主≠監。
shivering butterflies
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――――。
――。
「!」
名無しが自宅の前にちょうど着いたとき、それでなくとも、ずっとずっと帰路考えていたのはトレイのことだった。
会ったばかり、抱かれたばかり。
けれど早く話したい。
落ち着いた声音で優しく名を呼んで欲しかったし、おどけた笑い声も、スマホ越しにだって今すぐにでも聞きたかった。
「――……はい…」
そんな名無しのささやかな願いを打ち砕くのは、後にも先にもただの一人だ。
自分から掛けると話していた彼女が震えたスマホに驚いて、画面を覗けば、一瞬でその表情には暗闇が募った。
そして、その着信は出なければいいだけなのに、出てしまう自分にも酷く呆れていた。
こういうのを自己嫌悪というのだろう……。
『ふふふ……名演技だったでしょう?こんばんは、名無しさん。フロイドはあれから、お二人については全くの無関心でしたから……ご心配なく』
「ッ……ジェイド……」
たとえばあと一分早くスマホを手にしていれば、今頃はトレイと話せていたかもしれない。
もう着いたのか?なんて言われそうな内容も想像して、返す言葉も色々と選んでいられたかもしれない。
名無しのスマホが震えた原因は勿論、ジェイドがそれを鳴らしていたからだ。
自分が律儀に応答するであろうことを読んでの発信を、今の機に狙っているあたりがいかにも彼らしい。
出ない理由はあるといえばあるし、ないといえばそれも間違いではない。
いま声を聞きたかったのは、紛れもなくトレイのそれだというのに――。
「わざと通ったの……?あのとき…」
『とんでもない……いたってただの偶然ですよ。僕だってこれでも驚いたんですから。フフッ……咄嗟のアドリブに感謝いただきたいくらいです』
「っ……、それで…今は何の用で……」
『ええ……。そろそろ帰宅される頃かな、と思いまして……貴方がトレイさんにご連絡する前を狙って、わざとかけてみました』
「…ッ……なんで…トレイにかけると思っ……」
『いやですねえ……僕と貴方の仲じゃないですか。分かりますよ……名無しの思考くらい』
「ッ……」
名無しはそのとき通話を続けながら、自分の中でジェイドの電話に応じたことに対する、正当な理由を探していた。
すべてはトレイを裏切りたくない一心ゆえだ……。
が、だったら出なければいいだけのこと、彼女が本当に気になっていたのは、先刻の出来事を本人に確かめる為でもあった。
ジェイドはしらばくれるかもしれない。
けれど名無し自身が、何も知らないままでいるのが嫌だったのだ。
フロイドにだって姿を見られてしまっていたし、相応の理由を知る為の通話くらいは、トレイへの裏切りにも直結しないだろうと、無理くり事を合理化していた。
もっとも、応じて悔いるることも目に見えていたうえに、スマホを耳にあてがう名無しは今まさに、後悔の只中でもあったのだが……。
「っ……そんな理由で……、なら…トレイに連絡したいから、もう切……」
『ケイトさんのユニーク魔法はどうでしたか?トレイさん……随分と顔色が優れないように見えましたので、きっとお使いになられたんだなと思って……ふふふ』
「!」
後悔が押し寄せるのは、ジェイドを突き放せずにいる自分がひどく愚かしく、浅ましかったから。
嫌いになんてなれないのだし、互いに身体を委ねあうだけの関係が心地よくて、今までずっと続けてきた。
そこに恋慕なんてなかったし、そんな感情を抱こうものならばジェイドは去るだろうということも、彼と肌を重ねる度に理解は深まっていった。
名無しが好きなのは、ジェイドとの行為だけだったのだ。
いつも求めれば望んだことをしてくれた。
ねだられれば彼のお願いもベッドの上で叶えてきた。
意地悪をされても、それが性癖のひとつと分かってくれていたし、身体が悦んでいることをいつだってジェイドは見抜いてくれた。
「ッ……」
飽きこそ感じたことなども一度たりともなかった。
けれどきっと、ある日少しだけ疑問に感じた、いつもとは違った行為への羨望を口にしてしまったのが、今に繋がっているのだとも思う。
寝具で察したジェイドが口角をにじり上げた時には、彼の中に、もう絵図が浮かんでいたのだろう。
その標的にされたのが、恐らくはたまたまトレイだっただけのこと……。
そしてそのあとは、何もかもが三人の想像を超える未来にまで至っていた。
