主≠監。
I'll get even!!
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持っていた荷物を手にしていることが余程不自然だったのか、道ですれ違うたび、割と他人に振り返られた。
確かにそれを男が持つには少し女々しいかもしれない……シンプルだけれどマチの広いその手提げ袋は、大半が女性が持ち歩いているような印象だ。
そして名無しも同じようなイメージを持っており、トレイが前方からやってくるのが見えたとき、自然と彼の片手に視線が向いていた。
「名無し!――……悪い、待たせたか?」
「!ううん……わたしも今来たところだから……場所、合っててよかった」
「はは……すぐ見つけるに決まってるだろ?遠くからでもすぐに分かったよ……可愛いな、そのワンピース。行こうか」
「ッ……ありがとう…――」
待ち合わせは前にばったりと会ったあの本屋か、それともその本屋がある、街のランドマークの近く……どちらがいいかと尋ねられていた。
もっとも、訊かれたわりに「俺は後者がいいかな」と小さく訴えられれば、そう主張するトレイの気持ちを尊重しない理由はなかったのだけれど……。
断る必要だってないのだし、けれど待ち合わせをしてみて、名無しは初めてその真意に気付いていた。
暫くぶりの逢瀬、見慣れない手荷物を片手に。
本屋なんて限定的な色気のないところよりも、商業施設に溢れた賑やかしい場所を彼が選んでいたのは、きっと自分に錯覚させるためだ。
互いを結ぶ関係、そこに彩りを添える糸の存在が確かにあるということを――。
「……なんか、こういうの…」
「ん?」
「っ……デートみたいだね…周りも、その……週末だからカップルも多いし……」
「ああ……嫌だったか……?あそこに行くまで気晴らしに遊べるしと思ったんだが」
時々、スマホでネットサーフィンをしていると、身体だけの関係を持つ相手への定義について話し合う場を目にすることがあった。
勿論そういうカテゴリーを意図的に開かなければ、そんな話題を出しているページには行きつかないだろう。
名無しは現状には満たされていた。
けれどトレイと会うようになってからは、なんとなくそういうことを調べる機会が増えていた。
「あ……イヤじゃないよ!ただ……さっきもお昼、ご馳走になっちゃったし……なんだか悪いなって」
「フッ……気にするな……男にはこれくらいさせてくれ。普通だよ」
「……っ…うん……」
トレイと居るのは楽しかったし、一度外で偶然会ってからは、互いのことを今まで以上に話すようにもなった。
勉強まで教えてもらう仲になって、果ては今日という日、この有様だ。
恋人同士のように振る舞われれば、疑問符はもとより、気遣いの意だって名無しの中には自然と溢れた。
ただのセフレに対して、あまりにも優し過ぎるのだ……。
そんなトレイの言動に名無しが思うのは当然、二人きりになれる場所まで辿り着いたとき、今回は彼がどんな豹変をみせるだろうかという、期待と不安だった。
「初めて、かな…こんな……部屋に行くまでに遊んだり……何か食べたりするのって…、やっぱりデートっぽいというか……」
「……名無し…?」
「、……ジェイドとは、こんな風に会ったことないから……たぶん…」
「!……はは…っ」
「……トレイ?」
トレイの性癖は既に理解しているつもりだった。
字の如くその癖はなかなかに強いものもあったけれど、相性は良かったし、何より一緒に居て楽しかったのもまた事実だ。
いつもはトレイの方から名を出すジェイドのそれも、この日は敢えて名無しから振ってみせた。
トレイだけに集中できなくなるのは勿体ないと思うのもさることながら、気が散るのも正直なところ、敬遠したかったというのが彼女の小さな本音である。
「いや……悪い。俺ってば素直だろ……?嬉しいなと思って……」
「ッ……」
「これからも……今日みたいに会ってくれるか?名無し……俺はもっとお前と遊んで、飯食って、その……デートしたいと思ってるよ」
「っ……トレイ…」
「……ッ…勿論、楽しいからだぞ?それに、今よりもっと楽しいことだって、今日も待ってる。だろ……?」
「う……ッ…」
トレイは散々、平静を装っておいてジェイドの名を口に出す。
ジェイドも散々、平気そうに見えてトレイの名を口に出す。
