主≠監。
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――――。
「ン……ン…ホァラ、…ア……!んっ……」
「チュ……こーらっ……またお前は……。――…そんなに話したいなら、今度時間作ってやるから……な?だからもう鳴くな」
「ッ……、え……?」
泡にまみれたバスタブを見た瞬間、名無しの目がきらきらと輝いて見えたのは、おそらく気のせいじゃなかった。
ちゃんと、こういうものに羨望感を抱く年頃の可愛い女性なのだなと思うと、トレイの口元も自然と緩む。
二人同時、片足ずつそこへ入り胸まで浸かったあとは、排水溝に向かって勢いよく湯が流れていた。
「……ッ…まあ、俺もそこまで得意じゃないが……俺に分かることがあったらいつでも教えてやるぞ?勿論、授業料は取らないから安心しろ」
「…ッ……、ん……ありがと…嬉しいな……」
――それはあたたかな小波に身を委ねてから、暫く経ったときのことだった。
名無しは本当に気持ちよさそうに顔を綻ばせ、今でもトレイとの事後のひとときを楽しんでいた。
時間の許す限り、もたれた胸元に頬擦りをして甘えれば、トレイも嬉しそうに彼女の顎をそっと撫でる。
が、そんなスキンシップをとるさなか、名無しは記憶したばかりだったとある動物に通じる言語を再び不意打ちで発音して、彼を驚かせた。
目の前で別の言語が聞こえ、トレイは思わず、外していた眼鏡をかけ直してしまい空振りを被る。
同時に照れ隠し、撫でていた名無しの顎を引き寄せて、そこで彼が返したのは同じ不意打ち返しのキスに、少し艶めき立たせた笑えない冗談だった。
「――……ははん…?」
「……っ、……なに…」
「――………授業料はカラダで払ってもらうぞ?なんてベタなこと言うと思ったろ……そのカオは」
「!!」
心地よく音が響くこの浴室で、自分と二人きりの湯浴みに名無しが満たされていることは、その表情を窺えば一目瞭然だ。
が、学生の本分から今くらいは離れて欲しかった。
好奇心旺盛に学を好み、ベッドの上で捲った頁に載っていた、覚えたての文法を発音する名無しも可愛かったけれど、トレイは今以上に彼女と微睡みたかったのだ。
その証拠に、先刻の会話は少し一方通行、決してわざとではないものの同じ言葉を繰り返して、再び名無しを膨れさせている。
キスをしてご機嫌を整えたのも、もはやお約束だろう。
そして決め手も欲しいところだと思った矢先、トレイが咄嗟に、且つ策として口にしたのは、どうやら彼女が新たに求めていたことに対する、とある交換条件だった。
「や……っなん……、そんな、こと……ッ」
「!~……おい…図星か……?!そんな動揺して……っ」
「…っ……」
「ハァ……可愛いな、まったくお前は……――ほら、もっとこっち……ああほら逃げるなって!ふふ……っ」
「ッ……」
もたれ込む名無しの程よい濡れ髪にもじっとりと手をあてがって、水面の揺らぎに心身共に癒されていた。
が、できればそのまま甘く言葉を囁きあって、もっと深く、もっと密に触れ合いたかった。
それを阻むのが自分たちとは違えた言葉で、名無しが話したがるのならば、いっそ機会を作ってやればいいとトレイは思ったのだ。
笑えない冗談とはまさにそのことである……。
コーチングの条件を口にした途端に湯船が荒れ、自分から離れようとした名無しの身を抱き留めるのは、トレイにとっては実にその甲斐あった。
「おい……ほら、暴れるなよ……冗談だろう……?」
「っ……冗談に聞こえない…もん……トレイは…」
「!……あー……、――……そうだな…知ってるものな?お前は……俺がどれだけ、お前のことになると……」
「ッ……ひゃ…!!あん……ト…」
「チュ……。……少しだけだ……耳、キスさせて?ん……んっ」
トレイにとって、それはあくまで彼の言うとおり、冗談のつもりで口にしたことだった。
けれど名無しが真に受けているということは、もはや説明するまでもないのだろう。
折角切り離した性的な気持ちが一瞬で舞い戻る。
腕の中に彼女を閉じ込めたことで、箍がはずれかけることも致し方なかった。
「!ん……ッ」
「大丈夫……ここじゃあ抱かないさ……な?唇も……俺に頂戴?名無し……ン」
「ッ……ちゅ…、んん……」
「ハァ……ふふ、それでいい。――……ところで……さっきの言葉、猫ので合ってるか?」
湯気に混じり、そういう雰囲気と色香がふわりと漂う。
