主≠監。
end in melancholy.
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アプリで見た最新の天候は晴れだ。
それは今日一日変わることはないらしい。
でなければ今、名無しはそこにいないだろう……。
そうだというのに、まるでひと雨来るのではないかと思う程、彼女の心は暗い雲にひどく覆われていた。
驚愕、困惑、動揺。
それらに加わる小さな嬉々が、ほんの僅かに足を竦ませる。
「なんで、どうして……?ふふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか。天気の良い暑い日。週末。……珍しくフロイドが泳ぎ倒したいなんて云うものですから……ね?」
「ね……って…」
いわゆる海開きなるものがそこに存在していなくとも、夏が近付けば自然と海に人は集まる。
広い砂浜には人々が一定の間隔をあけて訪れており、名無したちもそのうちのひとグループに過ぎなかった。
密度はまあ普通だ……閑散としているわけでもなければ、混雑しているというわけでもない。
ただ、そこが複数人で来るような場所と捉えたとき、友人たちから離れた場所で一人休憩していた名無しは、単数ゆえに少し目立っていた。
それは海側から浜を見たときにも同じことが言えたのだろう。
「ああ、ご安心ください。フロイドたちはこの先、もっと奥の方に居ますから……広いですよね、ここの砂浜……清潔感もあって、確か非常に人気のスポットだとか」
名無しは一人になっても浜で座り込めるよう、律儀に持参していた自分用のレジャーシートをそこに敷き、飲み物を片手に休んでいたところだった。
休むことを友人に突っ込まれなかったのは、少し前まで、皆でビーチバレーに精を出していたからだ。
来たからにはとことん遊ぶし、めりはりもつけ、時にはきちんとクールダウンもする。
離れていたのは、少しでもはしゃぎ声が聞こえない、静かな場所でゆっくりしたいと思ったのが理由だった。
「……たち…?二人で来たわけじゃなくて……?」
名無しは目の前の水面からジェイドが顔を出した瞬間、きんきんに冷えたメロンソーダを口にする為のストローが口元から離れていた。
握力を失わないことにも必死で、手中にはプラのカップが汗を掻いている。
彼女にとっては久しかった、ジェイドの本来の姿を急に目の当たりにするというのは、まあ驚かないわけにもいかないことでもあった。
会うときはその大体が魔法薬の力に頼り、彼は人間の姿として自分に接している。
シャワーを浴びる時だって、逆に立ち続ける必要があるのだから人間のままだった。
そのとき、名無しが目にしたジェイドはとても生き生きとしており、水中に居ることを存分に楽しんでいるように見えた。
「正確には、フロイドの所属するバスケ部の皆さんと一緒です。どちらかと言えば僕が付いてきたことになりますね……まあ、僕もたまには泳ぎたいので……ふふふ」
「ッ……ああ……そういう…」
「……心配しなくても偶然ですよ……ひとりで遠泳していたらここまで来ていたんです。まさか貴方が居るなんて思いませんでしたよ、本当に。……ですが…」
「!……あ……」
元々海の中で生活していたのであれば、ここは名無しの目が狂っているというわけでもないのだろう。
実際ジェイドは本当に楽しんでいたようで、言うなれば珍か、彼らしくもなく今ははしゃいでいた様子だった。
たとえ二本の足で陸を歩き続けることに慣れてきても、元の生活と比較したとき、抱えるストレスは決して小さくはないということだ……。
特にジェイドは学園内でやることも多いと聞いていたし、本来の姿で好きなだけ泳ぐことでそのストレスが発散できるのなら、人魚ならば誰だって海の中で好きに舞う筈だ。
とはいえ、名無しの驚きは変わらない。
更には彼女にとってこの日は、ジェイドと鉢合わせるには少々都合がよろしくないわけがあった。
それを思い出し、名無しはばつが悪そうに、立ち上がって海沿いギリギリに近付いていた身を一歩、また一歩と後退らせていた。
「ええ。お気付きですか?今日は貴方が、僕の誘いを断った日でもあります……ふふ」
「ッ……あ、その……ごめ……、わざとじゃ…」
「勿論分かっていますとも……あそこでビーチバレーを楽しんでいるグループがそうですよね?そりゃあ僕なんかよりも、クラスメイトとの交流の方が大事です」
「う……」
「……まあ、そうは言っても…断られた僕は僕なりに傷ついたんですけどね、ふふふ……だって次は三人で会いましょうって、ねえ?先日そう話していたところを……」
「!それは……」