トレイが名無しに惚れ、名無しがそれに応える……なら、ジェイドはそのあとどう動いて、彼は日々を潤すのだろうか。
「………」
揺さぶられる覚悟で話す、スマホをあてがう耳元。
名無しは、そこでその揺さぶりに案の定、分かっていても心身を乱されていた。
『その反応……フッ、貴方は本当に分かりやすい。では電話を切る前に本題です……週末。会いましょう……?僕の部屋で』
「!な……わたし、何も言って……それにジェイドにはもう……。――大体、週末は忙しいんじゃ……」
『?おや……寂しいことを仰るんですね……もう会わない?さっき会ったじゃないですか……まあ偶然ではありましたが……ふふ』
名無しは自宅の玄関を通ることも出来ないまま、ジェイドの言葉に耳を傾けていた。
もっとも、このまま外で通話し続けるわけにもいかないことは本人が一番よく分かっていたゆえに、機を窺って帰宅し、自室へと直行してはいたのだけれど。
飛び込むつもりだったベッドには腰を下ろす程度。
揃えた両膝は、万が一服の中に何か変化が起きても、絶対に毅然とし続ける為でもあった。
自分の気持ちに素直になって、好きだと思える人が出来た今、間違いなど起きはしないとたかをくくっていても、まだどこかに潜む不安の残滓が名無しを襲う……。
小さな塵芥程度のそれだって、原因がジェイドとあらば、脳裏に渦巻くのは淀んだ感情のほかにないだろう。
「トレイの……。トレイに、約束したから…――わたしもう、ジェイドとは…今の関係は……続けられないよ……」
『では、違う関係ならいいんですか?』
「な……っ」
知りたかった別れ際の出来事、その真相はもう聞けたのだから、さっさと通話など終わらせればよかった。
名無しが簡単に終話ボタンをタップできなかったのは、それが人としての礼儀に反することだという自覚があったのに加え、こちらを翻弄するジェイドの話術に嵌っていたからだ。
絶妙に反論できない理屈を通され、返す言葉を発するのに精一杯だった。
それが会話として成していることに繋がっていても、黙ったまま居るのもなんだかやるせないと思わされる。
そしてもう会えないのだと幾度も幾度も伝えども、飄々としたジェイドは絶対に折れようとしなかった。
いつも肌を重ねる時と同様巧みに誘われ、名無しは彼のペースに呑まれようとしていた。
「ジェイド……ッ」
『僕はどんな関係でも構いませんよ。たとえば、ふふ……まあ恐らくは、僕は二番目ということになってしまいますが。ですからお互い割り切っていたじゃないですか、身体だけは楽だと』
「ッ……」
『ちなみに……この週末、副寮長が忙しいのは本当ですよ。ただ、僕の仕事はもう片付いているので、会うには好都合というわけです……抱かせてください?名無し』
「そんな……勝手…私は……」
帰宅して鞄を足元に置き、空いたその手で頭を抱えながら通話する。
名無しの表情は少し草臥れていた。
まあ、トレイとの濃密な時間を過ごした後というのもあったけれど、その直後にジェイドから激しい揺さぶりを受けていれば、混乱するのもおおよそは当然だ。
もう言葉で確かめ合った。
歪んだ出会い、身体が先行していたけれど、トレイと確実に恋愛関係へと進んだ既成事実を名無しは作った。
そんな彼女にとって、ジェイドは本当にもう会うべきではない人物だった。
ここで靡けばただの淫蕩、性の乱れた最低の女だろう……そうならない為に必死に断る名無しが脳裏で思うのは、やはり電話に出るべきではなかったということ。
結局、鉢合わせの原因を知りたいという理由をいいわけに、本当は自分がジェイドと話したかっただけかもしれない。
折れない彼を都合よく利用して、何度も誘ってくるジェイドの言葉に浮かれ、そこに高揚感を見出しているだけかもしれない。
「……ッ…」
そうやってまともな思考になれないでいるのも、決めつけから迷いを生じているのも、すべては他ならぬジェイドの所為だ。
けれど――。
「私……は……っ」
『名無し――』
それでも。
機械ごし、甘い言葉で囁かれても、絶対に首は縦に振れないし、振らない。
たとえ見えている答えを口にするまでに遠回りをして、迷走してしまったとしても。
「…っ……」
名無しの言葉には最初から、そして最後まで、強かな想いがこもっていた。
「ッ……、今は違う…もう割り切れない……!ジェイドには……会わない……」
『!』
頭にあてがっていた片方の手を、スカートの上からでも下半身に移す。