熱の所為にすれば、このままバスタブの中で彼女を啼かせることなど、きっとトレイには簡単だ。
一本残った理性の糸を彼が保ち続けたのは、身体を重ねること以外にも、深めたいものがあるのだとそのとき自覚していたからだった。
征服することも、その欲を満たした果てに得られる多幸感も既に知っている。
が、もっと他にも、知りたいものは沢山あった。
「っ……」
箍を維持して、トレイがせめて埋めた隙間は再び、軽いスキンシップだった。
動揺する名無しを落ち着かせ、その動揺の中に期待感が垣間見えても、トレイは堪えてキスの雨を降らせることで己を留める。
赤くなった耳と唇にめいっぱいの愛を込めて口付ければ、逃げ惑っていた名無しも落ち着き、湯船はその荒れも止んでくれた。
「!……分かるんだね……やっぱり…」
「いや……俺も初めて訊く単語があったよ。ただ、声の出し方に聞き覚えはあったから、単純に猫かな……ってな」
名無しが少し暴れたことで、水面にぷかぷかと浮いていた泡の束は、その大半がバスタブから放り出されていた。
トレイはそのとき、この泡のおかげで自分は自制心が働いていたのかもしれないと思い、またひとり苦笑いを拵える。
泡が流れた今、視線を下に向ければ互いの身体がよく見えた。
視界に入る肌の面積が増え、トレイは名無しの滑らかな首筋に噛み付きたい衝動に駆られていたけれど、それもグッと耐えて無理やり話を逸らした。
結局、彼が自ら言語学のことを口にしてしまう他なかったのは、咄嗟の判断だったのと、理性を保つためだろう。
そして引き寄せた欲望をまた彼方のものにするべく、名無しに言葉を投げかける。
が、トレイには、彼の予想の上を行く展開がすぐに待っていた。
「なんか恥ずかしいな……」
「はは……照れるなよ……あれだな。一周回って、もう少し聞きたいかも……なんて。ふふ、……他にはなんか話せるか?」
「!……、……じゃあ――………、…――……。……これは?」
「…ッ……」
こういうとき、想像を超える現実が起きると、人間は目を見開くものだ。
今だって例外じゃなかった。
トレイは名無しがその唇を割り、喉から出した難しい言語の訳を脳裏で処理しながら、軽く自分も返答する為にその単語を準備していた。
けれど、準備どころかなんの単語も浮かばずに、それは頭から吹っ飛んでいた。
理解した意味が間違っていなければ、名無しがどういう気持ちでそれを口にしたことか……。
自らの腕の中に居た彼女がそこで再び暴れることはなかったものの、斜め後方から窺うその顔は、確実に照れを示していた。
トレイは浮力を利用し、ゆっくりと名無しを離す。
華奢な肩を抱いてそっと向かい合うと、首を傾げて、しっとりと赤ら顔を見つめた。
「ッ……お前…」
「…っ……」
真面目に授業を受けていてよかったと、彼がそのとき思ったのは言うまでもないことだろう。
通じると思わなかったのか。
はたまた自分には訳せないと思われたのか。
名無しの頬に触れ、ゆっくりと顔を近付ける。
そしてトレイは、優しく囁いた。
「~……フッ…。バカだな……俺が何かを対価にして、お前を抱くわけないだろう……?冗談の通じないやつめ」
「……、…ッ……あ……」
「”ちゃんと払います、身体で!”……なんて。そんなこと言うなよ………フゥ……大体、どこの世界の猫がそんなこと話すんだよ……ハハ」
「だって……!トレイが冗談……みたいなこと……本気っぽく、言うから…」
「本気に聞こえた?」
ウイスパーボイスを出すのはあまり得意じゃないかもしれない。
ぼそぼそと話すよりかは、たとえ甘ったるくとも、はっきりと声を出す方が多かったから……。
トレイは名無しの頬や髪にフェザータッチをするのと同じように、声音でも彼女をそっと撫でた。
精一杯口にしてくれた言語を訳す自分もなんだか照れくさかったのは、どれだけ自分が笑えない、且つ、キザでベタなことを言ってしまったのだろうと思ったからだ。
今どきドラマの世界でも訊かない台詞だ……それを猫の言葉でごまかしながらも、馬鹿正直に真に受けていた名無しが愛しくてたまらなかった。
ただ、すべてが冗談と思い込まれるのも、彼が寂しいと感じていたのもまた事実である。
いまなら言える……。
鼻と鼻をツンとあてがいあって、じっと見つめて、雫の弾ける儚い音色に混ぜたのは、トレイの本音だった。
「ッ……」
「フ……。――…俺がお前を抱くのは、お前が好きだからだよ……分かるだろう?名無し……」
