主≠監。
end in melancholy.
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事後を経て、物理的にトレイと離れた身体が水分を欲したとき、名無しの咥内にまだ残っていたのは、彼を含んだときの感触に加えてもうひとつあった。
心地よくあとを引く味覚は、ペットボトルの水を飲んだ後も続いていた。
『え…?!そんなに美味かったのか……?』
『ん……ずっとクリームが、その……甘かったけど、すっきりしてて……やっぱり私の好…好……』
『好きな味、だった?好物だって言ってたもんな、お前』
『ッ……、うん…』
ベッドと背中のあいだに伸びたトレイの手は、ひどく掻いた汗の所為で進みがよくなかった。
が、名無しを抱き起こす為には必要な所作だったらしく、トレイはグッと腕を押し込んだ。
ぐったりとした名無しを抱擁しながら、片手では手探り、眼鏡を探す……。
手中がレンズにあたった感触が走れば、トレイはひとり、眼鏡がベッドから落下していなかったことに胸を撫で下ろしていた。
『フ……、そんなに気に入って貰えて嬉しいよ……本当に。――……また作ってやるから、食べてくれな?』
『……たッ…、食べていいなら……!!わ、わ……』
『いいに決まってるだろう……?時間が合えばいくらでも作るさ。もう今日みたいに、お前の身体を器に見立てたりしないしな。フフッ』
『う……っ』
――事後、トレイは名無しを抱きかかえながら浴室へと向かった。
彼女の内腿に垂れる自身の白濁が視界に入ったとき、不覚にも再び下半身には熱が帯び、気を逸らす為に直行していたのだ。
風呂場でゆっくり、退室前に微睡む体勢を作りたいとは既に願っていたことだったし、名無しにも元々事後の入浴は促していた。
行為のあいだに孕んだ疑問もいまだ抱えていることだろう……。
それを話すには、ゆっくりと湯に浸かるのがベストだということも、わざわざ口にするまでもなかった。
『……まあ、それでだ、名無し』
『!……ん…』
名無しはそのとき、浴室まで移動して、自分は再び抱かれるものと思っていた。
いつもの流れならばよくあるパターンだったからだ。
が、真面目に湯船を張り直すトレイを見ていて、別に今はそういうシーンではないのだなということに気付く。
まあ、胸中抱いてしまった問いにも答え合わせをする必要があったのならば、余程性欲に駆られて夢中にならなければ、ここは制圧される恐れもなかった。
名無しがそこで抱かれていたのは、瞬く間に張り直した湯船にだけだった。
『――……フッ…そんな肩に力を入れるようなことじゃないさ。……なあ、さっき言ったのは、やっぱりどうしたって……あれが俺の本心だ』
『っ……トレイ…』
背中を預け、トレイにもたれ込んでの入浴は相変わらずだ。
名無しは力を抜き、ベッドの上で激しく乱れた身体を彼と共に癒していた。
トレイも優しく名無しを抱き締める……。
いま自分たちの肉体を繋げる気はなかった様子だったけれど、触れる行為そのものだけは止められないようで、なめらかな名無しの細腕を、彼はそっと撫で回していた。
そして互いに照らし合わせるべき自分たちの本音を、真剣な声色で静かに紡いでいた。
『……分かってるんだよ、お前があいつと切れないことは。だから俺なりに、お前に願いたいことはひとつだ……。――……好きでいてくれ、俺のこと……』
『ッ……――』
トレイの気持ちが、想いが、すべてその言葉に込められていた瞬間だった。
場所はどうだろう……これがいわゆる告白に値するのであれば、もっと他に適所はあったのではなかろうか。
が、その適所さえ例が脳裏に上手く浮かばないほどには、トレイは名無しにまっすぐだったし、なにより自身の発言に集中していたようだった。
『トレイ……あの…ッ……』
同じ機、名無しが聞いていたのはその本心と、微かに響く心地好い水音だけだ。
水面が揺れ、抱き締められている自身の体が少し窮屈に感じたのは、トレイの抱擁に力が入った所為だろう。
こんな、自分のことを想い、慕い、考えてくれている……。
