主≠監。
may be a crush
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こんな偶然はフィクションだけでじゅうぶんだ。
が、目元が緩み喜んでいることを思うと、自分はまだまだそういう類に夢を見ているのだろう。
抱く憧憬も嘘じゃない……素直に嬉しかった。
きっとハートの女王が、空から日頃の行いを見ていてくれたのだと思った。
「名無しか……?!」
「!!ッ……え…?あ……、ト…ッ……」
「驚いたな……こんなところで会うなんて…、ん……お前も何か探しものか?」
「あ……うん…。言語学の……――」
――関係を持って、連絡先も交換した。
やりとりを繰り返すようになってからというもの、そこからトレイは幾度となく名無しと会っていたし、肌も重ねていた。
その度に好きの気持ちは抑えられなくなっていたけれど、割り切って現状維持を保っていたのは、今の関係が自分たちに合っていると思ったからだ。
無駄に縛らず、ときどき独占欲に駆られても、よもや抑え込むことさえ彼には心地よかった。
決して自分だけのものじゃない……。
ジェイドと共に名無しを掌握するというのは、トレイにとって既に習慣化されていたことだった。
「言語……?それなら隣……裏の棚だぞ。確か平積みされてない高い場所にあった筈だ」
「え……?あ…、そうなんだね……。棚の番号間違えちゃってたんだ…」
「ははっ……広いからな、ここの本屋。まあ、階を間違えないだけよかったんじゃないか?おかげで俺もお前に会えた」
――この日は週末、今はちょうど昼を過ぎた頃のことだった。
学生の身である名無しとトレイにとって、共通していたのはその休日だ。
勉強に明け暮れる日々から離れ、休みの日くらいは文字通り羽を伸ばしたい。
そう思うのは、学生ならば誰しもありえることだろう。
けれど根が真面目だった所為か、賑わいを見せる娯楽に溢れたこの大きな街で、友人と遊ぶという選択肢が名無しにはなかった。
そしてそれはトレイも同じだ。
もっとも、彼の場合は適度に同寮の連中や親友と遊んでもいたのだけれど、この日は偶々一人で学園を離れ、街まで買い物に来ていた。
「ッ……うん…」
「……来いよ、取ってやるから。……どの本だ?」
「っ……あ、……ありがとう…トレイ……」
「フッ……いいって。これくらいお安い御用だよ」
人には話せない秘密を共有しているからだろうか、互いを求めない時間は一人で居ることが増えた気がする。
それが影響しているかどうかはさておき、名無しもトレイも今の状況にはただただ驚き、特に名無しは、そのそわそわとした様子が顕著だった。
が、その動揺は恐らく喜びの裏返しだ……。
完全に気を抜いて無意識に探し物、不意打ちで自分のことを見つけられ、恥ずかしそうにしている彼女を目にしていれば、トレイにはそれがすぐに汲み取れた。
常に連絡を取り合っているわけでもなかったし、だからこそ偶然、街の大きな書店でばったり遭遇したこの事実は、純粋に嬉しく思えた。
「一人で此処に?よく来るのか……?」
「ん……家に居ても暇だったから…新しい参考書でも買おうかなって。……トレイは?お友達と一緒じゃなかった……?!」
「いや……俺も一人だよ。化学の本を買いに……ああ、お前と同じだな。ちょっと気になってたやつがあったんだ……ほら、この本で合ってるか?」
――歪な関係である以上、名無しは自分からコンタクトをとるということがあまりなかった。
いつもならその大体がジェイドとトレイ、どちらかに呼び出される。
可能な限り二人の通う学園まで向かって、ひと目のつかないところで待ち合わせれば、あとは寮の部屋まで密かに連れられるだけだった。
名無しはそれぞれと過ごす事後、多少のプライベートも話してはいたのだけれど、休日よく出かける街の名前や場所までわざわざ告げることはなかった。
だから余計にこの偶然はドラマチックに仕上がっていたし、内心燻る彼女の小さな欲が膨らんだのも当然であろう。
「そっか……あ、ありがと……。ほんと……ステップなしじゃ届かなかったなぁ…」
「ハハ……ちょっと見たかったかもな。お前が乗って、更に背伸びしてるトコ」
「ッ……もう…、……」
「フッ……」
別に、会いたくて苦しむ夜も、胸がぎゅるぎゅると痛むことも不思議となかった。
思慕であってそれでない、まさに歪に相応しい気持ちだ。
なんとなく、自分は壊れているのだなと思うことだって今更がすぎる。
独特な心情だからこそ、きっとベッド以外の場所で会うことも、優しくされるのも得意じゃないのだろう。
客の多い大型の書店、用のあったフロアを違えたことでトレイに会えた偶然は嬉しかった。
嬉々を交え、けれどつい口籠ってしまうのもわざとじゃない。
目的の棚まで連れ添って、長身を利用して本に手を伸ばしてくれるあたり、どんなに理想の男性像として思えたことか……。
「……ッ…」
出会い方の所為にはしたくない。
が、名無しは一瞬、少しだけぼんやりと考えていた。
もしも普通に出会っていれば毎週のように、休日をこうして有意義に過ごせたのだろうかと。
参考書を手渡された時に触れた、指先の熱がもしもトレイに伝わっていたら、どう誤魔化すべきかと――。
「……名無し?」
「、………」
「っ……、ハァ……そういうことか……」
――この日、トレイは元々ケイトとの約束があった。
それを名無しに黙っていたのは、シンプルに話す必要がなかったからだ。
自分の友人を無闇に話題に出すのもどうかと思ったし、そういう些細なことから綻びが出始める可能性も今は否定できなかった。
それだけ、自分と名無しは不安定な関係ということだろう。
ただの身体だけで繋がったそれだ……勿論そのとおりだという自覚もあったし、現状維持の為に余計なことは口にするべきじゃないという態勢を、彼はあくまで貫いていた。
「………」
トレイは自身の部活で使っている資料を前日に読み込んでおり、気になる部分が解決せず、スマホで調べていた結果辿り着いた答えが、今探し求めていた参考書だった。
学園から出て、比較的実家に近い街の大きな書店にならば在庫もあるということで、急遽ケイトとの約束を保留にして此処を訪れていた。
勿論、遊ぶ気満載でいたケイトには残念がられた。
後日食事をご馳走するという条件もついてしまったけれど、今となっては、トレイにとってはそれでよかった。
同じ時間、同じ場所。
何の連絡もなしに名無しを偶然見かけた瞬間の彼は、その瞳大きく、また輝かせるほどの僥倖に巡りあっていたのだから。
名無しに声をかけないという選択肢だって、当然なかった。
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