?貴方……今、どうして固まったんですか?目を見開いて……瞳の中を輝かせて……。喉が鳴った音も漏れていましたよ?』
「っ……、な……ッ、…わたし、は……」
『期待しましたか……?そうですよね……もうそのユニーク魔法に頼るほか、身体を……全身を同時に愛される術はないでしょうから』
「ッ……」
それはまるで見ているとでも言わんばかり。
的確なこちらの表情を当てにくるジェイドに、名無しは狼狽えた。
ゆっくりと震える膝元は、屈辱的なまでの図星を突かれ、けれど床にしゃがみ込まずにいるのがやっとだった。
沸いた勇気も、自信も、たった一言で覆される。
間違いない事実を盾にしても、めげないまま折れずにいても、無意味だったのだと圧倒される。
そのとき、名無しは自分の中でジェイドには会わないという強い意志だけは保っていた。
けれどそのジェイドに、自分の無意識に求めている、欲望を叶えるひとつの術があると聞かされた瞬間、高く築いた壁も何もかもを剥がされた。
「ジェイド……ッ」
押し寄せる渇望。
満たされても満たされても抗えない。
性欲からなる享楽に溺れていたい本質を見抜かれている以上、会わないことができても、ジェイドからはまだ逃げられないのだと、名無しは悟った。
『今日はトレイさんに沢山愛されて、この上なく満足されたのでしょう?それなら尚更、まだ疼いて……下着、しっとりとしてきたのでは?』
「!そんな、こと……」
『どんなセックスをなさったんですか?貴方の好きな愛撫のすべてを、”彼ら”はしてくれましたか?肌という肌を隈なく滑る舌に、指先でも優しく触れられて……』
「ジェイド……ッ!」
『ふふふ。――ああ……ですが、暫くはそれもお預け……。まあ僕なら可能ですが……ほら、どうなさいますか?』
「どう…って……もういい加減に…して……それにそんな簡単に、他人の個性を他人が使えるわけ……いくら言われたって、わたしはもうジェイドには会……」
『――めちゃくちゃに愛されたばかりでも、同じあの快楽は何度だって味わいたい……今すぐにでも。それが本心でしょう……?だって貴方は、とてもえっちな子ですから。ふふ』
トレイの身を案じたことは嘘じゃない。
とても繊細で綺麗な色をした魔法石の、本来のまばゆさを知っている分、彼のペンを見たときは、微かな澱みにすら恐怖に似た感情を覚えた。
滲む黒色に秘められた闇を気取り、質の悪い疲労の類を背負わせるくらいなら、今日味わわされたセックスが一度きりでも名無しはいいと思っていた……筈だ。
「ッ…いや、言……いで……それ以上……」
自分の気持ちにだって嘘はない筈なのに。
ジェイドの言葉ひとつで身体が火照って、それを見抜かれて、スマホ越しに聞く彼の声音に、どんどんと心拍数が上がってゆく――。
『名無し?……チュ…』
「!…っ……やめ……」
『おや……いけない子だ……感じたんですか?トレイさんが知ったら悲しみますね、ふふ……。次は何処にして欲しいですか?ン……ちゅ』
「ジェイド……やめて………」
『フッ……会って、本当のキスもしたいですよね……早く。――勿論それ以上のことも。貴方の全身を、じっくり時間をかけて……僕のすべてで可愛がりたい。名無し――』
ジェイドの言葉に信憑性が無くとも、そのときの名無しはもう既に、床にぺたりとしゃがみ込んでしまっていた。
窓に映った自分に幻滅し、見ていられなくなったがゆえの脱力感も否めず、ただただカーペットに柔く爪を立てながら話を続ける。
耳元で不意に弾けたリップ音が一瞬身を震え上がらせれば、それは確実に彼女に罪悪感を刻み、同時に異変も感じさせた。