ジェイドがこの海に来ていた理由は分かった。
少々自惚れが過ぎたか、自分を追っていたわけではないことにホッとするも、名無しがそう思う理由もまたそこにはあった。
友人たちと此処へ来るのを決めていた今日という日、名無しはジェイドに、同日あとから誘いを受けていた。
もちろん、海へ行きませんか?なんて誘いではない。
自分たちが会うのは、彼の部屋でセックスをするときだ……。
名無しはジェイドから連絡を受けた際、既に友人たちと約束をしていてよかったと思っていた。
単純に用があるという真実を告げることで断ることも出来たし、嘘をつかずにいられたことで、胸も締め付けられずに済んだからだ。
この機にジェイドと会えば身体は満たされる。
けれど、目を閉じたときにトレイを思い出さない自信が、そのときの名無しにはなかった。
一度は話していた、次は三人で会おうという約束を全うできないことには悪いと思いつつ、それでももう三人では会えない理由も、そこに生まれていたゆえに――。
「っ……ほんとに、その……」
「ふふ……貴方は、いつから僕の冗談を真に受けるようになったんです?……傷つく?誰がですか?フッ」
「!!……ッ…、もう……。はぁ……」
「いいんですよ……本当に、お気になさらないでください?おかげで僕も、久々に好き勝手運動できましたから……海の中で。……ああ、ただ……」
「、……?」
名無しが手に掻いていた汗が徐々に引いてゆく。
そもそも暑いのだし、汗が流れるのは当然だ……そういう季節の入口に、場所だって海を選択していたのだから。
名無しは持っていたメロンソーダの炭酸が抜け、氷も解けて味が薄くなるのを懸念し、美味しくなくなる前にそれを喉に流し込んだ。
数分前、ジェイドに驚いていた自分が嘘のように感じたのは、再びストローに唇をあてがったときに自覚済みだ。
彼が自分を追っていたのでないことが分かれば、驚愕という事実は、ただの偶然だけに向けるべきものへと変わっていた。
ただ、なかなかどうして、既にメロンソーダの味はあまりいいものとは感じられなかった。
「フロイドやバスケ部の皆さんが、そろそろ気が付くかもしれませんねえ……このあたりの女子の多さに。ふふふ…声をかけて来る可能性の有無は……流石に僕には言いきれません」
「っ……ジェイド…」
「……この先に、海中を通ることで周囲から死角になる場所があるんです。といっても先程見つけたんですが、まあ岩陰ですね……ふふ、ベタですよね」
「!」
名無しは一度海面の傍から離れると、自身のレジャーシートを敷いていた場所まで戻った。
空になったプラカップを、そこに置いていたビーチタオルにくるむ為だ。
貴重品は防水のポシェットにスマホごと友人に預けていたし、離れること自体にも特に問題はなかった。
そしてすぐにジェイドの元へ近付くと、彼は眉を顰め始めていた。
本来の姿をしていた分、場の浅さへの少々たるもどかしさと、恐らくはジェイドもそれなりに懸念を感じていたのだろう。
自分たちの接触している様子は、例外なく誰に見られることも避けたかった共通項である。
「、……それがどうし…」
「少し泳いで……行きませんか?僕と。……名無し」
「ッ……」
ジェイドは頭の回転の速さゆえか、考えられること、起こりうることはすべて、その脳内でいくつかのパターンを想定しているのだろう。
単独行動をしていても、フロイドたちがこの近辺に来るかもしれないことを、名無しにぼかしながら訴える彼の表情は何とも言えなかった。
いっそ鉢合わせてしまえという面倒なことを期待してそうでもあり、はたまた、それは断固拒否すべきですと言いたげでもある。
名無しが汲むのは当然後者だ……自分だって、ジェイドの周辺の人々に顔を知られるわけにはいかなかったのだから。
が、その為にジェイドが便乗して提案してきたことは、名無しが簡単に首を縦に振るわけにはいかないものだった。
それを見越しているジェイドの腹黒さにしてやられたことが悔しくて、名無しは突然の誘いに再び動揺し、サンダルのつま先で足元の砂を蹴った。
「っ…でも……」
「ご友人方の居る場所からわざわざ離れて、こうして単独ご休憩していたのなら……もう暫くは平気でしょう。……誘いを断ったお詫びとでも思って、ね?少し付き合ってください」
「ッ……それを言われると……でもそういう問題じゃ…!ジェイドだって……」
「ご安心ください。僕がフロイドたちに何の伝言もなしに、ひとりで遠泳するとでも……?僕もしっかり、今はひとりの時間を楽しんでいる最中なんですよ」
「ジェイド……、……!わ……」
「ものの数十秒です……さあ、深く息を吸って?行きますよ」
「!!」