主≠監。
I'll get even!!
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――――。
―――。
「ん……」
「ちゅ……んん…――名無し……」
「ッ……」
たとえばホテルに来ることを当たり前と思ってしまえば、欲が増して我が儘になるのも無理はないかもしれない。
が、だからこそ、本来こういう場所には時々、間隔をあけて訪れるのがいちばん望ましいだろう。
……そうだというのに、何かに焦る必要もなく、そこが箍も枷も外せる空間であることを知れば、性懲りもなくまた同じ気持ちを味わいたいと感じてしまう。
欲望との戦いだ。
そしてその欲望にいつだって勝てなかったことを、いいように置き換えられるのもまた、きっと人間だけだ。
「どうした?そんなに俺が風呂で大人しかったのが不思議か?」
「っ……そんなことは…」
「いいや……いつもお前にがっついてるからな……自分でも分かるよ。ああ、珍しく襲って来ないなって思ってるんだろうな……って」
「!うう……」
いわゆるデートを外で満喫したあとは、問答無用で二人きりになれる場所まで来ていた。
部屋を選ぶときはいつもトレイに任せていたけれど、無表情で空室を示すパネルの一部に何の迷いもなく彼が指を添えたとき、名無しはその横顔に胸を高鳴らせていた。
モールに居たときとはまるで無縁、そのクールな表情に対し、それは不意に躍った気持ちだった。
同時に、この人は二人きりになれれば何処でもいいのだなと思いつつ……それでもこれから共に過ごす時間に、どうしても期待感が増してしまったのだ。
少し前まで互いに笑みを浮かべ合って、食事をして、買い物も楽しんだ……筈の、トレイはもう居ない。
部屋に向かう途中、昇降専用のエレベーターの中で重ねられた唇も、既に熱を孕んでいた。
「フッ……心配するな。今日はたっぷり、ベッドでがっつくつもりだったんだ……その前に、ほら……お待ちかねの」
「!!あ……」
部屋に入ったら、またいつぞやのようにすぐに押し倒され、有無を言わさず抱かれるかもしれない……。
エレベーターで交わしたキスには、そういう兆しを名無しは感じていた。
が、前兆がはずれた上に名無しが驚いたのは、トレイが真っ先に浴室に入り、そこで彼が湯張りのセッティングをしていたからだった。
名無しは保冷バッグの中身が心配だったけれど、最長で六時間前後はもつと教えてくれたトレイの言葉を思い出せば、彼がそれをテーブルに置いた理由にも納得が出来た。
とはいえ、手招きされて入浴の時間がすぐに訪れれば、今度はそこで抱かれるのだろうという想像が自然と生まれる。
けれどその未来が名無しに降りかかることはなかった。
洗面所に向かいワンピースと下着を脱いだ名無しは、同じく脱衣していたトレイとともに、瞬く間に泡で溢れた湯船に身を委ね、ゆっくりと入浴を楽しんでいた。
もっとも、自身の下着姿を好むトレイには、湯上がり後も新しい下着を着けさせられ、その上からバスローブを羽織らされていたのだけれど……。
彼もまたローブを纏うと、ベッドの上でぺたんと座り込む名無しの隣に横になり、その手には例の保冷バッグの、漸く中身が持たれていた。
「これ……!全部トレイが作ったの?生地から?!」
「ああ。一度お前に食ってもらいたかったんだ……カスタードは品質が落ちやすいから、衛生的にも本来長時間の持ち歩きには不向きなんだが……まあ今の時期なら問題ないよ」
「だから保冷バッグ……わざわざありがとう、嬉しいな……美味しいよねシュークリーム。大好きだよ……私」
トレイが手にしていたのは名無しの予想どおり、真っ白なとあるケーキ箱だった。
箱状に組み立てたときに持ち手がないシャープなデザインのそれは、見たまま大きな直方体で、底をトレイの目一杯広げた手のひらに支えられていた。
ベッドで横になりながら蓋を開けようとするトレイを見ていると、話に聞いていた、礼儀や躾に五月蠅そうな寮の中で彼がどれほど息苦しさを感じているのかも少し伝わる。
不満がないわけではないだろう……もちろん苦労も少なくないと察する。
自寮のルールが多く、幾分順守しているだけあって、こういうところで彼が自分と羽を伸ばしたがる気持ちも、名無しには分かるような気がしていた。
「フッ……そりゃあよかった。じゃあ早速……ほら、口開けて?名無し。あーん」
「えっ……?!う、……あー…ん…、んっ……!」
ベッドで行儀悪く、というよりは、ここはいっそベッドを卓上に喩えてしまえば問題ないだろう。
トレイもそのつもりでいたのだろうし、大体こういう場所に来て何かを口にするとき、わざわざちゃんとしたテーブルと椅子がある方がおかしな話だ。
とってつけたようにローテーブルとソファが視界に入る範囲に見えても、歩き疲れた湯上がり、律儀に座るのももう面倒だった。
「どうだ?俺特製、バニラビーンズたっぷりシューのお味は」
「ン……、ッ……美味しい…!まだ全然冷たいし。トレイ、ほんとにお菓子作り得意なんだね……ちょっと疑ってた…から……」
「!ははっ……そう言って貰えて何より。……やっぱり作った甲斐があったよ……お前のそういう喜んでる顔、最高に可愛い」