どうしてこの男は、傍に居ないながらにして全てを見抜いてくるのか……。
それができるほど、ジェイドとは深く、濃密な関係だったということを思い知らされる名無しは、下着の内側に孕む熱に抗えず、小さく吐息を漏らした。
「ジェ……」
『そろそろ時間ですね……』
「!………」
そして欲望に抗えないまま求めんとした瞬間、名無しは突き放される。
もともとは彼女が本来望んでいたことだった。
けれど、この機においてなど……。
それがジェイドの狙いでもあったのだ。
「ッ……」
『――ふふふ。トレイさんにご連絡されるのでしょう?返事はいつでも……メールで構いませんよ。今の貴方は身体が高揚して、きっとそれどころではないでしょう』
「…ジェイ、ド……ッ」
『声を聞いたら、スマホ越しでもまた彼を求めてしまうのでは?……ふふ。それではまた……僕もフロアに戻らなくてはなりません』
「!ジェイド……」
あまりにも巧妙な罠を張り巡らせる、あまりにも肉を喰らう悪逆な咬魚に相応しい。
ずっと関係を続けてきた代償とその意味を、名無しは心身で痛烈に感じていた。
何ら恋慕はありはしない……淡いそれを感じていたときもあったけれど、今はもうそういう感情は皆無だったし、それは変わらない。
が、いっそ身体以外も、もっと前から本気で好きになっていれば、面倒に思って向こうから自分を手放してくれていたかもしれない。
スマホ越し、たった数度の耳心地の好い水音にスイッチが入り、段々と吐く息が短くなって、名無しの身は火照ってしまっていた。
トレイを裏切ることなどしたくない。
なのに身体が、自分を知り尽くすジェイドのことをいま求めようとしている。
それが自分から求めさせるように仕向けていた彼の策だとしても、名無しの心はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
その混乱をジェイドとのセックスという手段で忘れたいと思い込まされて、けれど矢先に突き放されて、やりきれなさに言葉を失う……。
『良い返事を期待しています。……あと、少々早いですが好い夢を。おやすみなさい、名無し……――』
「ッ……、……――」
話していたジェイドの背後がざわついているのは分かっていた。
ちょうど彼がラウンジのホールに立つ時間帯でもあったし、おおかた隙を見て、店外まで抜け出して通話していたのだろう。
流石に店外に出続けるわけにもいかないらしいあたりは、給仕を任されている立場だ。
それでも、ラウンジが忙しくなる頃合でさえも、こうして機を見て連絡をしてくる抜かりなさを彼は持っている。
ジェイドがどれだけトレイに先行して、自分と話をしたかったのかもよく伝わっていた。
「――………」
分かりたくなどないというのに。
あれだけ切れずにいた電話。
それを求めかけた瞬間にあっさりと終わらされ、名無しはひとりしゃがみ込んだまま、自分のベッドにも向かえずにいた。
「ッ………トレイ……」
恋人にでも話す素振りで囁かれたおやすみの一言だって、トレイの口から聞きたかった。
そのトレイに連絡をしなければならないのに、頭の中が今すぐ快楽で満たされたいことで溢れて、火照りも止まずに苦悩させられる。
「……、なんで……拒……ッ――」
早くトレイへ繋げろとばかりに、手中のスマホはそのときを待っている。
が、名無しが彼の声音を求めるのはまだしばらく後のことだった。
通話ボタンをタップするまでその脳裏にぐるぐると巡っていたのは、強欲に染められた淫靡な葛藤のほかなかった――――。
shivering butterflies
20201222UP.
