主≠監。
may be a crush
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「ハ……やれやれ……」
「!」
ただの偶然であれば、用が済めば少しの会話を経て、そこでやりとりが終わるというのはまあ普通だと思う。
それぞれがまた、別の用の為に解散するのもよくある展開だろう。
希望の棚への移動中は、小さな声音で決して深くない世間話に花を咲かせて、互いがその偶然に喜び合った。
名無しはトレイに探していた本の的確な位置まで案内され、自分の背では届かない場所に並べられていたそれを取ってもらうことで、このシーンの終焉を悟る。
それがどれだけ切ないことだったかを彼に匂わせない為、自然に振舞って笑みを零した。
けれど、一枚上手だったのはトレイの方だった。
「……ありがとうまで言えたのなら、じゃあまたねって……一言付け加えれば済むところだろう?そこは」
「ッ……」
「~……此処での買い物が終わったら、俺も暇だよ……今日は。――……お前が聞きたいのはこれで合ってるな?」
「!トレイ……ッ、わたし、何も言…っ、……う……」
トレイにとって、名無しが言語学を勉強しているのは初耳だった。
自分たちのそれとはまた毛色の違う場所へ通学していることくらいは、ピロートークの合間に訊いている。
それに多少魔法が使えるらしいというのも、共通項が増えれば会話にも困らなかったし、純粋に好奇心も擽られた。
そもそもトレイは、互いの会計が終わるまでは流れ的に店内を同行するのは普通だろうと思っており、気さくに話しかけることで名無しの様子を窺っていた。
そこには他意も何もない……ただ彼女の顔を見ていたいなと思ったのが一番の理由でもある。
が、名無しに本を手渡したとき、驚きの表情から一転、それが不安げに曇っていたともなれば、色々と勘繰る必要も出てきてしまっていた。
「……っ…」
喉は渇いていないか?
このあとどこか店にでも入るか?
そう聞くのが一番手っ取り早かっただろう。
それが出来ない自分が少し情けなくなったのは、名無しの慌てる顔にやけにそそられて、別の欲望がトレイに沸いていたからだった。
「フゥ……。約束もしてなかったしな……今こうやって偶然会っちまったからって、お前を困らせるのもよくないと思ったのに……クソ…ッ」
「ッ……」
「……名無し。……いいよな?」
「!……トレイ…ッ――」
それぞれがキャッシャーで代金のマドルを支払い、手に入れた本を鞄にしまう。
やがて書店の外に出た名無しとトレイは、そこで今日一日が終わってしまうことを嫌がり、場を去るべき為の初動も取れずにお互い立ち尽くしていた。
特に名無しは、たとえ偶然に託けたとて、帰りたくないだったり、もう少し一緒に居たいだったりという、本来何でもない筈の言葉をどうしても口に出来ないでいる。
ゆえに沈んでいた表情だったけれど、それをトレイが拾うのは、他ならぬ彼も同じ気持ちでいたからだろう。
別れ際の挨拶ひとつ言いあぐねる彼女のいじらしさが絶妙に愛らしかった。
トレイは自分が敢えて「折れてやる」ことで自尊心を守り、名無しに救いの手を差し伸べた。
「フッ……赤くなるのはまだ早いぞ?名無し。……さぁ、行こう」
「…ッ……ん…」
先刻触れた指先同様、確かに手首も熱かった。
別れを惜しむ名無しを引き留める、トレイが彼女のそれを掴んで誘った言葉もまた、大分と濁した表現ではあった。
けれど二人の偶然の出会いはそこでは終わらなかったし、もとより終わらせる気も既にない。
同じ方向、トレイに連れられて手を繋ぐ。
街を行く二人の姿は、宛ら恋人同士のように見えていた―――。