主≠監。
shivering butterflies
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「悪い、ルーク……今気付いたよ……にしても掛け過ぎだろ……」
早く起き上がらなければ、また気持ちがむらついてしまう。
トレイの疲労を余所に理性と少し向き合っていると、手渡した彼のスマホに名無しは救われていた。
まあ、手渡したあとも再びその逞しい片腕にとらわれてはいたのだが……。
その腕の中で名無しは、トレイがスマホで着信を受けている一部始終を見守っていた。
電話の相手は、彼が名を呼んだことですぐに分かった……同日、性行為に走る前に話題に出ていた、恐らくは本人だろう。
「ん……あー、……ちょっと眠っててな……ああ、実は調子がよくないんだ……。いや…熱はないんだが……だからその予定してた実験は、明日に回してくれないか?」
「!」
トレイが気さくに聞こえる声音を拵えながら電話と向き合っている姿を見ると、寝起きと自ら告げていても、擦れ声を聞かれたくないのがよく伝わってくる。
不調を訴えつつも明るく振る舞うことに一見矛盾は感じるけれど、それは相手に対するトレイなりの気遣いでもあるのだろう。
クラスは離れているらしいただの部活仲間でも、そうやって敬うことを誰であろうと一切怠らない姿勢には感心させられる。
まあ……ベッドに女が居て、その女と今の今まで寝ていた、なんて事実など、誰が相手でも話せたものではないのだけれど。
「……ああ。そうだよ……分かった分かった…!見舞いなんて大げさな……大丈夫だ」
トレイは、通話状態にある相手のルークと実験のことについて話していた。
名無しはなんとなく聞こえてくる陽気な相手の声色に驚きながら、なおもトレイの腕に抱き寄せられている。
きっと部活動は順風満帆なのだろう……そのルークという同級生とも関係は良好のように窺えたし、だからこそ胸が痛むのは当然だった。
自分の為に身体を張って、予定が狂っているトレイを目の当たりにすれば、頭部を預ける彼の腕枕に甘えていることすら烏滸がましいのかもしれない。
「……っ…」
「……。――ん、……ああ。それじゃあまた明日な……はいはい……お疲れさん!」
しつこかったルークからの電話にも気さくに応え、上手く演じて予定を変更してみせる。
彼をかわすためとはいえ、トレイに無駄な気を遣わせてしまった……。
多少なり、そのことで名無しは申し訳なさを抱いていた。
そしてそういう空気感というものは、なかなかどうして本人に伝わってしまうものだ。
トレイはルークとの会話を軽やかに終わらせると、一瞬の淀みを見せる名無しの表情を逃さず、更にまたきつく彼女を抱き寄せた。
それはもっと素直になりたい、なるべきだと感じる名無しの想いとはまた別次元の話だった。
自分の所為だと思わせない為の上手い言葉を、トレイはその場で瞬時に模索していた。
「……ハァ…流石にこれから実験はきついからな……ハハ。まあ、自業自得だな……いい勉強になった。……ってことで、リミットは少し伸びたわけだが……一分を十分に変更、と」
「っ……待ってトレイ……わたし…、あ……ッ」
「ああ……お前が気にすることじゃないぞ?好きでやったんだ……俺がお前のために。……なかなかキツイ運動にはなったけどな、フフッ」
「……ッ…、トレイ……」
体調不良を訴えた途端、嘆きを表す単語と共に見舞いを匂わせたルークを正面から突っ撥ねたトレイにとって、名無しの懊悩を吹き飛ばすことは意外と小事に過ぎなかった。
女心は複雑だ……それに自分たちの関係を考えれば尚更である。
それでもルークを今この場に来させないことの方が、トレイにとっては難しかったのだろう。
電話を終わらせ、無造作にスマホを投げつけたのは枕元に、ぽふりと落とす。
寝返りを打って名無しと向き合うように彼女を抱き締めれば、ゆうに過ぎ去っていた一分のリミットを、トレイはご都合主義で改めてみせた。