下着と生地を介して、それでも少しでも違和感を覚えたのなら、或いは誤った想いを言葉にしてジェイドに訴えていたかもしれない。
そのとき名無しが彼を突っ撥ねることができたのは、ふいに目を閉じ、そこでトレイの笑顔と向き合っていたからだった。
失いたくないと思ったものの唯一、そのためならどんな誘惑だって撥ね返せる。
ジェイドが折れないのなら、こちらも折れずにいればいい……それだけのことだという単純な摂理に、彼女は気付いていた。
『今、何と……?』
「……ジェイドが私に、トレイを……あのとき引き合わせた…それで……」
『ええ……正直、彼がここまで貴方に本気になるなんて、思いもしませんでしたよ……ですが僕にとっては、それが楽しくて仕方ありません……ふふふ』
「ジェイド……」
『あの海で抱いたきり……僕も、そろそろ貴方の身体が恋しいです、名無し……貴方を抱きたい』
「ッ……それでも会えない…。……私、トレイが好き……ほんとに……だからもう、あの人に嘘は付きたくない……!何て言われたって、もう……ジェイドには会わない」
『………』
血迷わない。
どんなに甘い誘惑に襲われても、もう揺るがない。
だから逆に話し続けられるのかもしれないと思った。
名無しはジェイドに否定的な気持ちを確実に伝えたことで、少し態勢を持ち直していた。
苦悩するだけ馬鹿らしい。
意図せずとも鼻につく女々しい女、気の強い可愛げのない女、そのどちらにもなりかけていたけれど、目を閉じて素直になって、自分らしさが見えて心底救われた。
何より、頭の中で手を差し伸べてくれるトレイが、名無しを救ってくれた。
『………』
ベッドから立ち上がり、部屋のカーテンを閉める為に窓際へ行こうと一歩を踏みしめる。
この勢いのまま、ジェイドと終われればいいと思いながら……。
が、その一歩目の踵がフローリングを覆うカーペットに着いたとき、名無しは身体に小さな違和感を覚えていた。
それは通話の主導権を握りかけていた名無しが、その権利を再び、ジェイドに奪われた瞬間でもあった。
「ジェイド、……もういい…?切っ……」
『ふむ……、でしたら……貴方も。――……ご自分の気持ちに嘘をつくのは、おやめになるべきでは?』
「…ッ……、え……」
『僕も使えますよ?……スプリット・カード』
「ッ……!」
――。
「!」
名無しが自宅の前にちょうど着いたとき、それでなくとも、ずっとずっと帰路考えていたのはトレイのことだった。
会ったばかり、抱かれたばかり。
けれど早く話したい。
落ち着いた声音で優しく名を呼んで欲しかったし、おどけた笑い声も、スマホ越しにだって今すぐにでも聞きたかった。
「――……はい…」
そんな名無しのささやかな願いを打ち砕くのは、後にも先にもただの一人だ。
自分から掛けると話していた彼女が震えたスマホに驚いて、画面を覗けば、一瞬でその表情には暗闇が募った。
そして、その着信は出なければいいだけなのに、出てしまう自分にも酷く呆れていた。
こういうのを自己嫌悪というのだろう……。
『ふふふ……名演技だったでしょう?こんばんは、名無しさん。フロイドはあれから、お二人については全くの無関心でしたから……ご心配なく』
「ッ……ジェイド……」
たとえばあと一分早くスマホを手にしていれば、今頃はトレイと話せていたかもしれない。
もう着いたのか?なんて言われそうな内容も想像して、返す言葉も色々と選んでいられたかもしれない。
名無しのスマホが震えた原因は勿論、ジェイドがそれを鳴らしていたからだ。
自分が律儀に応答するであろうことを読んでの発信を、今の機に狙っているあたりがいかにも彼らしい。
出ない理由はあるといえばあるし、ないといえばそれも間違いではない。
いま声を聞きたかったのは、紛れもなくトレイのそれだというのに――。
「わざと通ったの……?あのとき…」
『とんでもない……いたってただの偶然ですよ。僕だってこれでも驚いたんですから。フフッ……咄嗟のアドリブに感謝いただきたいくらいです』
「っ……、それで…今は何の用で……」
『ええ……。そろそろ帰宅される頃かな、と思いまして……貴方がトレイさんにご連絡する前を狙って、わざとかけてみました』
「…ッ……なんで…トレイにかけると思っ……」
『いやですねえ……僕と貴方の仲じゃないですか。分かりますよ……名無しの思考くらい』
「ッ……」
名無しはそのとき通話を続けながら、自分の中でジェイドの電話に応じたことに対する、正当な理由を探していた。