決して決して、真っ当じゃなくても。
本来重く捉えることも否めない……そんなトレイの言葉に、名無しは圧や嫌悪を感じるどころか、嬉しみを覚えずにはいられなかった。
こんなに身体も心も愛してくれる……。
名無しの気持ちだって、心だけはもう、とっくに……―――。
『、……ん?』
『…こんな……むしがよすぎるのかもしれない、けど……心配しなくても、その……トレイが好きだし……私はもうトレイのものって。……思ってるよ…?』
『ッ……、名無し…』
『――……こういうのは、絶対ちゃんと、普通の交際してる男女が言うこと…だよね……おかしなこと言ってるよね……でも、……切れない。けど…私はトレイの、……!ト……』
それは何度だって口に出して、音にして言いたかったことだ。
当然確かめ合うべきことだとも思った。
真っ当じゃない。
ただの想いが通じ合っているだけじゃない。
認めさせることもおかしな話で、納得することも間違っているかもしれない。
が、その存在がある限り、名無しとトレイは好きという気持ちに嘘がなくても、些細なことで齟齬が生まれる未来がこれから訪れることも分かっていた。
目を見て話して、どんなに好きだという本音を零しても、彼女には自分から棄てられない、逃げられない理由がある。
理屈じゃない……それを話すことで自分の価値を落とし、たとえトレイに幻滅されたとしても。
身体がもう知ってしまっている以上、切り離せない関係は既に、そこに生じているから――。
『!トレイ……くるし…まだ身体、べたべたして……んっ……』
『構わない……ああ……いいさ。俺もどうかしてるんだ……どうせ狂ってる。けど……切れなくても、お前のなかに俺が居るならそれでいいんだよ……お前が好きだから』
『……トレイ…』
『何も変わらないよ……今までもこれからも。それが一番だろう?ただのセフレが、ちょっと進展した……なんてな。それくらいに思ってて欲しいかな……俺もそうする』
『っ……ト、……!!ん』
まるで自分に言い聞かせる為に、自分から言葉を連ねるトレイの表情はどこか苦しそうにも見えた。
心のどこかで酷い葛藤をしているというよりは、単純に自身を納得させるための呪文のような……。
名無しはそれをトレイに話させてしまったことに少し罪悪感を覚えたけれど、そもそも罪悪感を抱くまでもなく、自分の矛盾した言動は咎められて当然のものだろう。
想ってくれている相手だけにすべてを委ねられない卑劣さ。
身体だけでしか繋がっていられない相手をどうしても切れない欲深さ。
その後者を切り捨てるだけのことが出来ない名無しは後ろめたさを揉み消すかのように、自身の心を、トレイの抱擁や言葉からなる愛情で満たしていた。
『ん……チュ』
『……!あ……』
『……悪い。……フッ……勃っちまった。……そんなつもりなかったのにな…ふふ』
一旦気持ちを無にすると、名無しのそこにスッと入って来るのは、ジェイドではなくトレイだった。
目を閉じれば尚更だ……脳裏に浮かぶのもトレイ。
心を満たしてくれるのもトレイ。
抱擁の派生でこめかみにキスをされ、彼が如何に、自分を想ってくれているかが身に沁みる。
自問自答はきっと、自らジェイドを切れる日が訪れない限りずっと続く……。
それでも名無しが隣に居たい、手を取りたいと願ったのはただ一人、トレイだった。
『ト……!んっ……や…、だってまだ…身体ちゃんと洗……っ』
『そうだな……ああ、ローションは持ち越すか。お前の水着姿のときにでも使うよ……な?……今はただ、俺はお前を抱きたい……ここで』
『ッ……も…っあ……――』
『好きだよ、……名無し……―――』
静寂を思わせる浴室が打って変わる。
緩やかだった水面が大いに激しさを増せば、それは浴槽が二人にとって、ベッドと相違ない空間になっていたからだった。
たとえ切れない身体だけの男が居ても、名無しとトレイが、自分たちのことを恋仲と改めて認識し始めたのは、そこでの行為が終わってから程なくしてのことだった――。
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