二人で悩んでいたことが嘘のように、意外にもあっさりと関係を断てるかもしれないと、小さな光明が照りかけたとばかり思った。
スマホを離して終話して、ジェイドとの全てが終わる……。
胸が高鳴りかけさえしたのは、彼との結びつきから解放されることを考えれば、きっと大げさな形容でもないのだろう。
そんな名無しの未来に向けた分岐、望ましい方向を照らす光が、どうして彼女の中で一瞬で消えてしまったのか――。
「あ……」
脳裏には笑みを浮かべるトレイが確かに居る。
自分はもう彼のもの。
絶対的な事実と自覚を以ってしても、それでもまだ駄目だと言うならば、どうしたら靄は完全に晴れるのだろうか。
閉め損じたカーテン、窓を見つめた名無しは、そこに映った自分のもの欲しそうな顔に愕然としていた。
『――……ふふふ……名無し?貴方……今、どうして固まったんですか?目を見開いて……瞳の中を輝かせて……。喉が鳴った音も漏れていましたよ?』
「っ……、な……ッ、…わたし、は……」
『期待しましたか……?そうですよね……もうそのユニーク魔法に頼るほか、身体を……全身を同時に愛される術はないでしょうから』
「ッ……」
それはまるで見ているとでも言わんばかり。
的確なこちらの表情を当てにくるジェイドに、名無しは狼狽えた。
ゆっくりと震える膝元は、屈辱的なまでの図星を突かれ、けれど床にしゃがみ込まずにいるのがやっとだった。
沸いた勇気も、自信も、たった一言で覆される。
間違いない事実を盾にしても、めげないまま折れずにいても、無意味だったのだと圧倒される。
そのとき、名無しは自分の中でジェイドには会わないという強い意志だけは保っていた。
けれどそのジェイドに、自分の無意識に求めている、欲望を叶えるひとつの術があると聞かされた瞬間、高く築いた壁も何もかもを剥がされた。
「ジェイド……ッ」
押し寄せる渇望。
満たされても満たされても抗えない。
性欲からなる享楽に溺れていたい本質を見抜かれている以上、会わないことができても、ジェイドからはまだ逃げられないのだと、名無しは悟った。
『今日はトレイさんに沢山愛されて、この上なく満足されたのでしょう?それなら尚更、まだ疼いて……下着、しっとりとしてきたのでは?』
「!そんな、こと……」
『どんなセックスをなさったんですか?貴方の好きな愛撫のすべてを、”彼ら”はしてくれましたか?肌という肌を隈なく滑る舌に、指先でも優しく触れられて……』
「ジェイド……ッ!」
『ふふふ。――ああ……ですが、暫くはそれもお預け……。まあ僕なら可能ですが……ほら、どうなさいますか?』
「どう…って……もういい加減に…して……それにそんな簡単に、他人の個性を他人が使えるわけ……いくら言われたって、わたしはもうジェイドには会……」
『――めちゃくちゃに愛されたばかりでも、同じあの快楽は何度だって味わいたい……今すぐにでも。それが本心でしょう……?だって貴方は、とてもえっちな子ですから。ふふ』
トレイの身を案じたことは嘘じゃない。
とても繊細で綺麗な色をした魔法石の、本来のまばゆさを知っている分、彼のペンを見たときは、微かな澱みにすら恐怖に似た感情を覚えた。
滲む黒色に秘められた闇を気取り、質の悪い疲労の類を背負わせるくらいなら、今日味わわされたセックスが一度きりでも名無しはいいと思っていた……筈だ。
「ッ…いや、言……いで……それ以上……」
自分の気持ちにだって嘘はない筈なのに。
ジェイドの言葉ひとつで身体が火照って、それを見抜かれて、スマホ越しに聞く彼の声音に、どんどんと心拍数が上がってゆく――。
『名無し?……チュ…』
「!…っ……やめ……」
『おや……いけない子だ……感じたんですか?トレイさんが知ったら悲しみますね、ふふ……。次は何処にして欲しいですか?ン……ちゅ』
「ジェイド……やめて………」
『フッ……会って、本当のキスもしたいですよね……早く。――勿論それ以上のことも。貴方の全身を、じっくり時間をかけて……僕のすべてで可愛がりたい。名無し――』