すべてはトレイを裏切りたくない一心ゆえだ……。
が、だったら出なければいいだけのこと、彼女が本当に気になっていたのは、先刻の出来事を本人に確かめる為でもあった。
ジェイドはしらばくれるかもしれない。
けれど名無し自身が、何も知らないままでいるのが嫌だったのだ。
フロイドにだって姿を見られてしまっていたし、相応の理由を知る為の通話くらいは、トレイへの裏切りにも直結しないだろうと、無理くり事を合理化していた。
もっとも、応じて悔いるることも目に見えていたうえに、スマホを耳にあてがう名無しは今まさに、後悔の只中でもあったのだが……。
「っ……そんな理由で……、なら…トレイに連絡したいから、もう切……」
『ケイトさんのユニーク魔法はどうでしたか?トレイさん……随分と顔色が優れないように見えましたので、きっとお使いになられたんだなと思って……ふふふ』
「!」
後悔が押し寄せるのは、ジェイドを突き放せずにいる自分がひどく愚かしく、浅ましかったから。
嫌いになんてなれないのだし、互いに身体を委ねあうだけの関係が心地よくて、今までずっと続けてきた。
そこに恋慕なんてなかったし、そんな感情を抱こうものならばジェイドは去るだろうということも、彼と肌を重ねる度に理解は深まっていった。
名無しが好きなのは、ジェイドとの行為だけだったのだ。
いつも求めれば望んだことをしてくれた。
ねだられれば彼のお願いもベッドの上で叶えてきた。
意地悪をされても、それが性癖のひとつと分かってくれていたし、身体が悦んでいることをいつだってジェイドは見抜いてくれた。
「ッ……」
飽きこそ感じたことなども一度たりともなかった。
けれどきっと、ある日少しだけ疑問に感じた、いつもとは違った行為への羨望を口にしてしまったのが、今に繋がっているのだとも思う。
寝具で察したジェイドが口角をにじり上げた時には、彼の中に、もう絵図が浮かんでいたのだろう。
その標的にされたのが、恐らくはたまたまトレイだっただけのこと……。
そしてそのあとは、何もかもが三人の想像を超える未来にまで至っていた。
トレイが名無しに惚れ、名無しがそれに応える……なら、ジェイドはそのあとどう動いて、彼は日々を潤すのだろうか。
「………」
揺さぶられる覚悟で話す、スマホをあてがう耳元。
名無しは、そこでその揺さぶりに案の定、分かっていても心身を乱されていた。
『その反応……フッ、貴方は本当に分かりやすい。では電話を切る前に本題です……週末。会いましょう……?僕の部屋で』
「!な……わたし、何も言って……それにジェイドにはもう……。――大体、週末は忙しいんじゃ……」
『?おや……寂しいことを仰るんですね……もう会わない?さっき会ったじゃないですか……まあ偶然ではありましたが……ふふ』
名無しは自宅の玄関を通ることも出来ないまま、ジェイドの言葉に耳を傾けていた。
もっとも、このまま外で通話し続けるわけにもいかないことは本人が一番よく分かっていたゆえに、機を窺って帰宅し、自室へと直行してはいたのだけれど。
飛び込むつもりだったベッドには腰を下ろす程度。
揃えた両膝は、万が一服の中に何か変化が起きても、絶対に毅然とし続ける為でもあった。
自分の気持ちに素直になって、好きだと思える人が出来た今、間違いなど起きはしないとたかをくくっていても、まだどこかに潜む不安の残滓が名無しを襲う……。
小さな塵芥程度のそれだって、原因がジェイドとあらば、脳裏に渦巻くのは淀んだ感情のほかにないだろう。
「トレイの……。トレイに、約束したから…――わたしもう、ジェイドとは…今の関係は……続けられないよ……」
『では、違う関係ならいいんですか?』
「な……っ」
知りたかった別れ際の出来事、その真相はもう聞けたのだから、さっさと通話など終わらせればよかった。
名無しが簡単に終話ボタンをタップできなかったのは、それが人としての礼儀に反することだという自覚があったのに加え、こちらを翻弄するジェイドの話術に嵌っていたからだ。
絶妙に反論できない理屈を通され、返す言葉を発するのに精一杯だった。
それが会話として成していることに繋がっていても、黙ったまま居るのもなんだかやるせないと思わされる。
そしてもう会えないのだと幾度も幾度も伝えども、飄々としたジェイドは絶対に折れようとしなかった。
いつも肌を重ねる時と同様巧みに誘われ、名無しは彼のペースに呑まれようとしていた。