身体は繋げていない。
だから頭のなかも、意識も、間違いなくすべてがまともな状態だ。
そういうときに真剣に口紡ぐ言葉を、冗談と捉えられればそれまでだろう。
けれどトレイは、身体だけの関係だけじゃいられない想いを名無しにやんわりと示唆してみせる。
名無しもきっと、この気持ちは理解していると思ったから……。
普通の恋人同士にはなれない。
が、抱く想いはおそらく、互いに一緒だと……。
先刻の動揺のように困惑ひとつせず、彼女もまっすぐトレイを見つめていたことが、なによりの動かぬ証だ――。
「ッ……わ…、あ……っ!んん……」
「ちゅる……、んぐ……ッチュ。――……ふふ、ここにも付いた……もっとだ…。ン……」
見つめ合いが長らく続けば、それはやがて睨めっこ同然に変わる。
ふと、照れくささにトレイが思わず視線を逸らして不意に施したのは、名無しの首筋めがけての口付けだった。
噛み付きたいと思った衝動の代わりに彼が唇を窄めれば、瞬く間にそこは赤く染まる。
トレイはその瞬間、名無しの下半身に残る例のそれを思い出していたけれど、幸い苛立ちは感じていなかった。
けれど、だからこそ自分のしたいことも、そこで改めて思い出していた。
「ン…ッ……」
もともと、もう既に咲いていた数輪だ。
それでも何度も何度も位置を違え、音を立てて吸い上げる。
濡れ髪を掻き上げて触れる仕草は、ある種とても画にもなっていた。
トレイが痕を残すことを止めなかったのは、名無しが言葉とは裏腹、嫌がる態度を身体では示さなかったからでもあった。
「!も……こんなに付……」
「こんなに付けられて、消えるまでにジェイドに呼び出されたら、……見られるな、全部」
「ト……ッ、……レイ…」
「ふふ……呼び出されたら、見せつけてやれ……俺とホテルに行ってめちゃくちゃ愛し合ったって……。時間いっぱいセックスしたって、自慢していいぞ?」
――また頭に浮かぶのは、決意の固まった現状維持から離れた理想とでも言うべきか。
自分が愛して痕を刻む。
軌跡を反芻しなければ、まるでまともじゃいられなくなるような……そんな柔な男なんかじゃないと、トレイには自負があった筈だ。
が、強ち否定もできないところ、彼の胸は痛むばかりだった。
名無しに残る人工的な小さな花に興奮して、思わず調子付いた言葉を口にすることで、自分を見失わずに気持ちを和ませる。
それはいくらでも繰り返す自身との戦い、問答だろう。
上手く忘れていたって結局付いて回るのは、自らが噤んだつもりでいた、ジェイドの名なのだから。
「っ……もう……」
「ははっ……。――……お前と過ごせるこういう時間があるだけで、俺は幸せだよ。……また会って?名無し。うんと可愛がってやるから……チュ」
しつこい男と思われたくなかった。
またそれか、といつか言われる気がしないでもなかった。
だから本当は、自分はこんな男なのだと名無しに仄めかすことで、トレイは自ら彼女の気を上手く引く。
もっとも、そうやって夢中にさせたところで、名無しはとっくにその本質に気付いているのだろうけれど――。
それでも、知った上で逃げるどころか傍に居てくれるのなら、それはトレイにとって幸せ以外に喩える言葉が見つからないほどに、喜々満ち足ることだった。
「ッ……ん、…わたしも楽しい……今日だって、会えて嬉しかった……」
「名無し……」
「――…あ、言語学。……ほんとに今度教えてね…?トレイ……――」
「!ああ……勿論。……いつでも歓迎するよ……ん……――」
ジェイドの存在が纏わりつこうとも、焦りもよくないという自覚があれば、きっと大丈夫だ。
今は何より、腕の中に彼女がいるのだから……。
それはまだ少しのあいだ許された、夜が来るまでの二人だけの、二人きりの時間。
トレイは名無しを抱き締めながら、再びそのやわらかな頬へと口付けた。
敢えて唇を選ばなかったのは、また一歩、彼女の奥へと自分が入り込むため。
そして、名無しの方からこの浴室で、今度は自分を求めさせるために……。
広い背に両腕を伸ばした名無しはその所作を以って、彼女もまたトレイに、自分たちの今これからの結びつきを静かに暗示していた―――。
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20200625UP.
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