ジェイドの言葉に信憑性が無くとも、そのときの名無しはもう既に、床にぺたりとしゃがみ込んでしまっていた。
窓に映った自分に幻滅し、見ていられなくなったがゆえの脱力感も否めず、ただただカーペットに柔く爪を立てながら話を続ける。
耳元で不意に弾けたリップ音が一瞬身を震え上がらせれば、それは確実に彼女に罪悪感を刻み、同時に異変も感じさせた。
どうしてこの男は、傍に居ないながらにして全てを見抜いてくるのか……。
それができるほど、ジェイドとは深く、濃密な関係だったということを思い知らされる名無しは、下着の内側に孕む熱に抗えず、小さく吐息を漏らした。
「ジェ……」
『そろそろ時間ですね……』
「!………」
そして欲望に抗えないまま求めんとした瞬間、名無しは突き放される。
もともとは彼女が本来望んでいたことだった。
けれど、この機においてなど……。
それがジェイドの狙いでもあったのだ。
「ッ……」
『――ふふふ。トレイさんにご連絡されるのでしょう?返事はいつでも……メールで構いませんよ。今の貴方は身体が高揚して、きっとそれどころではないでしょう』
「…ジェイ、ド……ッ」
『声を聞いたら、スマホ越しでもまた彼を求めてしまうのでは?……ふふ。それではまた……僕もフロアに戻らなくてはなりません』
「!ジェイド……」
あまりにも巧妙な罠を張り巡らせる、あまりにも肉を喰らう悪逆な咬魚に相応しい。
ずっと関係を続けてきた代償とその意味を、名無しは心身で痛烈に感じていた。
何ら恋慕はありはしない……淡いそれを感じていたときもあったけれど、今はもうそういう感情は皆無だったし、それは変わらない。
が、いっそ身体以外も、もっと前から本気で好きになっていれば、面倒に思って向こうから自分を手放してくれていたかもしれない。
スマホ越し、たった数度の耳心地の好い水音にスイッチが入り、段々と吐く息が短くなって、名無しの身は火照ってしまっていた。
トレイを裏切ることなどしたくない。
なのに身体が、自分を知り尽くすジェイドのことをいま求めようとしている。
それが自分から求めさせるように仕向けていた彼の策だとしても、名無しの心はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
その混乱をジェイドとのセックスという手段で忘れたいと思い込まされて、けれど矢先に突き放されて、やりきれなさに言葉を失う……。
『良い返事を期待しています。……あと、少々早いですが好い夢を。おやすみなさい、名無し……――』
「ッ……、……――」
話していたジェイドの背後がざわついているのは分かっていた。
ちょうど彼がラウンジのホールに立つ時間帯でもあったし、おおかた隙を見て、店外まで抜け出して通話していたのだろう。
流石に店外に出続けるわけにもいかないらしいあたりは、給仕を任されている立場だ。
それでも、ラウンジが忙しくなる頃合でさえも、こうして機を見て連絡をしてくる抜かりなさを彼は持っている。
ジェイドがどれだけトレイに先行して、自分と話をしたかったのかもよく伝わっていた。
「――………」
分かりたくなどないというのに。
あれだけ切れずにいた電話。
それを求めかけた瞬間にあっさりと終わらされ、名無しはひとりしゃがみ込んだまま、自分のベッドにも向かえずにいた。
「ッ………トレイ……」
恋人にでも話す素振りで囁かれたおやすみの一言だって、トレイの口から聞きたかった。
そのトレイに連絡をしなければならないのに、頭の中が今すぐ快楽で満たされたいことで溢れて、火照りも止まずに苦悩させられる。
「……、なんで……拒……ッ――」
早くトレイへ繋げろとばかりに、手中のスマホはそのときを待っている。
が、名無しが彼の声音を求めるのはまだしばらく後のことだった。
通話ボタンをタップするまでその脳裏にぐるぐると巡っていたのは、強欲に染められた淫靡な葛藤のほかなかった――――。
shivering butterflies
20201222UP.
8/8ページ