「ジェイド……ッ」
『僕はどんな関係でも構いませんよ。たとえば、ふふ……まあ恐らくは、僕は二番目ということになってしまいますが。ですからお互い割り切っていたじゃないですか、身体だけは楽だと』
「ッ……」
『ちなみに……この週末、副寮長が忙しいのは本当ですよ。ただ、僕の仕事はもう片付いているので、会うには好都合というわけです……抱かせてください?名無し』
「そんな……勝手…私は……」
帰宅して鞄を足元に置き、空いたその手で頭を抱えながら通話する。
名無しの表情は少し草臥れていた。
まあ、トレイとの濃密な時間を過ごした後というのもあったけれど、その直後にジェイドから激しい揺さぶりを受けていれば、混乱するのもおおよそは当然だ。
もう言葉で確かめ合った。
歪んだ出会い、身体が先行していたけれど、トレイと確実に恋愛関係へと進んだ既成事実を名無しは作った。
そんな彼女にとって、ジェイドは本当にもう会うべきではない人物だった。
ここで靡けばただの淫蕩、性の乱れた最低の女だろう……そうならない為に必死に断る名無しが脳裏で思うのは、やはり電話に出るべきではなかったということ。
結局、鉢合わせの原因を知りたいという理由をいいわけに、本当は自分がジェイドと話したかっただけかもしれない。
折れない彼を都合よく利用して、何度も誘ってくるジェイドの言葉に浮かれ、そこに高揚感を見出しているだけかもしれない。
「……ッ…」
そうやってまともな思考になれないでいるのも、決めつけから迷いを生じているのも、すべては他ならぬジェイドの所為だ。
けれど――。
「私……は……っ」
『名無し――』
それでも。
機械ごし、甘い言葉で囁かれても、絶対に首は縦に振れないし、振らない。
たとえ見えている答えを口にするまでに遠回りをして、迷走してしまったとしても。
「…っ……」
名無しの言葉には最初から、そして最後まで、強かな想いがこもっていた。
「ッ……、今は違う…もう割り切れない……!ジェイドには……会わない……」
『!』
頭にあてがっていた片方の手を、スカートの上からでも下半身に移す。
下着と生地を介して、それでも少しでも違和感を覚えたのなら、或いは誤った想いを言葉にしてジェイドに訴えていたかもしれない。
そのとき名無しが彼を突っ撥ねることができたのは、ふいに目を閉じ、そこでトレイの笑顔と向き合っていたからだった。
失いたくないと思ったものの唯一、そのためならどんな誘惑だって撥ね返せる。
ジェイドが折れないのなら、こちらも折れずにいればいい……それだけのことだという単純な摂理に、彼女は気付いていた。
『今、何と……?』
「……ジェイドが私に、トレイを……あのとき引き合わせた…それで……」
『ええ……正直、彼がここまで貴方に本気になるなんて、思いもしませんでしたよ……ですが僕にとっては、それが楽しくて仕方ありません……ふふふ』
「ジェイド……」
『あの海で抱いたきり……僕も、そろそろ貴方の身体が恋しいです、名無し……貴方を抱きたい』
「ッ……それでも会えない…。……私、トレイが好き……ほんとに……だからもう、あの人に嘘は付きたくない……!何て言われたって、もう……ジェイドには会わない」
『………』
血迷わない。
どんなに甘い誘惑に襲われても、もう揺るがない。
だから逆に話し続けられるのかもしれないと思った。
名無しはジェイドに否定的な気持ちを確実に伝えたことで、少し態勢を持ち直していた。
苦悩するだけ馬鹿らしい。
意図せずとも鼻につく女々しい女、気の強い可愛げのない女、そのどちらにもなりかけていたけれど、目を閉じて素直になって、自分らしさが見えて心底救われた。
何より、頭の中で手を差し伸べてくれるトレイが、名無しを救ってくれた。
『………』
ベッドから立ち上がり、部屋のカーテンを閉める為に窓際へ行こうと一歩を踏みしめる。
この勢いのまま、ジェイドと終われればいいと思いながら……。
が、その一歩目の踵がフローリングを覆うカーペットに着いたとき、名無しは身体に小さな違和感を覚えていた。
それは通話の主導権を握りかけていた名無しが、その権利を再び、ジェイドに奪われた瞬間でもあった。
「ジェイド、……もういい…?切っ……」
『ふむ……、でしたら……貴方も。――……ご自分の気持ちに嘘をつくのは、おやめになるべきでは?』
「…ッ……、え……」
『僕も使えますよ?……スプリット・カード』
「ッ……!」