「う、……ッ……?ト……ッ」
名無しはトレイがケーキ箱を開け、得意げに自分に中を覗かせた際に見せた、その誇らしげな表情に少し胸を打たれていた。
実家や学園内で調理する頻度が他人より多い所為で、菓子作りが得意料理や特技のひとつにも昇華されている……。
それをその箱ひとつで証明していたことに思わず感動したのだ。
名無しだって甘いものに目はないし、トレイが自分の為に腕をふるい、時間をかけてわざわざ今日の為に作ってくれたのだと思えば、感動くらいはするのがきっと自然だろう。
部屋の照明はこういう場所柄、暗めであるがゆえに、その小物ひとつひとつに煌びやかさを感じることはなかった。
けれど名無しの目には、確かにトレイの作ったシュークリームが輝いて見えていた。
「そうそう……こっちのは生地を極薄にして、中にはカスタードとシャンティを半分ずつ詰めたんだ……たっぷりとな」
「……ッ…」
頬に触れたのは、箱の中から漂う保冷材の冷気だった。
トレイが実家のそれではなく、駅前の人気店の保冷バッグを持っていたのは、単純に今日の箱が入るサイズの扱いが自店にはないからだとこのとき説明してくれた。
ホールケーキを販売していても、遠方から来る客が少ないゆえ、そもそも大きめのバッグは製造していないらしかった。
それに加え、トレイは美味いと思った店のものは、自分から進んで開拓していくとも名無しに付け足していた。
自分の気を引く為……なんて少しでも思った名無しはそんな自分が恥ずかしかったけれど、知らないふりをして促されるまま口を開けることで、その場を赤ら顔で乗り切った。
「名無し」
「っ……トレイ、あの……ッ」
はじめに小ぶりなシュークリームを指でつまんでいたトレイは、それを名無しの口へ放り込むことで彼女の反応を窺っていた。
名無しは間もなく口内に広がるほのかな甘さに目を丸め、鼻孔へと通る香り高いバニラのそれには、口角を上げて嬉しそうな表情をみせた。
湯上がりの火照りも穏やかになるほど、しっかりとクリームまで冷たさが残っていた菓子たちは、トレイにとっては本当に自信作のようだったらしい。
名無しのリアクションに安堵し、同じように喜び、続けてふたつめも口元へとあてがう。
そしてトレイは、指先が彼女の唇に、やわらかな感触を覚えるとともに触れた瞬間、今度は箱の中にあった別のシュークリームに手を伸ばしていた。
いい意味でも、悪い意味でも、彼の笑みに陰りが差したのは、このときであった。
「フッ……やっぱり好いよな……。下着、食い込んでるの見てるだけで興奮する……脱がすのが勿体ないと思わない日がないくらいだ」
「トレイ……?!あ……」
「……今日のクリームは特に自信作でな。だから当然、俺も食べるつもりだったんだが……自信作を乗せる器は、どうしてもこれがよかったんだ……んッ」
そのときの名無しはまだ口内で咀嚼を続けており、生地もクリームもしっかりと舌の上で味わっていたところだった。
好物に分類するものとはいえ、すぐに食べるのは勿体ないと思うのもまあ普通だろう。
甘みを堪能し、自分にとっていちばんいいタイミングで、喉の奥にそれを通す……。
名無しの喉元が上下の運動を見せた矢先、トレイは自身の手のひらほどのサイズに相当する、一風変わった大きなシューを持っていた。
「ちょ……っと、まって…トッ……ト…!!ひゃ……」
それは通常のサイズよりも大ぶりで、見た目の形だけは普通のシュークリームに変わりなかったものだ。
が、クリームを閉じ込める生地に違いがあることは、名無しにも一瞬で分かったことだった。
使用していたもともとの粉が違うのだろう……見るからに弾力のありそうなもちもちとした生地は、今にもはち切れんばかりに膨らみ、中身が飛び出しそうにも窺えた。
一体どれほど生地にクリームを注入していたことか……勿論なにもしなければ、そのままの形状を保てていたとは思う。
トレイはシューの側面にかじり付くと、その部分から中身のクリームをわざと溢れさせた。
そしてローブを肌蹴させた名無しの腹上へ、惜しみなくそれを落とした。
「ん……大げさだな…そんなに冷たかったか?んん……!ハハッ……確かに冷たいな。……性能いいじゃないか、この保冷バッグ」
「トレイ……!なに考えて……」
「言っただろう?極薄のもちもち生地……クリームはたっぷり。かぶり付けば中身が溢れて、豪快に零れるんだ……けど、ここに落ちた分はいくらでも舐め取れる」
「ッ……わざと落として……」
「ああ、そうだよ?」
「……ッ…な……、ア……ん」
こういう場所へ来て、男女一組のペアがベッドの上で何もしない方がおかしいことくらい、勿論分かっている。
けれど、こんな形じゃない……。
何事にもタイミングはあるだろう。
名無しは当然、昼食のあとに敢えて食べていなかったデザートの時間を、トレイがここで作ってくれたという解釈に至っていた。
食い違いが起きたのは、差し出され、食べさせられた、彼特製のそれの用途をはき違えた所為だ。
そして腹上にクリームを落とされたことで、小さなシューと違って、大きなそれの見た目にトレイがこだわっていない理由もはっきりとしていた。
薄いきつね色をした表面の生地は、中身を運ぶためだけに在ったにすぎなかった。