「フッ……体力面でも。精神面でも問題なさそうなら、いつだってお前にスプリット・カードを使ってやりたかったんだけどな……さっきも言ったが、やっぱり間隔は空けなきゃな」
「…ッ……もう、……わたしは…大丈夫だから……」
「本当かぁ?素直に感じてただろう?――……あんなに気持ちよさそうにしてるお前を見ちまったら……少しくらい頑張ってもいいなって、思わされるんだよ……俺も」
「、…トレイ……ッ…んぅ……」
名無しはそのとき、元々決まっていた自分と会う時間が、トレイが部活に顔を出すまでの空いたそれであることを知った。
予定していた実験がなくなった今、神経質になって時計とにらみ合わずに居られたことは幸いだ……肩の力も自然と抜けたし、何より地に足の着ききらない焦りがなくなった。
勿論、トレイに負担をかけさせた件を思えば、胸元は締め付けられたままだ。
けれどまだほんの少し、ベッドの上でただ抱き締め合うだけのそれが許されていたことは、名無しにささやかなゆとりを齎した。
「………」
今のこの感情さえ、矛盾にまみれていることは承知の上。
罪悪感に安堵感。
せめぎ合う両方に、諭されて納得する、単純でむしのいい脳内。
ただ、トレイが巧みに自分を統べてくれるから……甘えてこのまま流されれば、或いは本来の望む関係に進めるかもしれないと思えた。
「フフ……やっぱり三ヶ月後かな。この疲労感を完全に忘れた頃にでもまた……ああ、それまで俺ひとりで我慢できるか?んー……?」
「!な……もう……、トレイだけで私は…十分なのに……、んう……!ん……チュ…」
「ちゅ……――……フッ…可愛かったぞ、ホントに。――……よし、それじゃあ正門まで送るよ。俺もいい加減着替えるから、少し待ってくれ……」
「っ……、うん…――」
不意にキスをされ、触れた唇の熱に浮かされれば、肌が火照り始めることをトレイは分かっているのだろうか。
一瞬一瞬の些細な言動が、好きという感情にいくつものブーストをかけてゆく。
頭を抱えて、考えれば考えるほどにトレイが愛おしいと思うようになって、名無しはその気持ちを大切にしたいと痛感していた。
それらは全部、おそらく……ジェイドには感じなかった想いだったから――。
「………」
目まぐるしく行き交う感情。
名無しは少しでもトレイとベッドの上で一緒に居られる時間が延びたことで、またひとり静かに期待と不安を孕ませた。
疲労の色の強い彼に、たった十分で何が出来ようものか……。
されとて少しくらいは、真っ白い景色を見させられるかもしれないと、浅ましい欲望も膨らませる。
もっとも、今は流石にキス止まりだったけれど……それは当然と言えばそのとおりだ。
彼が自分から起床して、名無しを送るために着替えを始めたことは、名無しがトレイにより強く信頼を寄せるきっかけにも繋がっていた。
「――……よし。お待たせ、名無し。……次はちゃんと、週末は映画に行こうな」
「!あの……トレイ…」
「ん……?」
その後トレイ同様、名無しも起き上がるとすぐに身嗜みを整えた。
触れた唇はまだ熱いままだった。
けれど、切り替えていよいよ訪れた別れ際のとき、笑っているべきだと思うのもまた当然だ。
忘れ物がないかもタイトに確認して、健気に、そしてすぐにトレイのペースへと自分の動きを合わせる。
「………」
名無しが身支度に遅れをとらないようにしていたのは、学園の敷地や寮への出入りのため、周囲に気付かれないべく、いつもしてきたことだった。
が、迫る別れの為に笑顔を作った直後、名無しはその笑みを自ら掻き消していた。
たとえ次の約束ごとを話す楽しげなトレイの表情を曇らせることになっても、その曇りをもう見ないで済むのならと、それは彼女なりに考えた結果でもあった。
「……――」
「どうした?」
今話すべきだと思った。
次でいい……、ではいけないのだと。
すべては、トレイを想う気持ちが本当だからこそ……――。
「――……には、……もう、…」
「……?」
「ジェイドには……もう会わないから……っ」
「!」