自惚れ以前に何度も経験していれば、彼らがどれだけ意識し合っているかも自ずと知れた。
名無しにとっては二人を比べるなんてことは出来なかったし、切り捨てるという選択肢も勿論ない。
だからこそ、この関係が続けばいいと思えば思うほど、痛々しいまでにジェイドと自身を差別化しているトレイの何気ない優しさはいま、名無しに突き刺さっていた。
「………」
途中でごまかす仕草なんかは、ベッドで見せる時とはまるで違う表情で、その慌てっぷりは愛らしささえ感じる。
確実に性は意識させられている。
けれど恋愛となるとどうだろうか……保守的且つ、それでもなんとか進展を望まんとする片鱗がトレイからは見え隠れしていた。
本当にただの身体だけを求め合う存在ならば、わざわざ非日常の空間へトリップする前にこんな場所には来ないだろう。
ジェイドならばまずありえない。
だからトレイの優しさは何処までも目立ち、名無しの隙を必死で狙っていることにも気付かざるを得なかった。
そして無下に出来ないままでいるのは、間違いなくその身体に齎される快楽を、自分も求めているからだ――。
「……そうやって赤いカオしてくれてるってことは、イエスでいいんだな?」
「ッ……もう…」
「フ……ッ。……そろそろ行こうか……部屋に入ったら、お前に見せたいものもあるしな」
待ち合わせてからのトレイの言動は、傍から見れば完璧な彼氏として周囲の目に映っていたことだろう。
べつに手を繋ぐわけではなかった。
けれど適度に寄り添い、自然体で微笑み、時々頭を撫でられては、風で乱れた髪をそっと直してくれた。
用があって寄り道したショップで買った雑貨はその袋も持ってくれたし、重いし申し訳ない、恥ずかしいからと言って断っても、遠慮するなの一言で逆に断られた。
食事を済ませ、商業施設のエスカレーターを降りていた名無しは、再びトレイと言う存在の定義について考えた。
こんなに楽しいのは、今の関係だからかもしれない。
トレイはただジェイドに張り合っているだけで、たとえば腹に含んでいた気持ちを打ち明けられ、それに芳しい回答を用意したところで、未来が約束されるとは限らない。
身体から始まっていれば尚のこと……名無しは今のままでいいと改めて痛感していた。
ジェイドを切ることもできない状態でトレイが彼氏という立場になるなど、どうしても考えられなかった。
「?……あ…ひょっとしてその保冷バッグのこと?それって駅前にあるお店の……だよね?何入って……」
「ああ……大したものじゃないんだけどな……といってももうバレてるか?まあ着いてからのお楽しみだ、ふふ」
「?」
やがて二人が合流してから、時計の長針は既に三度ほど周回していた。
モールの長い通路は文字通り長く、出口を遠くに視線を上げ、外に通じるフロアへと前進する。
もともと何の為に会っていたのかと反芻したタイミングで、目的の場所にいよいよ向かうことも、名無しはトレイに促されていた。
ちょうどエスカレーターを降りたときにトレイは自身の腕を掲げており、名無しに手荷物を見せびらかしつつ、彼は初めてその手提げについても言及した。
名無しも口にしたそれは、保冷バッグによくある形状の手提げである。
名称どおり中には保冷を目的としたものが入っていたのだろう……が、トレイは移動先に到着するまで、その中身を明かすことはなかった。
「ほーら、余所見してると転ぶぞ?さ……行こう」
「ッ……ん…」
そのとき名無しは、いつかのベッドの中で軽く訊いていた、彼の実家のことを珍しく話したことを思い出していた。
となれば中身を導き出すことも他愛なかったのだけれど、保冷バッグそのものは名無しもよく目にしていた人気店のそれであり、トレイの実家のものとは関係ないようだった。
同業、他店舗のものを使っているのは、トレイに限って自分の気を引く為……ではまずないだろう。
単に甘いものが好きなだけかもしれないし、昼食後をアイスティーだけで済ませていた理由も、ますます点と点が線で繋がる。
まあ、部屋に着けばすべてわかるのであれば、名無しはそこで初めて差し伸べられたトレイの手に自らのそれを重ね、共に目的地へと向かうだけだった―――。
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