主≠監。
shivering butterflies
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散々愛し合って、ベッドの上でも軽くまさぐり合った。
同級生からのしつこい電話に邪魔をされても、結果的には穏やかに時間は過ぎていた。
その穏やかな時間に自ら波風を立てるような真似をして、トレイが驚かない筈もない。
案の定、眼鏡の奥の瞳は大きく見開いていた。
それでも名無しは、これがどんなに急な展開かと自覚していても、強い意志のもと自ら口を開いた。
嘘じゃない。
冗談でもない。
紛れもない本心である気持ちを、言葉にして……。
「ッ……」
「名無し……?!待て待て……そんなに焦らなくても、俺は……」
「焦るよ……!」
「、っ……?!」
「トレイは…こんなに優しくて、私のこと……こんなに大事って想ってくれて……だからわたしが…今度はちゃんとそれにこたえないと……」
それは、ベッドシーツに出来ていた皺を伸ばして、身支度が整った二人が共に部屋を出ようとしていたときのことだった。
出入り口のドアノブに手を掛けていたトレイの手首を、硬直させるほどの言葉をぶつけたつもりは名無しにはなかった。
そう思うのは、当たり前のことを話していたつもりだったからだ……。
けれどトレイは驚愕の表情を作りながら、背後に居た名無しの方を振り向いた際にも同様の顔色を隠そうとはしなかった。
先延ばしにしたくないのだという想いの伝わる彼女の決意を目の当たりにして、トレイはドアノブから手を離し、改めて名無しと向き合った。
「…名無し……」
「っ……急にごめん…、こんな……帰るときに…でも……っ」
「名無し……大丈夫だ、そんなカオするな…」
「でも……これくらいしないと。ちゃんと伝えたくて……私…トレイの……ッ、関係が少し進展しただけの、セ…フレ……でなんて…もういたくない……」
「!……」
中指で掛け直した眼鏡のレンズは曇っていない。
視界も悪くない。
トレイにとって鮮明に映っていた名無しは、どんな色の織り交ざった表情をしていたのだろう。
「…名無し……お前……」
優しく抱き締めて、キスをして、いつものように気配を消し周囲を欺いて、愛しい人を学園の外へと送り出す。
そのつもりでいた途中での告白、今起きた出来事がまだ自室の中でのことでよかったと、このときトレイは密やかに思っていた。
決してゆっくりできる時間は残っていない。
けれど真面目に話す名無しを蔑ろにはできなかったし、だからこそ彼は再び言葉を模索する。
名無しのそれに、嘘偽りなど微塵もないのだろう。
彼女もまた真剣になってくれている。
が、ただただ嬉しい筈なのに、トレイは自身の本音が滲み漏れているかもしれないという焦りも少しばかり感じていた。
知らないうち、プレッシャーというか、圧をかけていたのならば、それは間違いなく自分の落ち度だ。
他人のユニーク魔法だって、好奇心と欲望まじり、喜ぶ顔見たさ。
好きで使ってみせただけなのに……。
「そうか……あのときの。……俺の喩え方が悪かったな……」
「ッ……ちがう…そういうのじゃ……」
「名無し。……本当に焦らなくていいんだ…その気持ちが……俺はめちゃくちゃ嬉しいよ」
「トレイ……」
「……あいつとはもう会うなって。――……本当は何度も言おうとしてたのが、顔に出てたのかもな……フッ」
「ッ……、んん……!」
目の前でお互いの目を見て、言葉を交わして、身体も重ねて、本心も話して来たつもりだった。
分かり合っていたと思い込んでいても、まだまだだということだろう……。
痛感させられるもどかしさもあったけれど、通る道だと思えば耐えられた。
トレイは僅かに孕んだ焦りさえも自分の味方につけ、弱さを敢えて名無しにさらけ出した。
出会いも繋がりも、すべてはジェイドより後手に回っているし、その事実はどう足掻いても変えられない。
それでも誇っていいと思った。
いまの彼女が見ているのは、ジェイドではないのだから。
たっぷりと愛情を込めたキスで、名無しの曇った表情を吹き飛ばすことが出来るのも、今はただ一人、自分だけなのだから――。
「ちゅ――……もう一度言うよ。だから焦るな……絶対に切れない奴なんていないだろ?…そうだな……少し時間のかかる…切りにくい男なんだよ……きっと」
「ッ…そんな、……簡単に……」
「簡単さ……それに、そういう相手なんだって、俺が分かってるだけ話も早いと思わないか?まあそうだろうよ……ジェイドだからな、相手は……ハハッ」
「、ッ……――ありがとう…トレイ……」
「お前のペースでいいんだ……あと、そんな深刻そうなカオはもう無しだ……な?それでも俺は、お前の彼氏だよ。もうとっくに……――」
「!っ……トレイ……ん!んッ……――」
トレイがひっそりと胸を撫で下ろせたのは、こちらの気持ちが名無しにちゃんと響いていたからだと彼は思った。
小さく紡いだありがとうの一言がそれを物語っていた。
ここまで都合よく理解している男もどうかと思う……勿論否定はしない。
けれどトレイが無理をしていれば、恐らく名無しの口からは謝意だって漏れないだろう。
甘い雰囲気から変動していた、シリアスなそれをまた少しラフな方向へと、困り顔と優しい眼差し、そして口吸いで持ち直す。
こういうことが自然にできるのも長所のうちだと考え、トレイは名無しに何度も口付けた。
沈んだ顔は見たくない……ずっとずっと、彼女には自分の隣で笑っていて欲しいから。
「ン……。――…お前だってそうだ……お前はもう、俺の彼女だ……名無し」
「!――……っ、…うん……」
歪な存在はまだ消えない、その関係も一言では言い表せない、断ち切れない。
それでも、ちゃんと言葉にすることで確立するものもここにあった。
自覚し合って、名無しはトレイに「それ」を言われたことで抱いた嬉しさに、再び笑顔を取り戻していた。
確立したもの……もう身体だけの関係じゃないのだと、はっきりと言いきれる深い事実に――。
「行こうか」
「ん……」
変化のあった名無しの顔を見てトレイも口角を上げると、彼は三度び名無しに唇を重ね、漸く部屋のドアを開閉させていた。
そして名無しは、これからはトレイの隣にいることに強い後ろめたさを抱かなくて済む安心感から、分かれ道まで、ほんのりと赤ら顔のまま彼の後ろに続いた。
次の約束まで、その色付いた表情のままで今日という日を締めくくれたらと思う温かなきもちは、双方一致していたことだった。